あの神学生、タダの川水を「聖水」と称して、少女に売りつけやがって!ーーえ?「だからこそ、ホンモノの聖人だ」と領主様が!?大丈夫なの、ソレ!?

大濠泉

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◆1 祈る少女に、聖水を売りに来た青年

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 ある水が豊かな村で、ひとりの少女が川辺でひざまずき、神様に祈りを捧げていた。

「お母さんを元気にしてください。お願いします」

 少女エミリアは十歳になったばかりで、この地方一帯を領有するテミスト辺境伯家に仕える騎士爵家の娘だった。
 彼女の父親ランブル・トップ騎士は、三年前の戦争ですでに戦死している。
 以来、母マミアと娘エミリアの二人で、テミスト辺境伯家にお仕えして、なんとか今まで生き延びてきた。
 ところが、一月ほど前から、母親の体調が優れず、辺境伯家での下働きからおいとまして自宅療養に専念した。
 しかし、病は重くなる一方で、高熱を発した身体から滝のように汗が流れ出て、ゼエゼエと息は途絶えがちとなった。
 村の医師は原因すら掴めず、気休めとなる薬を処方するだけだ。

 母親マミアの病気を治してもらいたい娘エミリアは、水車小屋近くの川辺まで水を汲みに来た折に、ひざまずいてお祈りをした。
 もちろん、母親のためにスープを作り、母親の身体を拭いてあげて、高熱を冷やすための水も用意している。
 それでも、母親マミアは病床にあって苦しみ、毎日、細い顔を歪めて、うめき声をあげている。

 娘エミリアは途方に暮れた。

(お父様も亡くなって、今度は、お母様をも私から奪おうとしている。
 神様はなんて残酷なんだろう……)

 少女は泣きたい思いをグッと堪えて、必死に神様にお祈りをする。
 これでもう何十回にも渡る「母親の病魔退散祈願」だったが、十歳の少女にとって、他に思い当たる「治療法」がなかった。

 そこへ、詰襟が高い、黒い服をまとった若者がやって来た。
 黒髪に、青い瞳をした青年で、青白い肌が印象的だった。
 少女が見慣れた、農作業や剣術訓練に明け暮れる、近所の肉付きの良い若者たちとは、まったく雰囲気が違う。
 貼り付いたような笑顔をした、見慣れない青年だ。
 水車小屋の向こう岸からやって来たようだから、この土地の者ではないのだろう。
 少女が見惚れていると、若者は身をかがめて、

「お兄さんが、良いものを売ってあげよう」

 と言って、エミリアに小瓶を渡した。
 手のひらに置かれた小瓶をみると、中にはほんの僅かの、透明な液体が入っていた。
 ひざまずいた姿勢のまま、目を見開いて、見上げる少女エミリアあに、若者はニッコリと微笑んだ。

「これは聖水というんだ。
 神の御力が宿った水、とでも言おうか。
 お兄さんが祈ったからこそ、霊験あらたかなものになったんだよ」と。

 少女が驚いて、問いかける。

「どうしてお兄さんは、私が、お母様の病気が治るよう、お祈りしているとわかったの?
 私、声を出さずに、心の中でお祈りしていたのに」

「お兄さんは神学生といって、司祭様のタマゴなんだ。
 司祭様と同じように、神様にお仕えしている。
 だから、お嬢ちゃんの心の声が聞こえたんだよ」

「凄い!
 神様にお祈りするの、無駄じゃなかったんだ!」

「もちろん、神様はお嬢ちゃんの声もしっかり聞いてくださいますよ。
 だから、僕をお遣わしになって、こうして聖水をもたらしたのです。
 ですが、お母様の病を癒すためには、お嬢ちゃんの奉仕が必要です」

「私の奉仕?」

「そうです。
 お嬢ちゃんは、お母様の病を癒す、この聖水に、幾らの値段をつけますか?」

「お値段ーーお金、ですか?」

 エミリアの顔は曇る。

「ウチにはお金がありません……」

 薬を置いていくお医者様へのお代も払い切れず、スープの材料である野菜を買うのもままならない状態になっていた。
 明日からは、お父様の仕事仲間だった、村のオジサンたちの家々を経巡って、物乞いをしなければならない、と覚悟していた。
 すると、お兄さんは首をゆっくり横に振って言いました。

「聖水の価値を決めるのは、お嬢ちゃんの心なんです。
 なにも、銅貨、銀貨である必要はありません。
 お嬢ちゃんが差し出せる、最も価値が高いものが、お嬢ちゃんの〈神様に奉仕する心の価値〉を示すのです。
 なにか高価な物が、お家にございませんか?」

 少女は色々と思い巡らし、パアッと明るい顔になった。
 エミリアは思い至ったのだ。

(そうだ。お家には、お父様の形見ーー剣や盾、そして革製と鉄製の鎧があるわ!)と。

 娘は若者に手を引いて、急いでお家へと帰る。
 そして、お母様が眠る寝室の奥から、お父様の形見の品々を引っ張り出して、若者に見せた。
 その他にも、壁に立て掛けてあった絵皿や、壺、銀食器など、高価そうなものすべてを、青年に差し出した。

 若者は少々、驚いたような顔をして、

「良いのかい、こんなに頂いて?」

 と言うので、エミリアは手を合わせてひざまずく。

「お母様の生命には換えられません。どうか、神様にお取次ぎを」

 それらすべてを袋に詰めてもらって、若者は爽やかな笑顔を見せた。

「心配要らないよ、お嬢ちゃん。
 その聖水を飲んだら、お母様はきっと癒されるから。
 神の祝福のあらんことを」

 黒襟の青年は少女の頭をそっと撫でて立ち上がると、きびすを返して立ち去って行った。
 エミリアは、ほんとうに神様が助けてくださったのだ、と感謝した。
 ひざまずいた姿勢のまま、ギュッと聖水が入った小瓶を握り締めた。
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