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◆2 聖水と青年の正体
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青年は、少女に聖水を売りつけることに成功するや否や、即座に川を渡って、村から遠ざかった。
そして、水車小屋から離れた場所にある小さな街で宿を見つけると、そこに逗留する。
「やったぜ。儲けた!
ちょっと足りねえんじゃねえの、あの小娘」
青年は、袋に詰められたお宝を取り出しては、悦に入っていた。
都会から離れた辺鄙な村では、医者や薬も少ない。
おまけに、信心深い信者がウヨウヨいる。
だから、神学生の制服を着たままで、困っている人に声をかけて、
「私が神様に取り次ぎましょう」
と祈りを代行すると、なにかと便宜を図ってくれるーーそう目論んでいた。
その狙いは当たり、実際に、想定以上の成果が見られた。
さらに、ちょっと知恵を働かせて、そこらの川辺で水を汲み、効果そうな小瓶に詰めて、「聖水」と称して、信心深い無教養な者に売りつけたら、かなりのお金を手に入れられるーーそう当て込んで、実際にやってみたら、かなり稼げてしまったのだ。
年端も行かない少女が熱心に祈るとすれば、たいがい肉親の身を案じてのことに決まっている。それも高確率で病気からの快癒だろう。
そう推測して、川辺で祈っていた少女に声をかけ、「聖水」を売りつけることに成功した。
本物の騎士が使っていた剣と盾、そして鎧ーー金貨二十枚にはなるだろう。
他にも絵皿や銀食器も手に入った。
これでしばらくは飲み食いに困ることもない。
「馬鹿だぜ。
あんなの、単なる水だよ。
その川で汲んだやつだ。
はっははは!」
少女に偽物の聖水を売りつけた青年は、実際に神学校の学生だった。
ライアー・トラスト男爵令息、洗礼名ロゴスと称する、歴とした貴族令息であった。
だが、トラスト男爵家の三男坊で、家督は継げそうにない。
実家が貴族最下層の男爵家(一応、騎士爵家よりは上だが)では、このまま大人になっても、碌な縁談が期待できない。
たいがいは平民落ちだ。
だから神学を学んで、青年は神学校へと入った。
将来は聖職者となって、羽振り良く生活しようと企図したのだ。
欲得で勘定する彼が目指すに値するほど、今の聖職者は汚職と腐敗に塗れていた。
それでも、田舎の方では、いまだに農民や職人をはじめとした朴訥な信者が多く、生活自体が貧しい地域では、聖職者でも腐敗しようがなく、実際に中央から左遷された司祭が多く赴任しており、悪事は蔓延していなかった。
結果、地方の教会での司祭はやる気が失せている者が多いので、神学生ロゴスは、そんな彼らの目を盗んでは、小遣い稼ぎに勤しむことにした。
神学校を卒業後、都会の教会に赴任するには、なにかとお金がかかるものなのだ。
神学校が夏期休暇の間、彼は積極的に辺境の地に赴き、病人宅を訪れたり、貧窮院で食事を配るなどしながら、ボランティアの体裁で、方々を歩き回り、ついでに金儲けに励んだ。
商人に代わって契約書を作成したり、臨終の農夫に祈りを捧げたり、地方貴族の結婚式で祝詞を述べたりするなど、いろいろな手伝いをしたが、最も大金を得たのは、少女に聖水を売りつけたことによってであった。
これほどの収益は初めてだった。
だがこれまでも「聖水」を売ることで、干し肉などの食糧、数枚の銀貨などをせしめていた。
この辺境の地では信仰篤い人々がたくさんいて、「聖水」の真偽を疑ってはいても、喜捨の精神で、快くお金を支払ってくれるのだ。
ロゴス青年は気を良くして、同じ宿に一週間以上、連泊して、飲み食いする。
このまま辺鄙な村々を巡って、聖水を売り歩くのも悪くないな、と思い始めていた。
ところが、ある日の朝ーー。
宿から出たところで、いきなり大勢の人々に取り囲まれてしまった。
彼らは銀色の甲冑を身にまとって辺境伯家に仕える、正式な騎士団員だった。
「お探しいたしましたぞ、聖水を生み出す力をお持ちの神学生よ。
この地のご領主様であらせられるバラン・テミスト辺境伯様がお呼びです。
ぜひ、お城までご同行願います」
そして、水車小屋から離れた場所にある小さな街で宿を見つけると、そこに逗留する。
「やったぜ。儲けた!
ちょっと足りねえんじゃねえの、あの小娘」
青年は、袋に詰められたお宝を取り出しては、悦に入っていた。
都会から離れた辺鄙な村では、医者や薬も少ない。
おまけに、信心深い信者がウヨウヨいる。
だから、神学生の制服を着たままで、困っている人に声をかけて、
「私が神様に取り次ぎましょう」
と祈りを代行すると、なにかと便宜を図ってくれるーーそう目論んでいた。
その狙いは当たり、実際に、想定以上の成果が見られた。
さらに、ちょっと知恵を働かせて、そこらの川辺で水を汲み、効果そうな小瓶に詰めて、「聖水」と称して、信心深い無教養な者に売りつけたら、かなりのお金を手に入れられるーーそう当て込んで、実際にやってみたら、かなり稼げてしまったのだ。
年端も行かない少女が熱心に祈るとすれば、たいがい肉親の身を案じてのことに決まっている。それも高確率で病気からの快癒だろう。
そう推測して、川辺で祈っていた少女に声をかけ、「聖水」を売りつけることに成功した。
本物の騎士が使っていた剣と盾、そして鎧ーー金貨二十枚にはなるだろう。
他にも絵皿や銀食器も手に入った。
これでしばらくは飲み食いに困ることもない。
「馬鹿だぜ。
あんなの、単なる水だよ。
その川で汲んだやつだ。
はっははは!」
少女に偽物の聖水を売りつけた青年は、実際に神学校の学生だった。
ライアー・トラスト男爵令息、洗礼名ロゴスと称する、歴とした貴族令息であった。
だが、トラスト男爵家の三男坊で、家督は継げそうにない。
実家が貴族最下層の男爵家(一応、騎士爵家よりは上だが)では、このまま大人になっても、碌な縁談が期待できない。
たいがいは平民落ちだ。
だから神学を学んで、青年は神学校へと入った。
将来は聖職者となって、羽振り良く生活しようと企図したのだ。
欲得で勘定する彼が目指すに値するほど、今の聖職者は汚職と腐敗に塗れていた。
それでも、田舎の方では、いまだに農民や職人をはじめとした朴訥な信者が多く、生活自体が貧しい地域では、聖職者でも腐敗しようがなく、実際に中央から左遷された司祭が多く赴任しており、悪事は蔓延していなかった。
結果、地方の教会での司祭はやる気が失せている者が多いので、神学生ロゴスは、そんな彼らの目を盗んでは、小遣い稼ぎに勤しむことにした。
神学校を卒業後、都会の教会に赴任するには、なにかとお金がかかるものなのだ。
神学校が夏期休暇の間、彼は積極的に辺境の地に赴き、病人宅を訪れたり、貧窮院で食事を配るなどしながら、ボランティアの体裁で、方々を歩き回り、ついでに金儲けに励んだ。
商人に代わって契約書を作成したり、臨終の農夫に祈りを捧げたり、地方貴族の結婚式で祝詞を述べたりするなど、いろいろな手伝いをしたが、最も大金を得たのは、少女に聖水を売りつけたことによってであった。
これほどの収益は初めてだった。
だがこれまでも「聖水」を売ることで、干し肉などの食糧、数枚の銀貨などをせしめていた。
この辺境の地では信仰篤い人々がたくさんいて、「聖水」の真偽を疑ってはいても、喜捨の精神で、快くお金を支払ってくれるのだ。
ロゴス青年は気を良くして、同じ宿に一週間以上、連泊して、飲み食いする。
このまま辺鄙な村々を巡って、聖水を売り歩くのも悪くないな、と思い始めていた。
ところが、ある日の朝ーー。
宿から出たところで、いきなり大勢の人々に取り囲まれてしまった。
彼らは銀色の甲冑を身にまとって辺境伯家に仕える、正式な騎士団員だった。
「お探しいたしましたぞ、聖水を生み出す力をお持ちの神学生よ。
この地のご領主様であらせられるバラン・テミスト辺境伯様がお呼びです。
ぜひ、お城までご同行願います」
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