あの神学生、タダの川水を「聖水」と称して、少女に売りつけやがって!ーーえ?「だからこそ、ホンモノの聖人だ」と領主様が!?大丈夫なの、ソレ!?

大濠泉

文字の大きさ
2 / 4

◆2 聖水と青年の正体

しおりを挟む
 青年は、少女に聖水を売りつけることに成功するや否や、即座に川を渡って、村から遠ざかった。
 そして、水車小屋から離れた場所にある小さな街で宿を見つけると、そこに逗留する。

「やったぜ。儲けた!
 ちょっと足りねえんじゃねえの、あの小娘」

 青年は、袋に詰められたお宝を取り出しては、悦に入っていた。
 都会から離れた辺鄙へんぴな村では、医者や薬も少ない。
 おまけに、信心深い信者がウヨウヨいる。
 だから、神学生の制服を着たままで、困っている人に声をかけて、

「私が神様に取り次ぎましょう」

 と祈りを代行すると、なにかと便宜べんぎを図ってくれるーーそう目論もくろんでいた。
 その狙いは当たり、実際に、想定以上の成果が見られた。

 さらに、ちょっと知恵を働かせて、そこらの川辺で水を汲み、効果そうな小瓶に詰めて、「聖水」と称して、信心深い無教養な者に売りつけたら、かなりのお金を手に入れられるーーそう当て込んで、実際にやってみたら、かなり稼げてしまったのだ。

 年端も行かない少女が熱心に祈るとすれば、たいがい肉親の身を案じてのことに決まっている。それも高確率で病気からの快癒だろう。
 そう推測して、川辺で祈っていた少女に声をかけ、「聖水」を売りつけることに成功した。

 本物の騎士が使っていた剣と盾、そして鎧ーー金貨二十枚にはなるだろう。
 他にも絵皿や銀食器も手に入った。
 これでしばらくは飲み食いに困ることもない。

「馬鹿だぜ。
 あんなの、単なる水だよ。
 その川で汲んだやつだ。
 はっははは!」

 少女に偽物の聖水を売りつけた青年は、実際に神学校の学生だった。
 ライアー・トラスト男爵令息、洗礼名ロゴスと称する、歴とした貴族令息であった。
 だが、トラスト男爵家の三男坊で、家督は継げそうにない。
 実家が貴族最下層の男爵家(一応、騎士爵家よりは上だが)では、このまま大人になっても、碌な縁談が期待できない。
 たいがいは平民落ちだ。

 だから神学を学んで、青年は神学校へと入った。
 将来は聖職者となって、羽振り良く生活しようと企図したのだ。
 欲得で勘定する彼が目指すに値するほど、今の聖職者は汚職と腐敗にまみれていた。
 それでも、田舎の方では、いまだに農民や職人をはじめとした朴訥な信者が多く、生活自体が貧しい地域では、聖職者でも腐敗しようがなく、実際に中央から左遷された司祭が多く赴任しており、悪事は蔓延していなかった。
 結果、地方の教会での司祭はやる気が失せている者が多いので、神学生ロゴスは、そんな彼らの目を盗んでは、小遣い稼ぎに勤しむことにした。
 神学校を卒業後、都会の教会に赴任するには、なにかとお金がかかるものなのだ。

 神学校が夏期休暇の間、彼は積極的に辺境の地に赴き、病人宅を訪れたり、貧窮院で食事を配るなどしながら、ボランティアの体裁で、方々を歩き回り、ついでに金儲けに励んだ。
 商人に代わって契約書を作成したり、臨終の農夫に祈りを捧げたり、地方貴族の結婚式で祝詞を述べたりするなど、いろいろな手伝いをしたが、最も大金を得たのは、少女に聖水を売りつけたことによってであった。

 これほどの収益は初めてだった。
 だがこれまでも「聖水」を売ることで、干し肉などの食糧、数枚の銀貨などをせしめていた。
 この辺境の地では信仰篤い人々がたくさんいて、「聖水」の真偽を疑ってはいても、喜捨きしゃの精神で、こころよくお金を支払ってくれるのだ。

 ロゴス青年は気を良くして、同じ宿に一週間以上、連泊して、飲み食いする。
 このまま辺鄙な村々を巡って、聖水を売り歩くのも悪くないな、と思い始めていた。


 ところが、ある日の朝ーー。

 宿から出たところで、いきなり大勢の人々に取り囲まれてしまった。
 彼らは銀色の甲冑を身にまとって辺境伯家に仕える、正式な騎士団員だった。

「お探しいたしましたぞ、聖水を生み出す力をお持ちの神学生よ。
 この地のご領主様であらせられるバラン・テミスト辺境伯様がお呼びです。
 ぜひ、お城までご同行願います」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

「俺が勇者一行に?嫌です」

東稔 雨紗霧
ファンタジー
異世界に転生したけれども特にチートも無く前世の知識を生かせる訳でも無く凡庸な人間として過ごしていたある日、魔王が現れたらしい。 物見遊山がてら勇者のお披露目式に行ってみると勇者と目が合った。 は?無理

友人の結婚式で友人兄嫁がスピーチしてくれたのだけど修羅場だった

海林檎
恋愛
え·····こんな時代錯誤の家まだあったんだ····? 友人の家はまさに嫁は義実家の家政婦と言った風潮の生きた化石でガチで引いた上での修羅場展開になった話を書きます·····(((((´°ω°`*))))))

【完結短編】ある公爵令嬢の結婚前日

のま
ファンタジー
クラリスはもうすぐ結婚式を控えた公爵令嬢。 ある日から人生が変わっていったことを思い出しながら自宅での最後のお茶会を楽しむ。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
恋愛
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

国外追放だ!と言われたので従ってみた

れぷ
ファンタジー
 良いの?君達死ぬよ?

こうしてある日、村は滅んだ

東稔 雨紗霧
ファンタジー
地図の上からある村が一夜にして滅んだ。 これは如何にして村が滅ぶに至ったのかを語る話だ。

【短編】追放した仲間が行方不明!?

mimiaizu
ファンタジー
Aランク冒険者パーティー『強欲の翼』。そこで支援術師として仲間たちを支援し続けていたアリクは、リーダーのウーバの悪意で追補された。だが、その追放は間違っていた。これをきっかけとしてウーバと『強欲の翼』は失敗が続き、落ちぶれていくのであった。 ※「行方不明」の「追放系」を思いついて投稿しました。短編で終わらせるつもりなのでよろしくお願いします。

処理中です...