あの神学生、タダの川水を「聖水」と称して、少女に売りつけやがって!ーーえ?「だからこそ、ホンモノの聖人だ」と領主様が!?大丈夫なの、ソレ!?

大濠泉

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◆3 我が娘の病を癒せ。完全に癒えるまで、祈り続けろ。

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 バラン・テミスト辺境伯の居城は、かなり大規模なものだった。
 セイレン神聖王国の西側国境に位置し、精強な隣国モブル帝国からの侵攻に備える役割を担っているから、万を超える多くの軍勢を擁していた。

 テミスト辺境伯家に仕える者たちは、この辺境にあって、普段から絶対的な権力を振るっていたので、たとえ神学生であっても、他所者であるロゴス青年には自然と横柄な態度に出ていた。

 テミストの居城に招き入れるや否や、騎士の他、武官や文官までもがロゴス青年を取り囲み、

「さっさと聖水を寄越せ」

「聖水はどうした?
 隠すと身のためにならんぞ」

 と、あたかも犯罪容疑者を相手に尋問するかのように詰問し続ける。
 とはいえ、ロゴス青年としては、汗だくになりながらも、大きく手を振って、

「い、いや、今は、もうないんですよ。
 お許しください」

 と答えるしかない。
 ロゴス青年は、詐欺を働いたのがバレるとヤバいと思ってるから、少女に、聖水と称して、単なる水を売りつけたことを、必死に隠そうとする。

 だが、彼がいきなり、この地方最大の権力者であるバラン・テミスト辺境伯に居城にまで招かれたのには理由があった。

 なんと、驚いたことに、彼が少女に売りつけたインチキ「聖水」を口にした母親の病が、たちどころに癒えてしまったのだ。
 貧しい母子おやこの母親マミアが、その水を飲んで熱が下がって、重い病から快癒した。
 しかも、十歳の娘エミリアが喜びのあまり、「聖水」による奇跡を宣伝しまくっていた。

「ほんとに効いたの。あの聖水はホンモノだわ!
 今にも天に召されそうだったお母様が、みるみる元気になって、すっかり元通り。
 家事も洗濯も、お掃除もできて、すぐにでも、お勤めできるほどなの。
 神学生のお兄さんは、ほんとうの聖水を作れるお方なんだわ!」

 そのような賛辞を口にして、年端のいかぬ娘が、喜んで村中を走り回っている。
 その姿を見て、騎士爵家の家々を束ねる騎士団長が、主人であるバラン・テミスト辺境伯に報告したのだ。

 その結果、「聖水を作った青年」は居城にまで連行され、多くの騎士たちに囲まれたながら、いかつい顔に茶色の顎髭を蓄えた偉丈夫、バラン・テミスト辺境伯が座る玉座の前で、ひざまずかされていた。
 バラン辺境伯は、肘掛けにもたれた姿勢で、頬に手を当てながら、青年に厳命した。

「貴様を他所の土地に逃すわけにはいかない。
 たかが下女勤め風情の母親の病を癒したのだ。
 今度は、我が娘、レミーを癒やせ!」

 バラン辺境伯の愛娘レミー・テミスト辺境伯令嬢は、いまだ十四歳という若さながら、その貧しい母子おやこの母親マミアと同じ病にかかって、長い間、苦しんでいた。
 父親としては、なんとしてでも娘を治してもらいたかった。

「我が娘の病を癒せ。
 完全に癒えるまで、祈り続けろ。
 娘レミーが快癒するまで、貴様を逃すつもりはない」

 ロゴス青年は、血の気が退いた顔をあげ、必死に抗弁した。

「お、恐れながら、バラン辺境伯閣下。
 私はしがない、一介の神学生に過ぎません。
 どのような噂を耳にしたのか存じませんが、私などに『聖水』などという伝説級の代物を作り出せるはずがございません。
 教会でも、今まで幾度も『聖水を作った』と噂される人物を特定して調べてきましたが、そのことごとくが詐欺、もしくは虚言に過ぎませんでした。
 実際に、『聖水』を作成できた者は、即座に聖人として列聖されるほど、聖水を作るということは珍しい事象なのです。
 元は貧乏男爵家の息子である私ごときには、とてもとても……」と。

 けれども、バラン辺境伯は、青年の言い訳を信じなかった。

「ふん。
 たしかに貴様が、適当に川水を詰めただけの小瓶を『聖水』と称して売りさばいてきたのは、調べがついておる。
 この地は我がテミスト辺境伯家の領土。
 領民たちのほとんどが、我が目、我が耳と心得よ。
 そして、我が領民の中に、怒りに身を震わせながら、
『あのロゴスなる若造、とんでもない喰わせ者ですぜ。
 そこら辺の川から、適当に水を汲んでいるのを、おいらは見たんでさあ。
 あんなタダの水を『聖水』と嘘ついて、売りつけやがって。
 とんでもないエセ神学生だ!』
 と言うヤツがいてな。
 だが、かえって儂は、それを聞いて、貴様の力を信じたのだ。
 単なる川水を口にしただけで、貧しい母子の母親の病が癒えるはずがない。
 だとしたら、貴様の祈りに本物の聖なる力があり、単なる川水を聖水へと変化せしめた、ということになる。
 これは素晴らしいことだ。
 魔法にも等しい、聖なる力だ」

 バラン・テミスト辺境伯は玉座から立ち上がり、騎士たちに命じた。

「どの部屋でも構わん。
 この神学生を監禁しろ。
 そして聖水を作らせるのだ。
 城から解放してやるのは、聖水を完成して、我が娘の病を癒したあとだ。
 自由を得たくば、見事、我が依頼を果たせ。
 成功した暁には、我がテミスト辺境伯家の名誉聖職者として迎え入れよう。
 ちなみに、貴様が所属する教会には、すでに『聖水を作った聖人の可能性あり』と報せてある。
 詐欺師となって牢獄にぶち込まれるか、聖人として列聖されるか、それは今後の貴様の努力次第と心得よ!」

 かくして、ロゴス神学生は、テミスト辺境伯家のお城で、監禁されることとなってしまった。
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