あの神学生、タダの川水を「聖水」と称して、少女に売りつけやがって!ーーえ?「だからこそ、ホンモノの聖人だ」と領主様が!?大丈夫なの、ソレ!?

大濠泉

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◆4 恐るべきーーそして皮肉な顛末

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 ところが、それから三週間ーー。

 ロゴス青年は騎士たちから剣で脅される形で、何度も強引に「聖水」を作らされたが、その水を飲んでも、レミー辺境伯令嬢の病は一向に良くならなかった。
 お嬢様は相変わらず、金色の髪を振り乱し、喉を掻きむしって苦しみ続ける。
 穀物を細かく砕いてミルクに溶かし込み、液状化した食糧ですら、レミーお嬢様は受け付けようとしなかった。
 少し食べては、吐いてしまう。
 すでに骨と皮ばかりとなり、かつては「辺境に咲いた花」とうたわれた美貌も、今ではすっかり色褪せてしまっていた。

 父のバラン辺境伯は、ロゴス神学生に向かって怒声を叩きつける。

「貴様、儂を舐めておるのか!?
 いや、そもそも、祈りに力を込めておらんのではないか!?
 貴様は、我が娘は、あの貧しい母子の母親以上に助ける価値がない、というのか!?」

 ロゴスは、鉄球を付けた鉄輪を両手両足にめられた姿のまま、大理石の床に額を押し付けた。

「け、決して、そのようなことは……」

 バラン辺境伯は顎髭を震わせる。

「ロゴスとやら!
 貴様は、たった今から、朝から晩まで、休むことなく祈り続けよ。
 さすれば、祝福されるはず。
 真の聖水ができるに違いない!」


 それから、二十本を超える「聖水」が作成された。
 それでも、娘レミー辺境伯令嬢の容態は一向に良くならない。
 これ以上、主人のバランを怒らせるわけにはいけない。
 とばっちりが、どういう形で顕現するか、わからない。
 結果、バラン辺境伯の信任厚い重臣たちが、額を突き合わせて討議することとなった。

「聖水の聖なる力が足りなかったのか?」

「いや、ロゴスなる神学生に必死さが欠けていたから、聖なる力が籠らなかったのでは?」

「だったら、どうする?」

「そうだ。
 いっそのこと、聖水を作れなければ、自らが死んでしまうという状況に追い込めれば良いのでは?
 そうなれば、さすがに本気になるだろう」

「具体的には、どうするのだ?」

「良い考えがある。
 この領地で一番の名水が湧き出る泉に、この者を沈めればどうか」

「おお、それは名案!
 さっそく職人に準備させよう」

 辺境伯家に仕える重臣たちが討議した結果、ロゴス神学生に聖水を生成しなければ死んでしまうよう追い込むため、ひつぎの中に閉じ込めて、領地の上質水源である泉に放り込むことに決定した。
 棺には管を何本か通し、その管を通して、空気と食糧を流し込む仕掛けになっている。
 そして、レミー辺境伯令嬢の病が癒やされるまで、ロゴス神学生はその棺の中で祈り、棺の周囲を覆う泉の水を浄化させて「聖水」を生み出させ、レミー辺境伯令嬢のみならず、辺境伯領に住まう上位者たちの水源自体を「聖水」化させようというのだ。

 そうした重臣たちが討議した結論を聞き、バラン・テミスト辺境伯は膝を打った。

「その案や、良し!
 さっそく、取り掛れ」


 ロゴス神学生は必死に嫌がるが、力づくでバラン辺境伯の御前に引きり出される。
 辺境伯が座る椅子の前には、巨大な棺が置かれていた。
 その棺には、奇妙な管が何本も繋げられている。

 ロゴス青年は、今から、この棺に閉じ込められて、名水が湧き出る泉に沈められる、という恐ろしい説明を受けた。
 
 長い顎髭を蓄えた老重臣はニンマリと笑いかける。

「心配ご無用。
 この何本もの管から、空気も食糧も流し込むからのう」と。

 神学生ロゴスは、恐る恐る尋ねる。

「は、排泄物はどうなるのでしょう?」

 仮に、息を吸い、食糧を口にできたとして、小と大の排泄物を、どうやって棺の外に出すのだろう。
 このままでは棺の中は、汚物でいっぱいになってしまう。

 当然の疑問に対し、バラン辺境伯は非常識な見解を述べた。

「愚かな。
 名水が湧き出る泉を、汚物で汚すわけにはいかぬ!
 棺から汚物を一切、流れ出すことを禁じる」

 このトンデモ発言に、重臣たちは、お追唱する。

「さすがは辺境伯様。
 信心深くあらせられます」

「それでは、そのまま、ということで」

 ロゴス青年は涙ながらに訴えた。

「そ、そんな!
 それでは、私は死ぬだけでは!?」

 バラン辺境伯は、深々と椅子に腰掛けながら、真面目な顔になる。
 だが、彼は、娘可愛さに、ほとんど気が狂っていた。

「神学生ロゴスーーいやさ、ライアー・トラスト男爵令息よ。
 貴様も神を信奉する学生なのであろう?
 されば、神の奇跡を信じよ。
 そもそも、貴様は人柱になろうとしているのだ。
 食糧だの、排泄だのと、下世話を申すな。
 一心不乱に水の浄化を祈り、聖水を生み出し続けるのだ。
 この泉の水は、我が城のみならず、高位貴族の住まう地域一帯の水源となっておる。
 その水がすべて聖水となった暁には、我が娘が快癒するばかりか、主だった者どもの健康も損なわれることがなくなるのだ。
 ゆえに、貴様に、逃げ隠れをさせるわけにはいかん。
 しっかりとした祈願を果たせるよう、両手は残しといてやる。
 だが、足は要らないから、両方とも斬り落とせ。
 逃げられぬようにせよ」

 そこで騎士が前に進み出て剣を振るう。

「ギャアアアア!」

 血飛沫とともに、神学生の両足が、ももの辺りから切断された。
 血塗れで、ロゴス青年は、ほとんど死にそうになった。
 そして、簡単な血止め処置をされただけで、そのまま棺に放り込まれた。

 そのとき、すでに青年はかなり衰弱していた。
 さらに痛みが激しすぎて、精神がやられてしまったようで、ロゴス神学生は、ヘラヘラと唇を歪め、笑い通しになってしまった。

 そんな彼の様子を無視して、辺境伯の命を受けた者どもは寄ってたかって、棺ごと荷馬車に乗せて、青年を泉に運ぶ。
 そして、棺ごと、聖なる泉に放り込んだ。

 水飛沫をあげて、棺は沈む。
 空気と食糧を流し込む管は繋がっていたが、泉が想像以上に深かったとみえて、管ごと泉の中に沈んでいってしまった。

 辺境伯に命じられた者たちは、「どうせ人柱だ」と思っていて、誰も神学生の生命が助かるとは思っていなかった。

「たとえ死んだとしても、聖人としてあがめてやれば、霊も慰められるだろう」

 と安易に考えていた。
 彼らが気にしていたのは、ひとえに主人バラン・テミスト辺境伯のご機嫌だったのだ。


 だが、この雑な処置が、後々、たたることになった。

 名水を生み出し続けた泉から、その日から、毒水が発生したのだ。
 その水を飲むと、誰もが体調不良を起こして息が出来なくなり、脱力感に襲われて、寝床から立ち上がれなくなる。
 大勢の貴族が、レミー辺境伯令嬢と同様の病に倒れ伏してしまったのだ。
 かくして、領地で最も貴重な水源を失い、しかも、その泉から水を供給されていた辺境伯家の上位者から、多数の病人を出すに至ったのである。


 さらに、それから二ヶ月後ーー。

 今度は、教会が、辺境伯領の統治に介入してきた。
 その際の口実として、ロゴス神学生の存在が用いられた。

「祈念の力で聖水を生み出した神学生を、無理に人柱として泉に沈めて殺した。
 だから、神のお怒りにより、呪いで名水が毒水に変わったのだ」

 と教会が声明を発し、テミスト辺境伯家を教会から破門されたのである。
 その結果、熱心な信徒が多い辺境地区にあって、テミスト辺境伯の威厳が急速に失われ、半年も経たずして、方々で農民叛乱が相次ぐことになった。

 すでにこの頃には、娘レミーは死亡し、バラン辺境伯自身も病に伏した現状にあって、教会や王権の動きに抵抗する力が、テミスト辺境伯家にはなかったのである。


 しかも、テミスト辺境伯家が衰亡した機を逃さず、隣国のモブル帝国までが攻め込んできた。

 それまで病床にあったバラン・テミスト辺境伯までが、そのタイミングで病没した。

「おのれ、あの神学生め。
 我が娘を救わなかったばかりか、我らテミストの一族郎党をことごとく呪い殺しおって。
 教会まで敵に回らせるとは、なんたる疫病神よ」

 とかすれた声を発したのが、臨終の言葉であった。

 歴戦の領主と、高位貴族を謎の病で失ったテミスト辺境伯家では、碌な防戦ができず、結局、テミスト辺境伯領全体が、隣国モブル帝国に奪われてしまった。

 教会も、セイレン神聖王国も、安易にテミスト辺境伯家を破門し、見捨ててしまったことを悔いたが、後の祭り。
 この後、セイレン神聖王国は衰亡していくばかりとなっていった。

 
 その一方で、旧テミスト辺境伯領の住民は、平和を謳歌し、豊かに過ごせるようになっていた。
 領地の主人は替わったが、モブル帝国から遣わされた領主は領民からの支持を得るために穏健策に徹し、旧テミスト辺境伯に仕えた者たちを厚遇した。
 上位貴族の過半は病で滅亡したこともあって、中位貴族から下の騎士爵位の家々まで、その所領と職務を安堵したのだ。

 そして、帝国の新領主は、旧テミスト伯爵家が衰亡するきっかけとなった「聖人伝説」を巧みに利用した。
「騎士爵家の村々を救済し、腐敗したテミスト辺境伯家と上位貴族を一掃するため、身を挺して犠牲となってくださった、聖水を生み出す聖人」として、ロゴス青年ーーライアー・トラストは祀りあげられ、信仰の対象になったのである。

 その頃には、貧しい母子の娘エミリアは、もう十五歳の成人となっていた。
 エミリアは隣村の騎士爵家に嫁ぐことが決まって、母親マミアもしきりに涙を浮かべて喜んでいる。

 エミリアは青空を見上げながら、しみじみと思った。

(お母様の病が癒えて、私がこうして幸せになれたのは、すべて、あの聖人様のおかげだわ。
 まさか、自らの生命を犠牲にしてまで、私たち、下々の者のために祈りを捧げてくださったなんて。
 ほんとうに、『聖水』を授けてくださって、深く感謝いたします)と。

 彼女はますます深く、神様に、そしてあの若い聖人様に、感謝の祈りを捧げるのだった。

(了)
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