千年生きたエルフの溜息

大濠泉

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◆7 間違いない。これは、お兄ちゃんのものです! 私、一人でも探しに行きます!

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 王都近郊最大のデメロス迷宮ダンジョンの攻略は難航した。
 この迷宮は今まで第六階層まであることが判明しているが、まだ先があるとも言われている。
 多くの未踏破地域を残しつつ、階層のボスを倒さずに行ってもまだ先がある。
 この迷宮に潜行した結果、数々のトラップに引っかかって全滅したり、主要メンバーが欠けて解散するに至ったパーティーが、いくつも存在していた。

 幸い、〈時の狩人〉は、七箇所以上も、今まで未発見だった地域の潜入に成功した。
 リーダーの自称勇者バトラーさんや、武道修道士モンクのランガさんが、強力な攻撃力を有するうえに、斥候のエレノアさんが探索技術にすぐれていた結果である。

 ところが、得るものは少なく、リイファのお兄さんのランドも発見することがなかった。
 特に第三階層は広大なために、マッピングも完全にされてはいない。
 次の、森林地帯である第四階層も同様で、たとえリイファのお兄さんが所属するパーティーが潜っていたとしても上手く出会えるとは限らない。
 今回、この迷宮に潜ってから、〈時の狩人〉は四十組以上のパーティーに遭遇し、共同戦線を張ったりして、罠を掻い潜り、魔物や中ボスを退治してきた。
 だが、リイファのお兄さんの噂はとんと聞かなかった。
 挙句、荷物係である僕が負傷してしまったことで、それがダンジョン攻略停滞の原因の一つとなっていた。

 僕の活動の有無が、ダンジョン攻略の進捗しんちょくに関わるということは、誇るべきことなのかもしれない。
 けれど、やはり嘆かわしく思うべきことで、リイファのお兄さんを見つけることができないこともあいまって、僕は忸怩じくじたる思いにとらわれた。
 だが、あの蛇に噛まれて以降、どうにも気力が出ない。

 ちなみに、あれから二日かけて地上にまで戻り、すぐさま病院に駆け込んでいる。
 すると、フレシアさんの治癒魔法がいたのか、毒性は感知されず、僕自身の体力や魔力の減退も見られないので、生命力は相変わらずだった。
 結果、「ゆっくり養生すれば回復するだろう」とお医者さんからお墨付きを得て、今は〈時の狩人〉の拠点宿〈愚か者の罠ブービー・トラップ〉で休息している。

 僕の活動休止を受け、すでに〈時の狩人〉は、大量の荷物をデメロス迷宮ダンジョンに持ち込むことをやめていた。

「ゆっくり休んだほうがいいわよ」

 とフレシアさんは枕元で、僕に優しく寝かしつけるように言う。
 彼女の後ろで仁王立ちする武道修道士モンクのランガさんが、カッカカカと豪快に笑い、

「おまえに付きまとわれてたんじゃ、足手纏あしでまといなんだよ。休め、休め!」

 と憎まれ口を叩く。
 一方、リイファはひざまずいて僕の手を握り、涙を浮かべながらも、「ごめんね。でも私、行くから」と言う。
 もちろん、彼女には、さらに迷宮ダンジョンに潜ってもらって、お兄さんを探して見つけてもらいたく思っていた。
 僕のせいで迷宮攻略が停滞するのは、我慢ならない。

 僕はベッドで半身を起こし、胸をトンと叩いた。

「こんな調子ですけど、後方支援は任せてください。
 地上にいればこそ、やれることもあります!」

 こうして僕は、みなが迷宮ダンジョンから持ち帰った宝物やドロップアイテムを換金するため、組合ギルドや商人とのやり取りに専念することにした。

 それから、さらに一カ月ほどが経過した。
 かなり身体は軽くなったけど、まだ少しゴホゴホと咳き込む。
 体調は万全とは言えなかった。
 それでも、リンゴやオレンジなどの果物は美味しくいただけるし、最近は肉の脂身まで食べれらるようになっている。
 完全回復もすぐだろうと、みなもお医者さんも言ってくれた。

 リーダーやランガさんなどは第三階層のラスボス攻略に忙しく、マッピングにかかり切りのエレノアさんもちっとも顔を出さなくなった。
 それでも、リイファとフレシアさんは僕の許に頻繁に訪れ、一週間に一度くらいは一緒に地上に戻って来ては顔出してくれた。
 迷宮の中に、幾つかの転移魔法陣を発見し、地上に戻りやすくなったのだという。

 フレシアさんは優しく僕の頭を撫でてくれるし、その横でリイファが僕の手を握りながら「顔色も良くなって順調そうですね?」とニコニコしている。
 なんだか女性二人に甘えまくる弟みたいで、恥ずかしい。
 僕は頬を赤く染めながらも、口をへの字に曲げた。

「リイファもフレシアさんも、子供扱いはやめてください」

 フレシアさんは「あらあら」と微笑みを浮かべ、僕の頭から手を離す。
 でも、いつも通りにおどけてみせた。

「でもねえ、私から見たら、あなたは孫みたいなもの。
 本当に小さなひよこみたいに可愛いのよ。
 この子も一緒でね」

 と、隣にいるリイファの頭を撫でる。

「この子、肌がすべすべしてて。
 ほんと、若い子はいいのよね」

 と、透き通るような肌をしたエルフが言う。
 なんとも奇妙な感じがした。
 ゴホゴホ咳が出る。
 春が過ぎ、初夏に差し掛かったというのに、相変わらず寒い日々が続く。

「最近、冷える。寒いな」

「そうかなぁ?」

 とリイファは首をかしげる。
 その一方で、フレシアは大きくうなずき、「そうね」とつぶやく。

 そうした穏やかな会合を何度か続けた後、変化が訪れた。
 二週間後、リイファが勢い良く飛び込んできたのだ。
 バタバタと音を立てて階段を昇ってきて、バタンとドアを開け、開口一番に叫んだ。

「お兄ちゃん生きてた! ダンジョンの奥にいるんだって!」

 ベッドの上でパンをかじりながらぼんやりしていた僕の身体を抱き締め、顔を押し付けてきた。
 ちょっと冷たい。
 リイファは泣いていたようだ。

「フレシアさんが、お兄ちゃんのバンダナを見つけたのよ!」

 僕がいない代わりに、荷物を運ぶのはランガさんの役回りになっていたが、荷物を管理する役目はリイファに押し付けられたらしい。
 一刻も早く、お兄さんを探しに行きたいリイファだったが、経験も乏しい未熟な彼女が動くよりも、エレノアさんやフレシアさんが目や鼻をかせた方が、はるかに罠を見抜け、魔物の動向も探ることができるから、仕方ない。
 おとなしく荷物の番をする日々が続いていた。
 結果、僕がしていたように、彼女もみなの荷物を預かって、次の攻略のための資材準備をするようになった。
 そんなとき、フレシアさんのリュックから、見慣れたバンダナが発見されたのだ。

 フレシアさんがもっていた荷物の中に、リイファはバンダナを見つけた。
 真っ赤な色のバンダナで、白字で『北方のランド』と記されてあった。

「間違いない。これは、お兄ちゃんのものです!」

 フレシアさんにたずねたら、迷宮の第四階層に先行したときに見つけた、という。

 リイファは、そうした経緯いきさつを早口でまくし立て、息をはずませる。
 その後、ゆっくりとした足取りで、フレシアさんがやって来た。

「まさかあのバンダナが、お兄さんのものだったなんてね。
 それにしても、荷物係って怖いわね。
 私の私物まであさっちゃうなんて」

 僕は笑った。

「仕方ないですよ。それぞれの私物も込みで管理しないと。
 次のミッションをこなす準備をするのが役割ですから」

 改めて問いかける。

「で、どこで見つけたんですか? そのバンダナ」

「リイファちゃんには言ったはずよ。
 第四階層。
 男どもが魔物やボス相手に張り切ってる間に、一歩先へ先行したら見つけたの。
 持ち主は、まだ奥にいると思う」

「お兄ちゃんが生きてた!」

 とリイファは喜び、僕の手を握ってブンブン振り回す。

 第四階層は森林地帯と泉があり、そこを根城にしてさらなる階層踏破を目指す冒険者パーティーが十二組以上もあり、中には十年以上も滞在している冒険者もいると、フレシアさんは聞き込んできたという。

 リイファは改めて拳を握り締めた。

「私、一人でも探しに行きます!」

 彼女の威勢の良い宣言は、廊下にまで聞こえたようで、ダンジョンから帰ってきた他のメンバーたちがドヤドヤと僕のいる部屋に入り込んできた。
 リーダーの自称勇者バトラーさんと武道修道士ランガさん、そして魔法使いハーベイさんといった男性陣の顔を見るのは久しぶりだ。

「ライ坊、元気だったか。
 やっぱ、荷物はおまえに運んでもらわないとな」

「こんなにしょっちゅう地上に戻ってたんじゃ、一向に攻略が進まないよ。
 でも、よかったなぁ、リイファちゃん。
 お兄ちゃんが見つかりそうで」

 僕と、僕の手を握って、ちょこんと隣でベッドに腰掛けるリイファを中心に、大人の冒険者たちが取り囲んで歓談を始めた。

「でも、第四階層も、湖のほとり以外は、かなり危ないし、湖の中にも見慣れない水生生物がいるってさ」

 とエレノアさんが口をとがらせたら、ランガさんも大きくうなずき、

「リイファちゃんが先走ってんじゃ、危なっかしい。
 特に第四階層への階段近くには、転移トラップが多いからな」

 そこでリーダーのバトラーさんが、パンパンと手を打って話をまとめる。

「とりあえずは、すでにルートが開けているんだから、第四階層まで食糧や備品など、必要な荷物をまとめて、まっすぐ届けよう。
 それから、他のパーティーと同じく、湖のほとりでテントを張って、拠点とすべきだろうね。
 聞いたところによると、さらに第五、第六階層へと向かったパーティーが五つあったっていうから、その中の一つにリイファちゃんのお兄さんも紛れているかもしれないよ。
 な、そう言ってたよな、フレシア?」

 リーダーの知識は、どうやらフレシアさんの聞き込みから仕入れたものらしい。
 フレシアさんはちょっと自信なさげにうなずく。

「ええ。噂に聞いた程度だけど」

 こうした二人の会話を耳にして、リイファは目を爛々らんらんと輝かせた。

「私、第四階層で食事をとったら、すぐに第五階層に向かいます。
 今度こそ、お兄さんに会える気がするんです」

 彼女の喜びの声を耳にして、難色を示し、腕を組んだのは斥候のエレノアさんだった。

「水を差すようで悪いんだけど、第五階層以降は、ろくにマッピングされてないんだよね。
 潜ったパーティーが幾つかいるみたいだけど、誰も地図を公開してくれてないのよ。
 一歩、みんなより先に先行したんだけど、私の探索や索敵のスキルにも何の反応もなくって、嫌な雰囲気しかしない。
 やっぱり、もっと武器や詮索のための杖とか、道具を装備してからじゃないと、私は行きたくないな」

 要するに、商業組合や魔道具の店をあさって、いくつか調達したいものが揃られてからじゃないと、動く気がしない、それまで待ってくれないか、とエレノアさんは提案したのだ。
 優秀な斥候らしい意見だった。

 けれども、待ちきれないリイファは泣きそうな顔になる。
 僕をはじめ、みながオロオロするが、そんなリイファに優しく声をかけたのがフレシアだった。

「わかったわ。心配いらない。
 私が一緒に行くから」

 そう言って、自らの肩に弓と矢筒を担ぐ。
 ゆったりとした雰囲気のフレシアが、「みなは来なくてもいい」とまで断言した。
 彼女がこれほど積極的になるのは珍しい。
 一千年の経験を誇るエルフの協力を得ると知って、〈時の狩人〉のメンバーはみな、深く安堵した。

「だったら、安心だな」

「おお。吉報を待ってる」

「ありがとう。みなさん!」

 リイファは涙を流しながら、フレシアさんに抱きつく。
 抱擁ほうようし合う二人の女性を取り囲んで、仲間たちは微笑む。
 そんな姿を、僕はベッドの上から眺めて、幸せな気分を味わった。
 そして一刻も早く現場に復帰し、リイファやフレシアさんの手伝いをしたいと強く思った。

 そして二週間後ーー。

 ダンジョンから、エルフのフレシアさん独りが帰ってきた。
 僕の妹分、〈ペンダントのリイファ〉はいなくなってしまったのだ。
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