家事代行サービスの私が見たーー死神が取り憑いた家

大濠泉

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◆3 招かれざる客

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〈招かれざる客〉である、中年の息子さんが、藤澤家のお屋敷に上がり込む。
 そして、そのままズカズカと廊下を進んで、階段を昇った。
 ミサトをいないかのごとく無視して、二階の和室へと大股で歩いていく。

「ママ! ママ! 来たよ。ボクだよ! シゲルだよ」

 言葉に似合わない、おっさんらしいダミ声で叫ぶと、部屋からは、

「ああ、会いたかったわ、シゲル!」

 といった甲高い声が跳ね返ってきていた。

 息子が脱ぎ散らかした靴を揃えてから、ミサトは息子さんの後を追いかけた。
 が、強引に振り払われる。
 危うく階段から転げ落ちそうになった。
 そんな彼女を抱え込むようにして支えてくれたのが、長身の若い男ーー死神さんだった。

「あの息子さん、あなたが見えなかったみたい」

 廊下を通り過ぎるとき、すぐ近くにいたのに、息子さんはまるで気に留めていなかった。
 死神さんはどこか得意げな表情だった。

「そうだろう。あいつの近くに立ったときは非実体だったからな」

 今は実体化しているから、ミサトの手を取れる、とのこと。
 死神さんは和室の方を見遣りながら、なにがおかしいのか、始終、ニコニコしていた。
 その一方で、ミサトは青ざめていた。
 玄関の外にいた雰囲気と、敷居を跨いだ後の様子がまるで違って、びっくりしたのだ。

 大奥様が見せてくれた写真の「息子」の姿を思い出し、溜息をついた。

「あんなに可愛かった子が……」

 死神さんは穏やかな表情で言う。

「ね。キミも、あの老女の生命を刈らねばならないーー少なくとも、生命を終わらせてやったほうが良いって思うだろ?」

 いきなり物騒なことを言う。
 ミサトは思わず声を上げる。

「なぜ!? どーして大奥様なの?」

 あのオッサン息子が死神に殺されるのは、失礼ながら、わかる気もする。
 でも、だからといって、どうして寝たきりになっている老母の生命が刈られなければならないのか?

 食い入るように見詰めるミサトを見下ろしながら、死神は薄らと笑みを浮かべた。

「そのうち、わかる」

(そればっか……)

 中年息子は母親の許に直行していた。

 和室の扉を開け、ミサトは死神さんと二人して中の様子を窺う。

 母親はベッドから起き上がらんばかりに、元気良く息子を迎えていた。

「シゲル、よく来たねえ」

 老婆の母親と、おっさんの息子がヒシと抱き合い、それからベタベタ触れ合う。

「ちょっと臭いよ、ママ。それより、ね、お願い!」

「ごめんね。お母さん、寝てばかりで、あまりお風呂に入れないから」

 いそいそと枕元からお金を出して、息子に手渡す。
 十万円もあった。

「ええ、これっぽっち?」

「ごめんね。自由に出来るお金が少なくて……」

 息子さんの口調がどんどん悪くなっていく。
 札束を数えながら、大きく舌打ちした。

「姉貴のヤツ、がめついからな。それに、あの旦那。余所者のくせに、ボクのウチで好き勝手しやがって」

「シゲル。今日はお手伝いさんが来てくれたから、ゆっくりしていくといいよ」

「ああ。そうする」

 息子はさすがに実家なだけあって、随分とのびのびしていた。
 ネクタイを緩め、母親のベッド脇に腰掛け、タバコを吸い始める。

 大奥様はミサトが部屋に入ってきたのに気づくと、言いつけた。

「十万円は、シゲルちゃんに、お小遣いとして渡すから。いいわね」

 やはり十万円は、ミサトが奥様から当面の生活費として渡された、あの十万円だった。
 バックの中に封筒ごと入れたはずなのに、いつの間にか、大奥様が盗んだらしい。
 和室の隅にバックを置いていたので、手すりか何かを伝って、取ってきたようだ。
「寝たきり」とは名ばかりで、かなり立って歩けるようだ。

 呆れてミサトは問いかける。

「じゃあ、これからの食事はどうするんですか?」

「そんなの、出前を毎日頼めばいいでしょう。お寿司でも、うなぎでも、なんでもお店に頼めばいいのよ」

 ふと見れば、息子さんがスマホで高級寿司の注文を始めていた。
 ミサトは血の気が引く思いだった。

「食事は、私が作ります。そんなことしてたら、お金がもちません!」

 大奥様はせせら笑う。
 そして、息子さんに向けてウインクする。

「心配要らない。通帳と印鑑は、一階奥の洋間にある箪笥の二番目の引き出しにしまってあるわ。暗証番号は、たしかーー」

 驚いたことに、大奥様は、娘夫婦が大切に隠してあるもの、それら全部を知っていて、息子に教え始めた。
 金庫の番号すらもーー。

 凄い勢いで階段を駆け降りた息子さんは、部屋に帰ってきた時には、上機嫌に鼻歌を歌っていた。

「あんたにも、あげるよ」

 と言って、ミサトにポンと現金を投げ渡す。
 金庫を開けて、手に入れたらしい。
 帯がついた札束だった。

「そんな。それは奥様はご夫婦のものでしょう? それを勝手に、息子さんに開けさせるって……」

 私が呆れていると、息子さんではなく、大奥様が甲高い声を張り上げた。

「なに言ってるの! 娘夫婦あの人たち居候いそうろう! 本来のあるじであるシゲルちゃんが、娘夫婦の持ち物をどう使おうと勝手だわ!」

 母親の絶叫を受け、オッサン息子はますます調子づく。
 急にスーツの上衣や靴下を脱ぎ始め、そこらじゅうに放り出した。

「風呂はどうしたの? お風呂!」

 ミサトはそれら脱ぎ散らかした衣服を集めつつ、口にした。

「あの……早く帰っていただけませんか。奥様から、きつく言われてるんです。お母様には誰にも会わすな、と」

「ボクはママの息子なんだ。この藤澤家の長男なんだぞ!」

「でも……」

 にこやかに微笑むお母様を背にして、息子はじろりとミサトに目を向ける。
 そして、ミサトの身体を上から下まで舐め廻すように見詰める。

「いいから風呂に入れろよ。話はそれからだ」

「はい……」

 ミサトは一階のバス・ルームへ出向く。
 磨りガラスの扉を開けてみたら、浴槽にはまだ水が張ってあった。
 昨夜の残り湯か。

(残り湯で掃除するために、とってあるのかしら)

 が、周囲を見回してみれば、壁や床のタイルの合間は黒ずんで黴びている。
 奥様は、掃除をあまりしたがらないタイプのようだ。
 いくら旅行に出かけるとはいえ、指輪やネックレスを嵌め、派手な化粧をしている様を思い出す。

(大奥様は清楚なかんじなんだけど……)

 浴槽の水を抜くと、洗面台の下からスポンジを取り出し、壁のタイル隙間をゴシゴシと磨きはじめる。

 すると、いつのまにか黒い男ーー死神が後ろに立っていた。

「掃除はあとにしたほうがいい」

「お風呂を沸かす間に、やっておこうと思って」

「そんな悠長にやっていると、二階の和室も、一階のリビングも大混乱だ」

「え!?」

 急いで廊下を走り、キッチンに直結するリビングに入る。

「な、なにしてるんですか!?」

 床には男性用のシャツとパンツが散らかり、ソファ・テーブルにはタバコの火が押しつけられ、さらにはリンゴが囓られたまま放置されていた。
 そして、中年オヤジが全裸で、ワインを瓶のままでラッパ飲みをしている最中だった。

「ふぃ~~。いやあ、風呂上がりまで我慢しようと思ってたけど、つい、ね」

「服くらい、着てください!」

 ミサトは手で目を覆うような仕種をする。
 それを見て、中年オヤジはニヤニヤ笑う。

「着替えぐらい持ってきてくださいよぉ。きみ、家政婦ハウス・キーパーなんでしょ?」

「とりあえず、これでも着ていて……」

 ミサトが、脱ぎ散らかされたした下着に手を伸ばしたら、すえた匂いがした。
 思わず鼻をつまむ。

 そのさまを見て、息子はヘラヘラ笑う。

「ね、そいつ、匂うでしょ? もう何日も着た切り雀だから」

 中年オヤジはメガネを外して目ヤニを取りつつ、得意げに話す。

「競馬で全額スッたんですよ。いやぁ、ママが助けてくれなきゃ、ヤバイとこだった」

 夏の間は公園のベンチで寝て、日雇いバイトで食いつなぐ。
 そして手にした稼ぎは全額、ギャンブルに注ぎ込む日々だという。

「大奥様は、あなたがそんな生活を送っているとは……」

「知るわけないでしょ。そんなこと教えたら、ママが可哀想じゃん。ショックで死んじゃうよ、ヘタしたら」

「……」

「ねえ、はやく着替え持ってきてよ」

「お着替えが、どこにあるか……」

 ミサトがまごついてると、いきなり階段方面から甲高い声が響いてきた。

「シゲルちゃんが困ってるでしょ! どこからでもいいから、男モノの服を取ってきなさい。はやく!」

 手すりを伝いながら、大奥様が二階から降りてきたのだ。

「娘婿の服、無駄に多いんだから、シャツだろうとパンツだろうと、好きに着たらいいのよ。シゲルちゃんが、藤澤家の跡取りなんだから。ほんとは、この家全部がシゲルちゃんのものなの!」

 大奥様が背後からミサトに迫り、もたれかかってくる。

「危ないです! 車椅子持ってきますから、そこのソファに座ってください」

 足腰が立たない老女をソファにまで運び、次いで娘夫婦の寝室に向かう。
 まったく理不尽な手間だ。
 涙が出て来た。

 廊下では、ずっと死神がたたずんでいた。

「大変そうだね。手伝おうか?」

 ミサトは涙を拭いながら、反射的に「結構です!」と答える。
 実際、現在のドタバタは、誰かが手伝ってくれて解消するとは思われなかった。

 もちろん、死神さんには実体化してもらって、オッサンを外へ放り出してもらいたい。
 が、全裸のまま放り出せば、間違いなく近所が騒ぎ出す。
 警察すら呼ばれかねない。
 そうなると、旅行中のご夫婦にまで連絡がいって、旅行は取り止めになる。
 どれだけ怒られるかわからない。
 当然、給金はナシになるだろう。

 それに、死神さんが実体化したら、あのオッサンにも姿が見えるようになるわけだから、間違いなく私が若い男を連れ込んだ、と思うだろう。
 そうなると、ヤバい。

 こんなでも、オッサンは依頼主の親族だ。
 ご夫婦が留守なのを良いことに、若い男を連れ込んでいた、と決めつけられると、間違いなく、これから先、家事代行の仕事ができなくなる。

 泣く泣く、ご夫婦の寝室に入ると、箪笥を適当に漁って、男物の下着を手にして、居間に引き戻った。
 そして、下着を投げ渡す。
 が、オッサンはパンツすら履こうとしない。

「考えてみれば、ボクが裸でも、構わないよね。だって、ここ、ボクん家なんだから」

 大奥様が「そうよ、そうよ」とうなずく。

 ミサトは顔を紅くして、大声をあげた。

「でも、私がいます!」

 中年男はニヤニヤと、いやらしい笑みを浮かべ、わざと股を開く。

「最近の娘は、これぐらい、平気だろ?」

 ミサトはきびすを返した。

「セクハラですよ! 上に許可を貰って、私、もう、帰ります!」

 職務放棄と言われようと、今回はイレギュラーだ。
 だいたい、大奥様がこのオッサンを呼び込んだんだから、私の責任じゃない。

 でも、大奥様に、ピシャリと言われた。

「なに言ってるの、ミサトさん! このまま出て行くなんて、無責任に過ぎます。私だって、時間になったら、お薬を飲ませてもらわなければいけないし、第一、シゲルちゃんの面倒を誰が見るの!? 私は足が不自由なんですよ!」

 大奥様は顔を真っ赤にして、本気で怒ってる……。
 今まで、息子さんの横暴に振り回されてる気がしてたけど、この、大奥様も相当、おかしい。
 いや、むしろ、大奥様がこんなふうだから、息子さんがダメ男になったに違いない。

 ミサトが呆気に取られていると、ちょうど、そのタイミングで、お風呂が沸いた合図が鳴った。

「じゃあ、ボクはひとっ風呂浴びてくるから、冷えたビールとつまみを出しておいてよ。それが終わったら帰ってもいいから」

 全裸のオッサンが股間まで丸見えの姿でニタニタ笑っている。
 気色悪い。
 なのに、大奥様は酷い追い打ちをかけてくる。

「ねえねえ。ちょうどいいじゃない? ミサトさん、シゲルちゃんの背中を流してあげて。一緒に入るには、お風呂がちょっと狭いけど、なんとかなるわよ」

 私の服の裾を引っ張りながら、老女もニタニタ笑っている。
 こうして見ると、息子さんと笑顔がそっくりなことに気がつき、思わず身震いがした。

「キモいよ、もう!」

 ミサトはつい声に出して、大奥様の手を振り払った。
 すると、いきなり強い衝撃が背後から襲いかかった。
 オッサン息子が、ミサトの背中を蹴り上げたのである。

「なにすんだ! ママが可哀想だろ!」

 ミサトは吹っ飛んで、頭から柱にぶつかる。

「まあ!」

 大奥様が両手を口に当てて、大声をあげた。

「シゲルちゃん、ダメよ! ミサトさんは、あなたのお嫁さんになる女性ヒトなんだから、大事にしなきゃ! シゲルちゃんの跡取りを産む身体なのよ」

 ミサトは額の腫れに手を当てながら、恥じていた。
 依頼主夫婦が大奥様には「特に弟に会わせるな」と言っていたのは、弟がこんな調子なのを知っていたからなんだ。

 オッサン息子が母親の許にすり寄る。
 俄然、勢いづいた大奥様は、ソファで腰掛けたまま、りんとした声を上げた。

「お願い、ミサトさん。万年筆と紙、用意してくれないかしら。あそこの鏡台の引き出しに入ってるわ」

 遺言書を書くという。
 今日の日付けを書いて、大奥様の名前と住所。押印。
 肝心の文言は……。

「すべての財産を長男・茂に残す」

「え!?」

 面倒を見てくれていた奥様は……?

「あのには立派な夫がいるじゃない! でも、シゲルちゃんは独り身。可哀想でしょ」

「でも……」

 あんなオッサンにいくらお金を渡しても、ギャンブルで消えるだけじゃ……。
 そうした旨をゴニョゴニョ口にしたが、大奥様に激怒された。

「私のお金をどう使おうと、私の勝手でしょ! 私は長い間、おとうさんの我が儘に付き合ってきた。だから、夫が残してくれたお金もみんな、私のもの」

「でも、奥様夫婦と同居しているわけだから、これからもお世話になるのでしょう。そんな遺言を知ったら……」

「知らせなきゃいいのよ」

「でも、遺言書と記したモノが家にあったら、いずれは……」

「そうねーーあ、そうだ。たしか、法務局か何処かに遺言書が預けられるんでしょ。あなた、行ってくださらない?」

「そんな、私は部外者ですよ。完全に。でも……たしかに、奥様でしたら、その遺言書通りになることを必死で邪魔だてするのでは……」

「そうね。あの娘は、昔から、私がシゲルちゃんを甘やかしすぎる、と文句ばかりだったから……そうだわ。この家! この家の名義は私になってるんだった。これを名義変更するのよ。今すぐ。もちろん、名義はシゲルちゃんに! 生きてるうちに、しっかり、シゲルちゃんにくれてやるのよ」

「それでは、奥様があまりに……」

「いい気味よ! あの娘、いつもおとうさんに可愛がられて、内心で私をバカにしていたのよ。今でもよ。良い大学に行ったからって、シゲルちゃんをバカにして。シゲルちゃんが、今、うだつが上がらなくなってるのも、おとうさんとあののせいなんだから!」

「もうそろそろ時間だ」

 いつの間にか、死神さんがミサトの傍らに立っていた。

「なんの?」

 とミサトが問うと、当然だろ、とばかりに死神は答えた。

「あの婆さんの生命を刈るんだよ」
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