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1.妹は私の幸せを邪魔してきます

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「どういうことなの?デュラン・・・!」
「言葉のとおりだよ。リリー。君とは婚約破棄させてもらう。」
「・・・なぜ?私達、愛し合っていたじゃない・・・?」

婚約者デュランは私を冷めた目で見つめると、大きくため息をついた。

「よく平気な顔でそんなことが言えるな。リリー。僕を裏切って浮気をしていたのは君だろう?」
「私は貴方を裏切ったことなんてないわ!!」

必死で訴えたが、すでにデュランは私の言葉を聞くつもりはないようだった。

「僕がこの国の人間じゃないからって、君の噂に気がつかないと思った?」
「え・・・?」

まさか私の噂を聞いてしまったの・・・?
デュランは隣国で金貸業を営む商人。
彼なら、偏見なく私と付き合ってくれると思って・・・。

「男狂いの伯爵令嬢リリー・トンプソン。皆、君のことをそう呼んでいるんだろ?」
「違うの・・・!聞いてデュラン!その噂は全部嘘よ!男狂いなのは私じゃ無くて、双子の妹のフローラなの!」

一卵性の双子の妹、フローラ。裕福な貴族の旦那がいる彼女は、私の名前を使って、日々不倫を繰り返している。

「・・・言い訳するのはやめてくれ。僕は君の裏切りを直接この目で見てるんだ。僕がプレゼントした黒いコートを着た君が、他の男とデートしているところをね・・・。」

黒いコート・・・
フローラが家に遊びに来た日から見当たらず、ずっと探していた。

「それは私じゃないわ・・・。私のコートを盗んだフローラよ・・・。」
「そんな嘘を信じると思ったかい?せめて君から謝罪の言葉を聞きたかった。」
「違うの・・・お願い、信じてよ、デュラン!」

デュランは帽子を深く被り、私に背を向けた。

「残念だよ、リリー。君となら幸せな人生を歩いていけると思っていたんだが・・・。」
「私だってそうよ!今もまだ・・・!」

デュランは私を振り返ることなく、ドアノブに手をかけた。

「さよなら、リリー。きっともう会うことはないだろう。」
「・・・デュラン・・。」

そうして最愛の婚約者デュランは私の元を去っていった。

なぜ?私が何をしたっていうの?
私はただ真面目に生きてきただけ。悪いのは全て双子の妹なのに・・・。

ーーーずっとこんな人生が続くのかしら。
目の前が真っ暗になり、しばらくその場を動けなかった。

・・・もうこんな想いしたくない。
きっとフローラを止めない限り、私の幸せはやってこないんだ。

"男狂いの伯爵家令嬢リリー"
その汚名を着せられたまま一人死んでいくなんて絶対に嫌だ。

涙を拭って、フローラの家に向かった。
私はまだ幸せな花嫁になる未来を諦めたくないーーー。


   ◇◇◇
   

家に行くとフローラはおらず、夫ヨーデルの部屋に通された。

「また婚約破棄されたのか?みっともないなぁ、リリー」
「貴方がフローラを止め無いからじゃない・・・!」

ヨーデルはにやりと笑った。フローラの不倫を伝えてもヨーデルは顔色一つ変えない。

「またお前は妹のせいにするのか?リリーの男遊びの噂を皆知っておるというのになぁ。」
「・・・それも、貴方が流した噂でしょう?」
「言いがかりをつけおって。その歳までなって結婚もできず男遊びだなんて、惨めな奴だ。私がお見合い相手を見つけてやろうか?」

そう言ってヨーデルは肥えた顎を撫でた。

「見合いは結構ですから・・・もう少し夫婦で話し合ってくれませんか?」
「なにも話合うことなんて無い。フローラは潔白だからな。」
「・・・嘘です。何度も証拠を見せましたよね?貴方は自分の不倫を正当化するために、フローラの悪事を黙認してるんですよ。」

私が言い返すと、ヨーデルの顔色が変わった。

「黙れ。これ以上言えば、トンプソン家がどうなるか分かっているのか?」
「そんな・・・!」
「さぁ、出ていけ。言うことを聞かぬなら容赦はしないぞ。」

そう言って、ヨーデルは私を脅した。
ヨーデルは自らの妻の不祥事を誤魔化すため、私を利用しているのだーーー。


私の名前はリリー・トンプソン。
トンプソン伯爵家の当主。
10年前、当時、当主だった父と母が不慮の事故で命を落とした。
この事故は私とフローラの人生を大きく変えてしまったのだ。

誰よりも美しく社交界の華であったフローラ。事故の後、フローラは公爵家の子息に突然、婚約破棄されてしまう。その後、フローラに新しい婚約者はしばらく見つからなかった。

ーーー美しい女だ。私の妻にしてやろう。

事故から2年が経ったころ。フローラの前に現れたのは、16歳年上で離婚歴のあるヨーデルだった。ガーラン国有数の資産家であるヨーデルはフローラと結婚し、トンプソン家の実権を奪ってしまったのだった。

なぜあの時、フローラの結婚をもっと止めなかったんだろう。
彼女がもっと良い相手と出会っていれば、私を憎むことも無かったはずなのに。

  
   ◇◇◇


結局、フローラに会うことはできず、私はヨーデルに屋敷を追い出された。

馬車にのるお金もなく、とぼとぼと家に向かっていると

「リリー、リリーじゃないか!」

見知らぬ青年から急に声をかけられた。
サラサラした金髪に、青い瞳。
いったいこの人は誰だろう?

「えっと・・・?」

「覚えてないのかい?3日前、リリーが俺のハンカチを拾ってわざわざ追いかけてくれただろう?」

・・・記憶にない。この男性が出会ったのは、恐らく私のふりをしたフローラだろう。

「あれ以来、どうも君のことが頭から離れなくて・・・君をずっと探してたんだ。

もしよかったら食事でもどうだい?」

そう言って青年は、私の目を熱い瞳で見つめた。

彼が探していたのは、私ではなくフローラだと分かっていたが・・・フローラに幸せを邪魔され続けてきた私は、

"いいよね。一度くらい、フローラの嘘を利用したって"

そう、思ってしまった。

「喜んで。」
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