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2.嘘は恋のはじまりです

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「リリー。どこか行きたいお店はあるかな?」

「えーと、そうね・・・。」

青年の問いかけに、私は口籠った。社交的で話が上手いフローラに対して、私は人見知りで口下手。

同じ顔なのに、フローラのようにお誘いを受けた経験はほとんどなくて・・・。どうやってこの人と接したらいいんだろう?

「そんな難しい顔しなくてもだいじょうぶさ。そしたら、俺のおすすめでもいいかな?」
「ありがとう。お願いするわ。」

青年が連れて行ってくれたのは私もよく知る人気店。
デュランもお気に入りで、デートの時はよく来ていたな・・・

「どうしたの?」

お店の前に立ち止まった私を見て、青年は首をかしげる。

「なんでもないわ。いきましょう。」

お店に入ると青年は、慣れた様子で店員さんに注文を始めた。

着ている服やその佇まいから、恐らくこの青年は貴族に違いない。これだけの美青年ならば、パーティで話題になるはずだけど・・・見覚えが全くなかった。

「リリー、他に食べたいものはあるかい?」
「えと・・・そしたら、苺のシフォンケーキを一つ。」

いつものように、お気に入りのデザートを頼んで、すぐ後悔した。
一人で食べ切れるかしら・・・。いつもはデュランと半分に分けて食べていたのよね・・・。

「あの・・・貴方は甘いものが好きかしら?」

私はまだ青年の名前を知らなかった。怪しまれないように後でこっそり聞かなくては。

「ああ。大好きだよ。」
「そう、よかったわ。もしよかったら、シフォンケーキを一緒に食べましょう。」
「ありがとう。でもなぜ? 」

青年に理由を聞かれてしまった。
余計なことを言わなきゃよかったと後悔する。

「このお店のシフォンケーキ、一人だと大きくて食べ切れないのよ。」
「よく来るんだ?」
「え、ええ!妹と!」
「妹と仲がいいんだね。羨ましいなあ。」

青年は気にする様子もなくにっこりと笑った。

「ええ・・・とっても仲良しなの・・・。それより、貴方についてもっと知りたいわ。」
「そうだね。すまない。まだきちんと名前も名乗っていなかったよな。」

そう言うと、青年は優雅に胸に手を当てた。

「俺はウォリア・アンドリュー。普段は隣国レイカ国で騎士をしているんだが、事情があって一週間ほど前にこの国に来たんだ。」

「ウォリア。素敵な名前ね。騎士にぴったりの名前だわ。」

ウォリアには西の国の言葉で強者という意味がある。

「リリーこそ名前のとおりだよ。」
「え?」
「リリーは西の国の言葉で百合を表すだろう。百合の花言葉は、純粋、清らかな美しさ。親切で美しいリリーそのものだね。」

ウォリアは私を真っ直ぐにみつめる。

「ありがとう・・・。そう、亡くなった母も私に百合の花言葉のように生きてほしいと言っていたわ。」
「ごめん・・・お母様が・・・そうか。」

私は慌てて手を振った。

「謝らないで。名前を褒めてもらえてうれしかったわ!」
「よかった・・・!リリーは博識なんだね。ウォリアの言葉の意味を知っているなんて。」
「ふふふ。昔から勉強だけが取り柄だったから。本を読むのが何より好きでね、そこで言葉の意味を覚えたの。」
「本が好きなのか!僕もだよ!」

料理を食べているあいだ、私達はずっとお気に入りの本の話をしていた。

「まさかリリーが本が好きだなんて、嬉しい驚きだな。」
「私もよ。私、人見知りなのにウォリアとはまるで昔からの友達みたいに話せるわ。」
「不思議だね。俺も同じことをおもってたんだ。あ、シフォンケーキが届いたよ。」

クリームがたっぷりかかったシフォンケーキ。私と・・・デュランの大好物だった。
楽しい気持ちが一気にしぼみ、デュランのことで頭がいっぱいになる。

「食べましょう?」

その気持ちがバレないように、必死で笑顔を作った。

甘いクリームに苺の酸っぱさが良くあっていて・・・

「リリー?」
「・・・。」

溢れそうになる涙を必死で堪えた。

「どうしたんだい?」
「・・・なんでもないわ。」

さっきまでの明るい雰囲気が嘘のよう。
美味しいはずのケーキの味が分からない。
デュランとのことはもう終わったの。今は思い出したらだめ・・・。

カチャリ
ウォリアがそっとフォークをお皿に置く。

そして、ゆっくりと立ち上がると
「だいじょうぶだよ。リリー。無理しないで。」

ウォリアは隣に座り私の背中をそっと撫でてくれた。
遂に堪えることができなくなった涙がボロボロと溢れ出す。

「ご、ごめん・・・わたし・・・」
「辛いことがあったんだね。」

ウォリアは何があったのか私に聞こうとせず、ただ黙ってそばにいてくれた。

「っう・・・。」
「思いっきり泣きなよ。そしたらきっと忘れられる。」

ウォリアが耳元でそっと囁いた。

「あり、がとう、ウォリア・・・ごめんね・・・」
「いいんだよ。気にしないで。」

ウォリアは柔かい顔で微笑む。

しばらくして、泣き終えた私の顔は酷い有様になっていた。

「俺の胸に顔を押し当てな。そうしたら顔を隠せるから。」

そう言うと、彼はまるで王子様のように私を抱き上げると、お店の外に連れ出してくれた。

お店から出ると、外はすっかり暗くなっていた。

「今日は、本当にありがとう。」

酷い醜態を晒してしまった・・・
きっともう、ウォリアと会うことはないわね・・・。

そう思っていたのだが、ウォリアはにっこりと笑って言った。

「今日は楽しかったよ。もしよかったら、また俺と食事してほしいな。」
「ほんとう?」
「もちろんだよ。次はリリーのお気に入りのお店を教えてほしいし、それにまた本の話もしたいよ。」
「わたしも、もっとウォリアと話したいと思っていたの。」

またウォリアに会える。そう思うと心が踊った。


それが、私がウォリアと初めて出会った日。

もう何度もフローラに恋人との仲を邪魔されて、私は少し自暴自棄になっていたのかもしれない。
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