【完結】婚約破棄を望む王子様にお飾りの正妃にして欲しいと頼んだはずですが、なぜか溺愛されています!

五月ふう

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3.なぜですか、お父様?!

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2時間前のハリバート城正門。石瓦でできた大きな正門の前には、鋭い槍を構えた二人の兵が立っている。

「レオ皇太子の婚約者オリビア・ジェームズ様で間違いありせんか?」

兵は槍を持ったまま私に尋ねた。兵の質問に答えなくてはならないのだが、私は恐怖で言葉が出なかった。

「そうだ。皇太子にお目通り願いたい。」

父であるフレディ・ジェームズが私を睨みつけながら答えた。なぜ、さっさと返事をしないのか。そんな父の怒りがひしひしと伝わってくる。

「かしこまりました。」

兵は地面に槍をおろし、ゆっくりと正門を開けた。

ギギギギィィィ

門が開く音を聞いて、私の手はカタカタと震えた。

「どうしても、皇太子に嫁がなければなりませんか、、、?」

皇太子レオは3年間の間に、5人もの罪無きメイドを殺している。3年前、レオの母であるローラが不慮の事故で亡くなった。それ以来優秀であった皇太子レオは乱心し、今では人の心を失ってしまったという。

「今更何を言うのだ。」

父は腕を組み私を鋭い目で睨みつけた。父は昔から、要領の良い姉のビアンカばかりを可愛がり、私を疎ましく思っている。それはわかっているのだが、人殺しの皇太子に実の娘を嫁に出すなんて、あまりにも酷い所業である。

「皇太子に嫁ぐなんて、、、殺されに行くようなものではないですか、、、。」

そう思っているからこそ、皇太子という地位にもかからわずレオには今まで婚約者がいなかった。何人か婚約者候補はいたのだが、皆逃げだしてしまったのだ。

「だからどうしたというのだ?」

「え?」

あまりにも冷酷な父の言葉に、私は耳を疑った。父は人目もはばからずに私を怒鳴りつけた。

「お前に婚約者を選ぶ資格など無い。むしろお前のような役立たずに婚約者ができることを喜ばぬか!」

「そんな、、、。」

ハリバート国の貴族の女性が役に立つ方法。それはより良い相手に嫁いで、実家の力を強めることである。逆に言えばそれ以外に貴族の女性に価値など無い。

「二度、婚約破棄されて帰ってきたのは誰だ?」

「、、、っ私です。」

私はこれまでに二度、婚約破棄されてジェームズ家に戻ってきていて、今回が三度目の婚約であった。
 
「これまでお前を送り出す支度金にいくら払ったと思っているんだ。死ぬまで二度と、ジェームズ家帰ってくるな!」

そう言うと父は強い力で私の背を押した。

「お父様っ!!」

もう父は私の言葉を聞いてはくれなかった。私に背を向け、正門とは反対の方向に歩き出したのだ。

「オリビア様。申し訳ないのですが、正門を開けたままにしておくわけにはいきません。門を通っていただけますか?」

門番の兵が私に尋ねた。私は唇を噛んで頷いた。

ギギギギィィィ

門が閉まる音があまりに恐ろしくて、私は耳を押さえた。

目の前には赤い絨毯が敷かれている。この絨毯は王の玉座まで通じているのだが、まるで血に染まっているみたいだ。

現在、病気で寝込んでいる国王に代わり皇太子であるレオが国王代理を務めている。この赤い絨毯の先にレオがいるのだ。

「オリビア様。お待ちしておりました。」

髪を一纏めにした年配のメイドの女性が私を見て頭を下げた。

「私はレオ様付きのメイド、サルマンと申します。」

サルマンは無表情で私を見つめた。眼鏡の奥の細い目は何を考えているのかわからないが、とにかく冷たい印象を受けた。

「はじめまして。ジェームズ家次女オリビアと申します。」

「存じております。これからレオ様の元に案内いたしますが、レオ様は大変短気なお方です。くれぐれも、機嫌を損ねるようなことはなさりませんようお願いします。」

「は、はい。」

そう答えた私の声は震えていた。メイド殺しの皇太子。下手なことをしたら、私もいつ殺されてしまうかわからない。

赤い絨毯の上を歩く私を城中の人間がちらちらと見て、囁く。

ーまぁ、あれが皇太子の婚約者?

ー可哀想に。いつまで生きてられるのかしら。

私は大きく息を吸った。私は普通の人よりも聴覚や味覚などの五感が敏感だ。メイドや騎士の囁きがはっきりと聞こえてしまう。

ーだが、あの令嬢の見た目も随分不気味だな。

ーあの令嬢もこれまでに、二度婚約破棄されたらしい。ろくでもない令嬢なのだろうよ。

ーふふ。ならば皇太子にお似合いなのかもしれないな。

黒い髪に金色の目。小さい頃から、皆に不気味がられてきたこの目を隠すために、私は前髪を長く伸ばして目を隠している。それがまた不気味に思われている原因だとは分かっているものの、視界を隠す前髪が居心地良く思えてしまう。

「この先にレオ様がいらっしゃいます。この先は私は同行できません。」

サルマンが促す先には、赤い絨毯が続いている。この先にあるのは王の間であり、限られた人間だけが入ることができる。

「あの、、護衛兵の方は、、、?」

「いません。レオ様だけがいらっしゃいます。」

私は震える手でドアノブに手をかけた。私は生きてこの部屋から出られるのだろうか。

それすら分からないが、私には帰る場所がないから、進むしかない。

「失礼、いたします。」

ゆっくりと扉を開ける。

メイド殺しのレオ皇太子は私に背を向けて立っていた。

「何をしに来た?」

地を這うような低い声。

「わ、わたくし、皇太子様の婚約者となりましたオリビア・ジェームズと申します、。」

レオ皇太子はゆっくりと振り返った。銀色の髪に整った顔立ち。瞳の色は青色ではなく褐色だけれども、その顔は夢にまで見た親友の顔によく似ていた。

「出ていけ。」

レオ皇太子はボソリと呟いた。

「え?」

「聞こえなかったのか?オリビア・ジェームズ。お前とは婚約破棄する。荷物をまとめて今すぐにこの城から出ていけ。」


   ◇◇◇

    
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