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1.妹が吸血鬼の花嫁!?

吸血鬼の花嫁④

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「……」
「……は?」

 数秒理解出来なくて固まってしまった。

 先に声を出せたのは私。

「何で? どうしてそうなるの⁉ いきなり結婚⁉」

 声は出せても頭の中は混乱している。
 何で、どうして? という言葉しか浮かんでこない。


「何でって、言っただろう? 愛良さんとの間に出来た子供は特別な吸血鬼になるって。そのための結婚だよ」

「いや、だからって何でこの五人の中からなの? 訳わかんないって! 愛良もホラ、何か言わないと!」

 簡単に説明されたけれど、それだけじゃあ分からない。
 愛良にも何か言う様に促したけれど……。

「え、あ……えっと……」

 自分自身の事だからか、まだ頭が真っ白な状態らしい。
 呆然とした様子で額に手を置いている。


「何で、この五人の中から何ですか?」

 おそらく一番の疑問点であることを聞いた愛良。
 私もそこが一番気になる。

「吸血鬼の中にも派閥みたいなものがあってね、中でも赤井家を中心にした派閥は日本に最初に来た一族と言われていて大きいんだ」

「はあ……」


 赤井って、零士や俊君の苗字だよね?


 曖昧な相槌を打ちながらも頭の中を整理していく。


「その赤井家に関わる吸血鬼が花嫁と結婚して、赤井家の派閥に取り込むことが一番丸く収まる方法だとハンター協会とも相談して決めたんだよ」

「……」


 人の知らないところで勝手にそういうことを決めないで欲しい。


 私ですらそう思ったんだ。
 当人である愛良はさぞ腹立たしいだろう。

 そう思って愛良を見ると、怒っているかどうかは分からなかったけれど明らかに戸惑いが見て取れた。

「えっと、つまり……。あたしが赤井家に関わりのあるこの五人の中の一人と結婚すれば守ってもらえて安全だってことですか?」

 愛良は腹を立てるより先に現状把握を優先したらしい。

 田神先生の言葉を彼女なりにまとめてみて聞き返していた。


「簡単に言うとそういう事だね。この五人は立場や年齢を考慮して君の相手として問題無い様選抜されたんだ。この五人から選んで貰えると一番丸く収まる」

「そうですか……」

 そう言ってまた考え込む様に黙る愛良。


 取り敢えず、何でこの五人なのかは分かった。

 愛良を狙う側なのに守ってくれる理由も分かった。


 結婚相手を勝手に絞られるのはやっぱり納得いかないけれど、少なくとも今まで通りちゃんと愛良を守ってくれるんだろう。

 その事には一先ず安心する。


 信じる信じないは後回しにして、これで愛良が何故強制的に城山学園へ転入なんて話になったのかは分かった。

 一番の疑問が解消されたので、私は目の前のお茶を飲んで一息つく。


 まだ色々聞きたいことはあったと思うけれど、吸血鬼とかハンターとか花嫁とか。消化しきれない話題ばかりで他の疑問にまで頭が回らない。

 とりあえずは与えられた情報が真実かとか、信じてもいいことなのかとか判断する方を優先したい。


 そんな風に考えていると、今まで黙っていた津島先輩が私に声を掛けてきた。

「聖良ちゃん? なーに他人事みたいな顔してるのかな?」
「へ?」

 顔を上げてみると、呆れたような表情や面白がっているような表情でみんなが私を見ていた。

 え? 何? どういうこと?

 大事な妹のことだもん。他人事だなんて思ってないんだけど……?


 津島先輩の言っている意味が分からなくていぶかしんでいると、零士が呆れを含んだ溜息を盛大に吐いた。


 何それ⁉ その溜息、明らかにバカにしてるよね⁉
 しかも溜息吐くだけで説明無しって、確実にあざけってるよね⁉


 ものすっごく腹は立ったけど、他のみんなの視線が気になって怒りを爆発させている場合じゃなかった。

 何だか哀れみとか、本当に気付いてないのか? って様子の視線も感じる。


 え? 本当に何なの?


「あー……。気付いて無いようだからちゃんと言わせてもらうよ?」

 田神先生が代表する様に切り出した。

 分からないから説明は欲しいけど、本当に何に気付いて無いっていうんだろうか?


「愛良さん程ではないにしても、君も吸血鬼に狙われる要素があるんだよ」

「え?」

「じゃなかったら、君の転入まで推し進めないよ」

「え? でも、だって……」


 私の転入は、愛良が私と一緒じゃなきゃ行かないって言ったからじゃないの?

 思い返してみても、そんな流れだった気がする。


「愛良さんが聖良さんも一緒じゃないと転入しないと言ったとき、零士は聖良さんは必要ないと言っただろう?」
「ええ、まあ……」

 確かに言っていた。

 でも私をはなから嫌ってる零士の言う事だし、それに田神先生がすぐに私も転入していいよと言っていたはずだ。


 私も狙われるなんて話、全くなかったよね?


「本当なら零士が言った通り、聖良さんは転入させる訳にはいかなかったんだ。守る必要もない一般人をこの学園に入れる訳にはいかないからね」

 それは詰まる所――。

「つまり、愛良さん程ではなくても、聖良さんも守らなければならないほどの血を持っているんだよ」


「……」

 言葉が出て来ない。
 まさかその特別な血とか言うのが私にも当てはまるなんて思ってもいなかったから。

 ……でも確かに、そんな理由でも無ければ私に護衛が付くわけがなかったのかもしれない。


 そう納得しかけた所で、更に思ってもいなかった言葉が続いた。


「だから愛良さんがこの中から一人を選んだら、残った四人から聖良さんが自分の結婚相手を選んで欲しいんだ」

「っ!?」

 今度は言葉が出て来ないどころじゃない。
 絶句、だ。


 まさか自分もこの中から結婚相手を選ばなきゃならないなんて。
 思いもよらない事だった。


 これは確かに他人事じゃない。
 自身の事でもあるんだ。


 衝撃的事実に私は口を開けたまま頬を引きつらせる事しか出来ない。


 そんな私に言葉を投げ掛けたのは零士だ。

「言っておくが、俺は愛良にしか興味ない。だから間違っても俺を選ぶなよ?」


 ……は?
 なんて言った?
 何こいつ、自意識過剰?
 ふざけるな!


 零士のふざけた物言いに私は言葉を取り戻し叫んだ。

「選ぶ訳ないでしょう⁉ あんたみたいな顔面詐欺男、こっちから願い下げだわ!」

 言い終わるとすぐに喧嘩腰な声が返ってくる――と思った。

「……」

 でも返ってきたのは声じゃなくて、何とも表現し難い微妙な表情と視線。

 それに戸惑っていると、うなるような声が返ってきた。


「……お前にだけは言われたくねぇよ」

 喧嘩腰と言うほどには覇気が無く、苦々しい表情。

 その零士の様子にも戸惑ったけど、言葉も意味が分からなかった。


 私には言われたくないって、どういうこと?
 『選ぶ訳ない』ってのはお互いに思ってることでしょ?
 そんな事で今更言われたくない、なんて言う必要無いし。

 って事は……顔面詐欺男って所の事?
 でもそれこそ訳がわからないんだけど?


 何とか理解しようと考えて更に訳が分からなくなった私に、それまで黙って聞いていた面々が口を開いた。


「……確かに、聖良ちゃんには言われたく無いだろうな、顔面詐欺なんて」

 いたずらっ子の様な笑みを浮かべて津島先輩が言う。


「それは、そうですね」

 遠慮してる様にも見えるけど、ハッキリと肯定する浪岡君。

 そして無言で何度も頷いている石井君。


「まあ、聖良先輩は顔面詐欺って言うより外見詐欺ですけどねー」

 俊君は何か訂正を入れているけど、私にとっては悪い方向の訂正な気がする。


 最後に田神先生が――。

「ま、否定は出来ないな。と言うか、思ったんだが聖良さんは自分の外見が他人にどう見られているのかちゃんと分かっているのかい?」

 みんなの態度に疑問を持ちつつも、田神先生の質問には当然だと言わんばかりに答えた。

「うねってる髪、常に眠そうな目、いつも怒ってるのかって言われる様な赤い頬。愛良みたいに可愛くも無い平々凡々な人間ですよ」

 自分で言っていて少し悲しくなって来たので、後半はほぼ投げやりな感じで言い放った。


 すると少しの沈黙があり。

『っはあぁぁぁーーー』

 その場のみんなが盛大なため息をついた。


 え? な、何? どうしてそこでため息なの?
 愛良まで一緒になって……。


 一人取り残されている様な状態に戸惑う。

 呆れているを通り越して脱力する様なため息だった。

 私そんなにおかしな事言った?


「聖良ちゃん……それ、本気で言ってんの?」

 脱力からいち早く回復した津島先輩が、困った様な苦笑いで聞いて来た。

 でも答える前に「いや、本気なんだよな。信じられないけど」などと自答している。


「聖良先輩。先輩の髪はうねってると言うか、一般的にはゆるふわウェーブって言うと思います」

 津島先輩の問答に疑問符を浮かべている間に浪岡君がそう訂正してきた。


「そうそう。それに常に眠そうな目って言うか、目尻の下がったいわゆるタレ目だし」

 続けて俊君も訂正。


 零士と石井君は黙っているけれど、俊君達の言葉を否定する様子はない。


「あと頬が赤いって言ってるが、どちらかと言うとほんのりピンク色だと思うぞ?」

 そして田神先生も続く。


 あたしはそれぞれの言葉や態度に「え? え?」と戸惑うばかりだ。

 そんな中、愛良が勢いづく様に声を上げた。

「そうなんですよ! 皆さんもっと言ってやってください!」

 まるで溜まっていた鬱憤を吐き出すかの様に言われ思わずビクッと震える。


「あたしが何度お姉ちゃんは可愛いよ、って言っても信じてくれないんですもん!」

「え? だってそれは身内びいきのお世辞でしょ?」


 嬉しいけれど、本気になんて出来るわけ無いじゃない。

 と思ったのに。

「お世辞じゃないっていつも言ってるでしょ!!」

 若干キレ気味に叫ばれてしまった。


 いつもなら呆れた様なため息をされて終わりな話だから、こんな風になる愛良は初めてだ。

 何て言葉を返そうか迷っていると、浪岡君が口を開いた。

「こんなにかたくなになってるなんて……。何か理由でもあるんですか?」


 ……理由って言われても……。


「理由なんて、小学生の時初恋の男子にそう言われたからってだけよ?」

 私が――が答える前に愛良が話してしまう。


「確かにそうだけど、実際その通りじゃない」

 あの男子が言った様に、私の髪はうねってるし、眠そうな目をしてる。

 自分が他人からどう見られているか気付くキッカケになった出来事だ。


 なのに愛良は重いため息を吐くと、キッとにらむ様にあたしを見る。



「いい、お姉ちゃん? 良い機会だから全部言うよ?」

 そう前置きした愛良は一気に話し始めた。


「お姉ちゃんはね、見た目は癒し系美少女なの。だから小学生のときだって結構モテてたんだよ? でも好きになって知り合ってみたら、中身は勝気。癒し系はどこ行った状態で騙されたって言う男子が続出!」


 な、何それ。
 全然知らないんだけど。


「お姉ちゃんの初恋の男子だって、騙されたと思ってつい悪口を言ってしまっただけだって後から聞いたよ?」

「何それ、私知らない! 誰から聞いたのよ⁉」

「本人から」

「えぇええっ!?」


 初めて知る事実に驚き困惑する。


「少し後に謝っておいてくれって頼まれたの。でも自分が言ったことなんだから自分で謝らないとダメじゃない? って突っぱねたんだけど……。お姉ちゃんの様子を見る限りやっぱり謝って無かったんだね、あの人」

 愛良はそう言って憤慨しているけれど、私は全く知らなかった事なので怒れない。
 と言うか最早混乱して来た。


 愛良の言っている事が本当だとすると、私がコンプレックスだと思っていた自分の容姿って……。

 コンプレックスなんて思う必要が無い、寧ろ逆の意味だったって事?

 いや、でも見た目と中身が違うからって騙されたと思われるならやっぱりコンプレックスになるところだよね?



 ……あれ? 何か良く分からなくなって来た。


 迷走していく思考が更に混乱を極めてしまう。
 そうしているうちに愛良以外の人も話し始めた。


「聖良先輩のせいじゃないのに、そんな悪口言うなんて」

「いや、でも小学生の頃なんだろ? 多少は仕方なくねぇ?」

 浪岡君の言葉に津島先輩が反論する。
 そして俊君が続いた。


「そういえば昨日聖良先輩に告白してた男もそんな誤解していたみたいですね」

 告白していた男って鈴木君の事だよね?
 そんな誤解って、どう言う事?

「ああ、そう言えば昨日の報告で聞いたな。確か急な転校話で焦って告白した奴がいると」

 田神先生まで会話に入ってくる。

「つまりは外見で好きになって、中身をよく知らないうちに転校の話が出たから慌てて告白した、と」

 そう解説した田神先生の言葉に、零士が鼻で笑って付け加えた。


「フンッ。と言うことは、転校話が無かったら告白なんてされるわけが無かったって事だな」


 やっぱりな。お前なんてその程度の女なんだよ。

 と、口だけではなく目も語っていた。


 っ! ホンット、腹立つー!


 確かに昨日が初めての告白だったけど……。

「そんなの分からないでしょ⁉ 中身も知った上で告白してくれる人もいるかも知れないじゃない」

 半分悔し紛れに言うと、零士は私を改めて上から下まで見た上で鼻で笑った。


 コンノヤロー!
 言葉で何か言われるより腹立つ――!!


 今すぐ蹴り倒したい気持ちになったけど、流石にみんなの前でやる勇気は無かった。

 と言うか、その前に何かを察した愛良に肩を掴まれ止められたけど。


「どうどう、お姉ちゃん落ち着いて」

 どうどうって、私は暴れ馬か⁉


 愛良の対応に周りから笑いの声が出て少し恥ずかしくなった。




 そんな感じで、今回の話し合いは終了となった。

 零士とのケンカで終わったから、他にも何か聞きたいことがあった気がするけれど忘れてしまう。


 吸血鬼とか花嫁とか、未だに信じられないけど、とにかく今日から城山学園での生活が始まる。

 多大な不安の中に、ちょっとだけ楽しみを含ませた1日目の夜が近付いてきた。
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