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2.城山学園

お別れ会準備

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 フワフワした頭がハッキリしたのは、報告会も兼ねた夕食時のことだった。

「お姉ちゃん、零士先輩と何かあった?」

 愛良にそんな質問をされたからだ。


「……は?」

 フワフワとした頭が言葉を理解するまでに少し時間がかかった。

 いや、でも理解しても何を言われているのか分からない。


 零士と何かあった?


「いや、何もないけど?」

 ハッキリした状態で、普通に答える。


 愛良は何を言ってるの?


「もう愛良、聖良先輩と零士先輩だったらケンカする以外に何かあるわけないじゃない」

 そう笑いながら瑠希ちゃんが言う。


 報告会と言ってもいつもの婚約者候補のメンバーじゃない。

 学校の友達チームだ。

 瑠希ちゃんと、嘉輪。そして嘉輪に引っ張られてきた正樹くん。


 今日の結果が分かったら教えてね、と嘉輪に言われていたのでこのメンバーでの夕食となった。

 会議室で今食事をとっているのは私達だけ。

 婚約者候補のメンバーは田神先生に呼ばれているらしくて早めに食べ終えたらしい。


 ……田神先生……。

 あれ、本当に、本気なんだろうか……。

 いや、でも真剣だったし、冗談なんて言う先生じゃないし……。


 田神先生のことを少しでも思い出してしまうとまた物思いに耽ってしまう。

 でも今回ばかりは愛良の言葉で引き戻された。


「でも……だって、帰ってきたとき……手、繋いでたじゃない……」

 ピキリ

 瞬間、私は石のように固まり頭の中の田神先生が一気に隅に追いやられる。

 だって、それも仕方ないだろう。


 頭の中がフワフワしていてぼーっとしていた私を零士が手を引いて連れ帰ってきたんだから。


 一生の不覚!

 そう思うくらい記憶から消したい出来事だ。

 私が零士の世話になっちゃうなんて……。

 しかも方向音痴のあいつに連れて来られたとか!


 零士は愛良の気配だけはそこそこ遠くからでも分かるらしい。

 そのおかげで寮の方向は分かっていたから迷うことはなかったらしいけど……。


 どんだけ愛良しか見てないのよって感じだけど、私が唯一認めている部分なのでそれに関しては何も言わない。


 とにかく、私に取ってそれは黒歴史だ。


「愛良ちゃん、大丈夫。赤井くんと聖良に限ってそれは絶対にないわ」

 何か悟ったような表情で嘉輪が言う。


「そうそう。赤井って愛良ちゃんしか見えてないし」

 続けて正樹くんがそう言うと、愛良は目に見えて真っ赤になった。


「そうっ、でしょうか……?」

 そんな愛良を見て、ああ……もう確実だなって思う。

 愛良が誰を選んだのか。

 嫌でも分かってしまう。


 その相手にモヤモヤイライラとした気持ちが沸き上がるとともに、愛良に対して寂しさを感じた。

 そんな感傷に浸っていたんだけれど、瑠希ちゃんが爆弾を落とす。


「そうだよ! だから何かあったとしても零士先輩じゃなくて田神先生の方でしょう?」

「っ!」

「なーんて、田神先生が何かするわけな……い……?」

 多分、ないですよね? と私に言おうとしたんだろう。

 でも、私は動揺を隠すことが出来なかった。


 明らかに何かあったってバレる!

 いや、もうバレちゃってる⁉


「え? まさか本当に田神先生がお姉ちゃんに何かしたの?」

 信じられないと言った様子で愛良が言うけれど、自分の中でも消化出来ていないのに他の人に説明なんて出来るわけがなかった。


「っ! そんなことより! お別れ会の話するんでしょう⁉」

 恥ずかしさや何やらを誤魔化すために、大きな声を上げた。


「あー……そうね。そっちの話しましょうか?」

 私の気持ちを汲み取ってくれたのか、嘉輪は話題を変えてくれる。


 他の三人はまだ何か聞きたそうにしていたけれど、私は話さない。っていうか話せない。

 それが分かったんだろう。
 三人もあえてそれ以上追及してくることはなかった。

 メインを食べ終え、デザートやお茶を口にしながらお別れ会のことについて話をする。

「とにかく一応克服出来たとは認めてもらえたから、お別れ会は出来ることになったよ」

 ぼーっとしながらもその話はちゃんと聞いていたので、そう報告する。


「じゃあ、これから日にちとか決めるのよね? 友達の方にはもう連絡しちゃった?」

「ううん、まだだけど」

 夜、ゆっくりしてからメッセージを送ろうと思っていたから。


 流石に最近は毎日催促が来ることはなかったけれど、三日に一回くらいは必ず誰かから催促のメッセージをもらっていた。

 とりあえずそのうち出来るってことだけでも伝えておかないとね。


「じゃあさ、私達もこっちでの友達ってことで参加出来ないか聞いてみて?」

「え? うん。いいけど」

 突然の頼みに少し不思議に思いながらも了承する。


「どうしてもダメだったら早めに言ってね? どういう感じに守るか決めなきゃないから」

 その言葉に、嘉輪達は私達を守るために付いて来ようとしてくれているんだと分かった。


 嬉しい反面、友達に守らせているっていう事への罪悪感に似た気持ち。

 そんな気持ちから、つい言うべきじゃないって分かっていたことを口走ってしまった。


「守るとか、止めてほしい」

「え?」

「私、嘉輪達に守って貰いたいなんて思ってない」

「っ!」

「お姉ちゃん⁉」


 嘉輪の息を呑む音。

 愛良の非難する声。

 それらに自分の言ってしまった言葉がどう受け取られるか気付き後悔する。

 でも言葉として出してしまったものは喉の奥には戻ってくれない。


 嘉輪がどんな顔をしているのか見たくなくて、うつ向いてしまった。


「……」
「……」

 気まずい沈黙に、顔を上げられなくなる。


「……私に守られたくはない?」

 少し寂しそうに、嘉輪の声が確認してくる。


 今ちゃんと訂正しないと。
 じゃないと誤解させたままになってしまう。

 そう思って声を上ようとしたけれど、喉の奥で詰まって出すことが出来ない。


 早く言わないと!

 違うんだって。

 守られたくないんじゃなくて、守って貰うことで嘉輪にばかり負担をかけているような気分になってしまうんだって、言わなくちゃ!


「……あ――」

「ごめんね」

 何とか声を上げれるかと思ったとき、なぜか嘉輪が先に謝ってくる。


「え?」

 驚いて顔を上げると、悲し気に眉尻を下げた嘉輪の顔が見えた。

「ごめんね聖良。それでも私はあなたを守りたい」

「っ!」

「友達が危険な目に遭うって分かっていて、私なら守れるって分かっている状況で何もしないなんて私には出来ないから」

 だからごめんね、ともう一度繰り返す。


「あ、ちがっ……」

「あなたを守るのは私のわがまま。だから、聖良もわがまま言って良いんだよ?」

 ひどいことを言ったのに、それを許すどころか認めてくれるなんて……。


「違う、嘉輪違うの!」

 私はやっと、声を出すことが出来た。


「私、嘉輪に守って貰いたくないわけじゃない。守って貰うことで嘉輪の負担になってしまうのが嫌だったの! 私の方が、わがままだよ……」

「聖良……」

「嘉輪、ごめんね」

「……うん。でも良いよ、どっちもわがままだったってことだし」

 そう言って嘉輪が笑ってくれたから、この場の空気が元に戻った気がした。


「正輝君と瑠希ちゃんもごめんね?」

 二人にも謝ると、瑠希ちゃんは慌てるように首を横に振って、正樹君は「いいよ」と言ってくれた。


「それにある意味今言ってくれて良かったのかもしれない」

 と正輝君が続ける。


「多分、守られることが誰かの負担になっていると思っていたから、この間の吸血事件になったんじゃないかな?」

「あ……」

 言われて、そうかもしれないと思う。


 守られること自体に抵抗があったし、本当に護衛が必要なのかどうかも懐疑的だった。

 その大本は誰かの負担になるからって思っていたからかもしれない。


「岸だって結局まだ捕まっていないんだ。この機会に何かしてくる可能性だってある。守られるのが負担だなんて思われてちゃあ二の舞になりかねないからね」

 だから、今言ってくれて良かった。と正樹君は言った。


 ……岸……。

 そうだ。

 あいつは結局あのまま逃げおおせてしまった。


 別れ際の言葉を思うに、あいつは私を狙ってくる。

 それが分かっているのに、守りを薄くしようとか考えること自体無謀なことだったんだ。


 そんなことにすら思い至らないなんて……。


「本当に、ごめんね」

 自分が情けなくてまた謝ってしまう。


「だから良いって。でも、だからこそ地元の友達の方にはちゃんと聞いてみてね?」

 またしょんぼりしてしまった私に、嘉輪が元気付けるように明るく言う。

 だから私は「分かった」としっかりうけたまわる。

 ……でも、有香達からはOKの返事をもらうことは出来なかった。


《え? どうして?》

 嘉輪達には遠慮してもらってちょうだい。

 そんな返信がきてすぐにメッセージを送った。


 有香達なら人数が多い方が盛り上がるし、って言ってOKしてくれると思ったのに。


《だって、聖良とあたし達のお別れ会なんだよ? 部外者が多いとちゃんとお別れ出来ないじゃない》

「部外者って……」

《まあ、それはそうかもだけど……》

 と、一応同意する言葉を送っておく。


 まいったな……OKしてくれるものばかりと思っていたから嘉輪には大見得切ったのに。


《でも部外者って言ったら浪岡君と俊君も部外者なんだけど。連れて行かなくていいの?》

 嘉輪だけ部外者扱いはどうよ、と思っての言葉だった。

 でもきっと、浪岡君と俊君は別! とか言い出しちゃうのかな。って思っていたのに……。


《あー、そうだよね。やっぱりあの二人も無理かなぁ?》

「え?」

 数週間前のあの熱の入れようはどこに行ったのか。

 その文体には、俊君を好みだと言ってはしゃいでいた姿を感じることが出来なかった。


《あ、いや。護衛は必要ってことであの二人は確実に来てもらえることになってるけど……?》

《そっかぁ! 良かった》

 そうして、詳しい日時が決まったらまた連絡するとなってメッセージのやり取りを終えた。


「……」

 なにか、ちょっと引っかかる。


 浪岡君と俊君は行ける、と伝えた後の“良かった”という言葉。

 顔文字も絵文字もつかない。
 ついでに言うと追加のスタンプもない。

 そんな装飾のない“良かった”という文字が、本当に文面通りのものなのか疑問に思った。


 とは言え本当に僅かな引っかかり。

 そんなことよりも、断られてしまったことを嘉輪に伝えなきゃという方に思考がシフトした。

「というわけで、ダメだったんだ。ごめんね嘉輪」

 翌朝早速そう伝えると、愛良も同じような報告をする。

「お姉ちゃんも? あたしもそんな感じ。あたしとのお別れ会なんだから他の人は増やさなくていいでしょって」


「まあ、残念だけど仕方ないわね。じゃあどこでやるか分かったら教えて、近くで待機するから」

 カフェオレを飲みながらそう言ってくれる嘉輪に、私は「ありがとう」と伝えた。

 すると、嘉輪も笑顔でどういたしましてって返してくれる。


 これで、これだけで良いんだ。

 守って貰ったらありがとうってお礼を言えばそれで良かったんだ。

 それで、いつか嘉輪が困ったことがあって、私が手伝えることがあれば今助けてもらっている分を返せばいい。


 昨日、部屋に帰ってからも色々と考えて出した結論だ。

 当たり前のことだけど、それを実行すればいいだけだって思うだけで今までのモヤモヤした気持ちが払拭された。


 単純なことだけど、大事なこと。


 それを理解したことで、私はちょっと心の余裕が生まれた。

 その余裕のおかげだろうか?


 それからというもの、愛良と零士が仲良くしているところを見てもモヤモヤしなくなってきたのは。

 寂しさはやっぱり感じるけれど、仕方ないなって思えるようになった。


 私、いろんな意味で余裕がなかったんだろうな。



 そんな、ほんのちょっとだけ成長しつつお別れ会の準備は進んで行った。
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