後宮に潜む黒薔薇は吸血鬼の番となりて

緋村燐

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明凜と翠玉

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「何なのあの宦官! 仕事は出来るみたいだけれど私の明凜に色目を使うなんて!」

 紫水宮のへやを整え、儀から付けられた侍女たちを下がらせてから翠玉は年相応にプリプリと怒り始めた。

「蘭貴妃、落ち着いて下さい」
「もう、明凜。二人だけの時は名前で呼んでって約束したでしょう? せっかく蘭から出てあなたを姐様ねえさまと呼べるようになったのに」
「翠玉様っ!」

 口が軽くなっている翠玉に明凜は厳しい目を向け短く叱責する。

「お名前で呼ぶのは了承しましたが、貴女様が私を姐呼びするのは駄目だと言ったはずです」
「うっ……分かったわよ。……でも、あなたが私の大好きな姐だということは間違いないんですからね!」

 可憐な唇を尖らせ不満を呑み込むも、念を押してくる翠玉に明凜は仕方ないなとため息を吐いた。
 血縁上は確かに異母姉に当たるが、明凜は父である蘭皇帝に子と認められていない。
 というのも、明凜の出生に関しては少々複雑なのだ。


 明凜の母は西の国から来た踊り子だった。
 十九年前、蘭皇帝に見初められ後宮へと召し上げられたのだが、実は蘭皇帝を暗殺するために送り込まれた刺客だったらしい。
 だが蘭皇帝に運命を感じたという母は父を殺せず、依頼人も結局は逃げたということで暗殺はやめたのだとか。
 母曰く、愛の勝利というものらしいが明凜にはよくわからなかった。

 その後、後宮を去らねばならないというときに明凜を身ごもっていると発覚。記録と照らし合わせても蘭皇帝の子であることは確かだった。
 蘭皇帝の周囲では元暗殺者の子を皇族とするわけにはいかぬという意見と、皇帝の血筋を野に放つのは危険だという意見の二つに分かれたのだとか。
 結果、皇帝の子ではあるが皇族と認知されることはなく。だが後宮内で他の公主たちと共に成長するという奇妙な生い立ちとなったのだ。

 母には公主として父の役に立てないのだから、暗殺技術を覚え暗殺者として力になりなさいと色々叩き込まれた。
 認知はされずとも愛してくれる父、国のためにと皇族の義務を全うしようとする異母兄弟たち。
 彼らのためになるのならと、暗殺技術を学ぶのは苦ではなかった。

 そうして今回翠玉の輿入れに随行し、儀皇帝暗殺の使命を得たというわけなのだが……。

 別れ際、母には「明凜も今回の仕事中に運命の人と巡り会えるかもしれないわね?」などと言われたが、暗殺しに行って運命の恋を見つけるなどハッキリ言ってあり得ない。
 なぜ自分の周りの人間はこうも軽い人物が多いのだろうかと遠い目をしたことを思い出した。

「とにかく、ひと月の猶予はあるみたいだし、その間しっかりと宮城内の把握に努めましょうね」

 叱られたことを気にもせず、腕を絡めてひっついてきた翠玉の言葉に明凜は苦笑いを浮かべる。
 そのひと月の猶予というのもどうなのだろうと複雑な心境になってしまう。

 先ほどの宦官、令劉が最後に言い残していったのだ。

『陛下の紫水宮へのお渡りはひと月後となっております。それまでどうかごゆるりとお過ごし下さい』

「……」

 思い出しても無言になる。
 さすがに長旅を経て到着した今日ということはないだろうと思っていたが……。

(でも、普通は三日後とか遅くても七日後とか、もう少し早く様子を見に来るものではないのかしら?)

 思わず頬が引きつる。
 これは完全に舐められていると見ていいだろう。

 蘭は確かに儀に比べれば国土も豊かさも劣る。
 だが、他の周辺国に比べれば儀に次ぐくらいの豊かさはあるはずだ。
 しかも今回は友好のための輿入れ。
 蘭と友好的でありたいと思うのならばひと月も放置するなどあり得ない。

 儀雲嵐の暗殺は翠玉との初夜が一番確実だ。
 その初夜までひと月もあるならば宮城内の様子も把握しやすく、いざというとき翠玉を逃がすための算段も付けられるだろう。
 だが、このひと月という期間は翠玉がないがしろにされているという意味でもある。
 主であり、可愛い妹でもある翠玉への仕打ちに明凜は腸が煮えくり返る思いだった。

 結局のところ、明凜も翠玉に負けぬ妹思いの姉だということだ。

 ふぅー、と細く息を吐き怒りを治めた明凜は、心を落ち着けるとすっきりした目元を緩め笑みを浮かべる。
 ないがしろにされているのは腹立たしいが、考え方を変えれば翠玉が好色親父エロおやじに触られるのを先延ばしに出来るということでもある。
 確実に暗殺を成功させ翠玉を守るためにも、まずは彼女の言う通り宮城内の把握に努めた方がいいだろう。

「……そうですね。では早速今日からお仕事をさせて頂きます」
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