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儀国の膿③
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突然の令劉の出現に明凜はひゅっと息を呑んだ。
大長秋という役職はやはり忙しいのか、令劉の事情を聞いたあの日以降まともに顔を合わせることはなかった。
なんとなく気まずく、明凜の方も極力会わないようにしていたというのもあるが。
そんなわけで、面と向かって会うのは五日ぶりということになる。
(ど、どうしましょう。どんな顔をすればいいのか……)
未だに令劉のことはよく分からない。
会わずとも、噂話だけは聞こえてくるのだ。
美貌の宦官。
天が与えし後宮の蓮。
その美しさを褒め称えるような言葉はいくらでも出てきた。
そして、『あのお方となら例え処刑されたとしても褥を共にしたい』などという不届きな声まで聞こえてきたほどだ。
そんな人が、自分を番だと言い一途に想っている。
冗談だろうと思いたい。
明凜自身も美しい母と美丈夫な蘭皇帝の娘らしく美しい顔立ちはしていた。
だが、令劉の人外の美しさに比べれば天と地ほどの差がある。
五日前に向けられた強い思いが本当に自分に向けられたものなのか……分からなくなっていった。
もしかするとあの熱い視線も演技で、明凜が間者であることを吐かせるためにしたことなのではないかとすら思ってしまう。
もし本当だったとしても、あれほどの思いを受け止められる自信はない。
だとしたらもう極力会わずにいてこちらはこちらの使命を全うするべきなのでは? と思っていた。
だが、こうして会ってしまった。
どこか不機嫌そうな令劉に、どんな顔を向ければ良いのか分からず明凜は石のように固まってしまう。
「れ、令劉様……いや、これは……」
すっかり忘れていたが、未だ腕を掴んでいる晋以が慌てた様子で声を上げる。
だが、彼がなにか言い訳を口にする前に令劉が無言で動き出した。
スタスタと近付き、明凜の腕を掴んでいる晋以の手をバシリとはたき落とす。
「ぃった!」
そのまま明凜を背にかばうように袖の陰に隠した。
「何をしていたかは知らぬが、少なくとも同意のこととは思えないのでな。それにこの侍女殿は私が呼びつけていたのだ。このようなところで油を売られていてはこちらの仕事に支障が出る」
「あ、も、申し訳ございません!」
冷気すら感じそうな低い声に、晋以は慌てて謝罪する。
明凜から令劉の顔は見えないが、とても冷たい表情をしているのだろうということはその声からでも分かった。
「ならば去れ。お前もまだ仕事があるのではないのか?」
「は、はい! では失礼致します」
もう一度深く頭を下げた晋以は、逃げるように去って行った。
「……」
「……」
令劉と二人きりになり、なんとも言えない冷や汗が背筋を通る。
未だに背を向けられているが、令劉が怒っていることは沈黙という空気からヒシヒシと伝わって来ていた。
「あ、あの……助けてくださってありがとうございました。では、私はこれで……」
沈黙に耐えきれず、先を急ぐこともあって明凜はそのまま去ろうと動き出す。
だが、令劉が見逃してくれるはずもなく……。
「いや待て、お前には話がある」
先ほど晋以が掴んでいた腕を今度は令劉が掴み引き留める。
その顔を恐る恐る見上げれば、嫦娥のごとき美しい顔が極上の笑みを浮かべていた。
「さて、明凜。この五日間、私を避けていたのはどういうつもりなのか聞かせてくれるな?」
「……はい」
元よりこの麗しき吸血鬼からは逃げられなかったのだと、明凜は諦め項垂れる。
(避けてたの、読まれてた……)
大長秋という役職はやはり忙しいのか、令劉の事情を聞いたあの日以降まともに顔を合わせることはなかった。
なんとなく気まずく、明凜の方も極力会わないようにしていたというのもあるが。
そんなわけで、面と向かって会うのは五日ぶりということになる。
(ど、どうしましょう。どんな顔をすればいいのか……)
未だに令劉のことはよく分からない。
会わずとも、噂話だけは聞こえてくるのだ。
美貌の宦官。
天が与えし後宮の蓮。
その美しさを褒め称えるような言葉はいくらでも出てきた。
そして、『あのお方となら例え処刑されたとしても褥を共にしたい』などという不届きな声まで聞こえてきたほどだ。
そんな人が、自分を番だと言い一途に想っている。
冗談だろうと思いたい。
明凜自身も美しい母と美丈夫な蘭皇帝の娘らしく美しい顔立ちはしていた。
だが、令劉の人外の美しさに比べれば天と地ほどの差がある。
五日前に向けられた強い思いが本当に自分に向けられたものなのか……分からなくなっていった。
もしかするとあの熱い視線も演技で、明凜が間者であることを吐かせるためにしたことなのではないかとすら思ってしまう。
もし本当だったとしても、あれほどの思いを受け止められる自信はない。
だとしたらもう極力会わずにいてこちらはこちらの使命を全うするべきなのでは? と思っていた。
だが、こうして会ってしまった。
どこか不機嫌そうな令劉に、どんな顔を向ければ良いのか分からず明凜は石のように固まってしまう。
「れ、令劉様……いや、これは……」
すっかり忘れていたが、未だ腕を掴んでいる晋以が慌てた様子で声を上げる。
だが、彼がなにか言い訳を口にする前に令劉が無言で動き出した。
スタスタと近付き、明凜の腕を掴んでいる晋以の手をバシリとはたき落とす。
「ぃった!」
そのまま明凜を背にかばうように袖の陰に隠した。
「何をしていたかは知らぬが、少なくとも同意のこととは思えないのでな。それにこの侍女殿は私が呼びつけていたのだ。このようなところで油を売られていてはこちらの仕事に支障が出る」
「あ、も、申し訳ございません!」
冷気すら感じそうな低い声に、晋以は慌てて謝罪する。
明凜から令劉の顔は見えないが、とても冷たい表情をしているのだろうということはその声からでも分かった。
「ならば去れ。お前もまだ仕事があるのではないのか?」
「は、はい! では失礼致します」
もう一度深く頭を下げた晋以は、逃げるように去って行った。
「……」
「……」
令劉と二人きりになり、なんとも言えない冷や汗が背筋を通る。
未だに背を向けられているが、令劉が怒っていることは沈黙という空気からヒシヒシと伝わって来ていた。
「あ、あの……助けてくださってありがとうございました。では、私はこれで……」
沈黙に耐えきれず、先を急ぐこともあって明凜はそのまま去ろうと動き出す。
だが、令劉が見逃してくれるはずもなく……。
「いや待て、お前には話がある」
先ほど晋以が掴んでいた腕を今度は令劉が掴み引き留める。
その顔を恐る恐る見上げれば、嫦娥のごとき美しい顔が極上の笑みを浮かべていた。
「さて、明凜。この五日間、私を避けていたのはどういうつもりなのか聞かせてくれるな?」
「……はい」
元よりこの麗しき吸血鬼からは逃げられなかったのだと、明凜は諦め項垂れる。
(避けてたの、読まれてた……)
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