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三章 負の感情

流れ込んでくる嫉妬①

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 後から仁菜ちゃんに「どうだった? 何か進展あった?」って聞かれたけれど、どう答えるべきか分からなかった。

 色々とドキドキさせられたけれど、その答えを聞く勇気が持てなかったし……。

 でも、変な期待だけは膨れ上がってしまって……困る。


 勘違いしたくない。

 でも、風雅先輩は勘違いしてもいいって言った。

 その勘違いが同じなら、それはつまり……。


 ……ほら、やっぱり変な期待だけは膨れ上がってる。


「うーん、何かあったっぽいけど、今一歩ってところ?」

 明確なことは何も言っていないのに、仁菜ちゃんは予測で結構当たっていることを言う。

「どうしてわかるの!?」

「だって美沙都ちゃん分かりやすい表情してるから」

 なんて言う仁菜ちゃんに、わたしは言葉を詰まらせる。


 そこまで分かりやすい顔してたかな?

 というか、表情だけでそこまで分かるって……仁菜ちゃんの方がサトリの素質があるんじゃないかな?

 なんて思ってしまった。


「まあ、滝柳先輩のことも気になるけど……山里先輩と日宮先輩のことも問題だよね?」

「うっ……」

 自然と話題を変えられて、今度は別の意味で言葉に詰まる。

 そうだよ。

 あの二人のことも本当にどうしよう。


 山里先輩の方は本人というよりも周りの噂をどうにかしなきゃならないし……。

 煉先輩の方は何だか変に気に入られちゃったみたいだから、更に会わないようにしないと。


「ううぅ……わたしの平穏な学生生活がぁ……」

「……うん、それは滝柳先輩に可愛がられてる時点で無理だから諦めようか?」

 そう言って頭をポンポンと叩いて来る仁菜ちゃんに、わたしは恨めし気な視線を送った。

「それって最初からってことじゃないー……」

***

 そんなこんなで授業中以外は慌ただしい日々になった。

 クラス内は一週間頑張って説明したおかげで落ち着きを取り戻したけれど、教室を出ると他のクラスや別学年の女子に噂される毎日。

 それでも直接「付き合ってるの!?」と聞きに来てくれる人もいるから、その度に否定するんだけど……。



「あ、良かったいてくれて。はい、今日のお菓子」

 昼休みとなると毎日差し入れと称してお菓子を持ってきてくれるようになった山里先輩。

 初日はお礼だって言っていたからともかく、そんな毎日もらうわけにはいかないって断ったんだけど……。


「僕が瀬里さんにあげたいんだ。君のために用意したものだから、貰ってくれないと捨てることになるけれど……」

 なんて悲しそうな顔で言うものだから貰わないわけにはいかない。

 捨てるのはもったいないしね。


「でもこんな毎日貰って食べてたらわたし太っちゃいますよ」

 せめて毎日来るのはやめて欲しいな、と思って遠回しにそう言ったら。

「そっかぁ。じゃあ太っちゃったら僕が責任とってお嫁さんに貰ってあげるね」

 なんて冗談を口にするから本当に困る。


「山里先輩、そういう冗談はやめて下さい」

「冗談じゃないんだけどな?」

「か、からかわないで下さいっ」


 山里先輩は優しいんだけれど、たまにこうやってからかってくるから問題なんだよね。

 それを聞いた周りの人が勘違いしちゃうからなおさら。


 そして煉先輩は……。

***

「お? やっと会えたな」

「ひぇ!?」

「こら、逃げんな」

 極力会わないようにと気をつけているけれど、主に帰り際に鉢合わせしてしまう。

 帰る時間は毎日ずらしてるはずなのに、何で会っちゃうんだろう?


 会ってしまったときはもう条件反射で逃げようとしてしまうわたし。

 そしてそんなわたしを引き止めるために腕を掴む煉先輩。

「今日こそデートしようぜ? 一緒にいねぇとお前を俺に惚れさせることも出来ねぇからな」

「べ、別に惚れたくないですから!」

 半泣き状態だけどちゃんと断る。

 なのに、やっぱり煉先輩は聞いてくれない。


「いいから惚れろよ。お前が俺の嫁になるのは決定なんだからよ」

「ええ!?」

 いつ決定したの!?
 あくまで候補だったよね!?


 内心盛大に突っ込むけれど、口には出せない。

 だって、煉先輩怖いんだもん!


「キー!」

 そしてコタちゃんがいつものように飛び掛かり、それを煉先輩が避けたり掴んで放り投げたり。

 コタちゃんはめげずに体当たりをするけれど、効果音がポフンポフンなので多分全く効いてない。

 というか、むしろ可愛い。


「日宮先輩、またですか!?」

 そして風雅先輩が助けに来てくれるのもいつものこと。


「ちっ、また邪魔なやつが来たな」

「美沙都を離してください」

「やだね。だいたいお前もしつこいんだよ。いつもいつも邪魔しやがって」

 うんざりと言い捨てる煉先輩に近づき、風雅先輩は力づくでわたしの腕から煉先輩の腕を外した。


「邪魔もしますよ。美沙都を守るのは俺の役目ですから」

「っ!」

 まるでわたしのナイトだとでも言うような言葉にドキンと心臓が跳ねる。


「うぜぇ……お前の役目は山の神を守ることだろ?」

「正確には、山の神の大事なものを守ること、ですね」

「だから里のあやかしも守るってか? 別に危害を加えるわけじゃねぇんだしいいじゃねぇか。嫁に貰おうとしてるだけだろ?」

「……それが一番気に食わないんですけどね」

 と、こんな感じでいつも決着のつかない問答が繰り返される。


 その間にコタちゃんはわたしの手の上に戻って来て……。


「とにかく、美沙都は渡しません」

 そう言った風雅先輩がグッと体に力を入れて翼を出すと、わたしの体が浮いた。

 またお姫様抱っこされてる!? と、気づくと同時に近くで「飛ぶぞ」と短く声がして、次の瞬間には風雅先輩が地を蹴る。


 空に向かって飛びながら、地上の煉先輩が「飛んで逃げるのは卑怯だろ!?」と怒鳴っているのが聞こえた。


 特注のものだという制服は背中にパッと見分からないような切れ込みがあるんだとか。

 そこからうまく翼を出して飛ぶ風雅先輩。

 下から見上げるようにそのキレイな顔を見て、恥ずかしくて視線を落とす。


 彼の心音まで聞こえてくる近さ。

 風雅先輩の鼓動が普通より早い気がするのはわたしの願望なのかな?

 でも、風雅先輩の体温を感じてわたしの方がドキドキしてしまう。

 自分の鼓動が早すぎて、風雅先輩も少しはドキドキしてくれているのかどうかはわからなかった。


 そうして家まで送ってもらうのもいつものことになっていて……。

 そんな一日のやり取りを見続けて、周囲の人が何とも思わないわけがなかったんだ……。

***

「瀬里さん、先生がちょっと来て欲しいって言ってたよ?」

 昼休み、いつものように山里先輩からお菓子を貰った後クラスの女子からそう声を掛けられた。


「え? 今からお弁当なんだけど……食べてからでも大丈夫かな?」

「急ぎみたいだったからすぐに行った方がいいよ」

 そう言って急かす彼女に追い立てられる。


 仕方ないので、仁菜ちゃんには先に食べててと言い残して職員室に向かおうとした。

「そっちじゃなくて、こっち」

 二階にある職員室に向かおうと階段へ行こうとすると、何故かついて来ていた彼女に腕を掴まれる。


 瞬間、ザワリと嫌な予感がした。


「……先生が呼んでるんじゃないの?」

「呼んでるよ?……先生じゃないけどね」

 そうしてうっすら笑みを浮かべる彼女に、嫌な予感は的中したと思った。


「だましたの?」

「だって、ああでも言わないとあなた来てくれないでしょう? おせっかいな柴又さんについて来られても迷惑だったし」

 悪びれなくそう言った彼女から逃れようとするけれど、ただでさえ小柄なわたしは力が弱い。

 同じ年の女の子からも自力じゃあ逃げられなかった。


「キーキー!」

 見かねたようにコタちゃんがポケットから出て来てくれたけれど、彼女に飛び掛かると同時に突然ピンポイントで雨に降られてびしょ濡れになる。

 水を吸った白い毛が重いのか、そのまま床に落ちてしまった。


「コタちゃん!?」

「君はちょっとそこで大人しくしていなさい」

 そういえば彼女は雨女のあやかしだった。

 室内でも周囲の水蒸気を使って少量の雨を降らせることが出来ると自己紹介のとき言っていたっけと思い出す。


「心配しなくてもちょっとお話するだけよ。だから大人しく付いてきて」

「……」

 了承の言葉は口に出来なかったけれど、彼女に引かれるまま付いて行く。


 危害は加えないという言葉に本当だろうかと疑う気持ちもある。

 でも、本当でも違っていても、わたしの嫌な予感は消えてくれない。


 だって、この状況には覚えがある。

 小学五年生のとき、あの転校生のことで呼び出されたときと同じ。

 あのときは恥ずかしい結果になってしまったとはいえすぐに助けに来てもらえたから大丈夫だった。

 でも今回は……。


 あのときと同じ状況、同じ状態になりそうで怖い。

 足取りは重いけれど、引かれるままに付いて行ったら彼女の目的の場所にはついてしまう。


 あまり生徒が近付かない、非常階段近くの廊下。

 そこには、主に二年と三年の女の先輩達が十人くらいいた。

***

 絶対にマズイ!

 女子とはいえ自分より背の高い人たちに囲まれて、それだけで怖くなる。

 でも、わたしが心配しているのはもっと別のことだった。


「瀬里美沙都さん?」

「は、はい……」

「そんなに怖がらなくても、あたしたちちょっとあなたに忠告したかっただけよ?」

 そうして困り笑顔を浮かべた先輩は、確かにわたしに危害を加えるつもりはないんだって分かる。


 《感情の球》を見ればもっとよく分かるんだろうけれど、今は進んで見ようとは思えなかった。


「山里くん、日宮くん、滝柳くん。校内でも人気の男子たちに気に入られてるみたいね?」

「っ!」

 やっぱり、そのことだよね……。


「中でも日宮くんには嫁とか言われているみたいだけれど?」

「そ、れは……」

 言葉に僅かに乗せられた嫉妬を感じて言葉が続かない。

「ああ、分かってるのよ? 日宮くんは霊力の高い女の子を探しているのは有名だもの。あなたのことはきっと勘違いか気まぐれよ。そうでしょう?」

 優しい笑顔を浮かべているけれど乗せられた感情は嘲り。

 そういう感情が、“流れ込んで”くる。
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