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「他の女と共有するなんて気持ち悪いですわ」
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『ホルス様、お慕いしております。
けれどホルス様のお心はトーナ様のもの。七歳の頃から縁を頂いておきながら、お心を向けられることのない私は、あの方の婚約者としてふさわしくありません。不出来な身を晒しているのもつらく、この世を去ろうと思います』
「なんだこりゃ?」
私は首をかしげました。
「って、いたたた」
お尻が痛いです。どうも尻もちをついた衝撃で目を覚ましたようでした。手には前述の手紙、見上げると繊細な作りの家具の飾り穴が割れ、ロープが落ちていました。
「えーっと……これって……首吊り? だよね……」
どうやら家具の装飾穴では私の体重を支えられなかったようです。ていうか、見た感じ無理そうな感じがします。もしかすると無意識に助かりたい気持ちがあったのかもしれません。
「いや、うーん? 私は……私は……うん?」
もう一度、手紙を見返しました。
最後のサインは「ヘレディア」となっています。そうだ!
「私はヘレディア」
思い出しました。ヘレディア・アンクール。アンクール伯爵家の娘です。婚約者は侯爵家のホルス様。格差はありますが、近頃は血が濃くなりすぎることが忌避されていますから、妻の身分が少し下であるのはよくあることです。
我が伯爵家も侯爵家と縁ができて嬉しく、釣り合いのいい婚約なのです。つまりは政略的な婚約です。
「前時代的だわ……」
私はそう思いました。
特に好きではない者同士が結婚しても、家の発展の障害になりそうなものですが。少なくとも以前の私は、それを特におかしいと思ってはいませんでした。
互いに冷えた関係であればよかったのでしょうが、私はホルス様を愛しました。
けれどホルス様は平民のトーナ様を愛し、学園では常に彼女と行動をともにしています。愛を求める私は鬱陶しいらしく、近づくだけで嫌がられていたものです。
「……なるほど」
それで首を吊って儚くなろうとしたのです。
「うーん。まあ、当人は必死なんだろうけど、他人事に考えるとバカバカしいわ」
恋なんてまたできるでしょう。
けれど死んでしまえば何もかも終わりです。
「いや、私のことなんだろうけど……」
妙に他人事の気分でした。
もしかするとヘレディアはもう死んでしまって、私はその身体に入り込んだ別の魂なのかもしれません。
「ちょっと荒唐無稽かしら」
死にたい、この世界から消えたいというヘレディアの心が、私という別の人格を生み出したのかもしれません。とすると私は死なないための人格なので、死ぬ気が全くないのはわかります。
「うん、生きなきゃ。とりあえず、美味しいもの食べたいし。まだ若いんだし」
私はさっそく立ち上がりました。
「あ」
くらっとめまいがします。
「……酸欠で脳の一部が壊死して人格が変わったとかも、あるかも……」
死にかけると別人のようになるって言うし。
しばらくするとふらつきが消えたので、私は部屋を見回しました。
「そうだ」
日記があります。
ちょっとためらわれますが私の日記なので、いいでしょう。それでも罪悪感を覚えつつ、流し見していきます。
「……うん」
ホルス様だいすき。
ホルス様にこんなことを言われた。悲しい。もっと努力しなきゃ。
まとめるとそんな感じでした。
「ホルス様ひっど」
だいたいホルス様は「トーナ嬢と比べて可愛げがない」とか「つまらない女だ」とか言います。言えばいいほうで、たいていは無言で蔑む視線をくれるだけのようです。
仮にも婚約者なんですから、もうちょっとなんていうか。
婚約を解消したい気持ちがひしひしと感じられます。
むしろなんでそうしないんでしょう。
その方がお互いのためだと思います。
「よし、決めた」
まだ記憶が曖昧ですが、婚約を破棄しましょう。
私は意気揚々とお父さまの部屋に向かいました。メイドが心配そうな目で見てきます。そういえば、しばらく一人にして欲しいなんて言ったような覚えがあります。
首吊ろうとしてたけどもう大丈夫!
私は笑顔を浮かべて通り過ぎました。
「お父さま、ホルス様との婚約を破棄したいのです」
「は!? 何を言っている」
「ホルス様はトーナ様がお好きなようなので」
「浮気くらいするだろう。おまえは侯爵家の妻となるんだ。愛人など放っておけ」
「他の女と共有するなんて気持ち悪いですわ」
お父さまはぎょっとしたように私を見ました。
「気持ち悪いですよ。私は彼女を知らないし、彼女の恋人も知らないので、変な病気とかうつされたらいやです」
「なっ……そ……」
お父さまが青くなりました。
そういえばお父さまも愛人がたくさんおられますね。
けれどホルス様のお心はトーナ様のもの。七歳の頃から縁を頂いておきながら、お心を向けられることのない私は、あの方の婚約者としてふさわしくありません。不出来な身を晒しているのもつらく、この世を去ろうと思います』
「なんだこりゃ?」
私は首をかしげました。
「って、いたたた」
お尻が痛いです。どうも尻もちをついた衝撃で目を覚ましたようでした。手には前述の手紙、見上げると繊細な作りの家具の飾り穴が割れ、ロープが落ちていました。
「えーっと……これって……首吊り? だよね……」
どうやら家具の装飾穴では私の体重を支えられなかったようです。ていうか、見た感じ無理そうな感じがします。もしかすると無意識に助かりたい気持ちがあったのかもしれません。
「いや、うーん? 私は……私は……うん?」
もう一度、手紙を見返しました。
最後のサインは「ヘレディア」となっています。そうだ!
「私はヘレディア」
思い出しました。ヘレディア・アンクール。アンクール伯爵家の娘です。婚約者は侯爵家のホルス様。格差はありますが、近頃は血が濃くなりすぎることが忌避されていますから、妻の身分が少し下であるのはよくあることです。
我が伯爵家も侯爵家と縁ができて嬉しく、釣り合いのいい婚約なのです。つまりは政略的な婚約です。
「前時代的だわ……」
私はそう思いました。
特に好きではない者同士が結婚しても、家の発展の障害になりそうなものですが。少なくとも以前の私は、それを特におかしいと思ってはいませんでした。
互いに冷えた関係であればよかったのでしょうが、私はホルス様を愛しました。
けれどホルス様は平民のトーナ様を愛し、学園では常に彼女と行動をともにしています。愛を求める私は鬱陶しいらしく、近づくだけで嫌がられていたものです。
「……なるほど」
それで首を吊って儚くなろうとしたのです。
「うーん。まあ、当人は必死なんだろうけど、他人事に考えるとバカバカしいわ」
恋なんてまたできるでしょう。
けれど死んでしまえば何もかも終わりです。
「いや、私のことなんだろうけど……」
妙に他人事の気分でした。
もしかするとヘレディアはもう死んでしまって、私はその身体に入り込んだ別の魂なのかもしれません。
「ちょっと荒唐無稽かしら」
死にたい、この世界から消えたいというヘレディアの心が、私という別の人格を生み出したのかもしれません。とすると私は死なないための人格なので、死ぬ気が全くないのはわかります。
「うん、生きなきゃ。とりあえず、美味しいもの食べたいし。まだ若いんだし」
私はさっそく立ち上がりました。
「あ」
くらっとめまいがします。
「……酸欠で脳の一部が壊死して人格が変わったとかも、あるかも……」
死にかけると別人のようになるって言うし。
しばらくするとふらつきが消えたので、私は部屋を見回しました。
「そうだ」
日記があります。
ちょっとためらわれますが私の日記なので、いいでしょう。それでも罪悪感を覚えつつ、流し見していきます。
「……うん」
ホルス様だいすき。
ホルス様にこんなことを言われた。悲しい。もっと努力しなきゃ。
まとめるとそんな感じでした。
「ホルス様ひっど」
だいたいホルス様は「トーナ嬢と比べて可愛げがない」とか「つまらない女だ」とか言います。言えばいいほうで、たいていは無言で蔑む視線をくれるだけのようです。
仮にも婚約者なんですから、もうちょっとなんていうか。
婚約を解消したい気持ちがひしひしと感じられます。
むしろなんでそうしないんでしょう。
その方がお互いのためだと思います。
「よし、決めた」
まだ記憶が曖昧ですが、婚約を破棄しましょう。
私は意気揚々とお父さまの部屋に向かいました。メイドが心配そうな目で見てきます。そういえば、しばらく一人にして欲しいなんて言ったような覚えがあります。
首吊ろうとしてたけどもう大丈夫!
私は笑顔を浮かべて通り過ぎました。
「お父さま、ホルス様との婚約を破棄したいのです」
「は!? 何を言っている」
「ホルス様はトーナ様がお好きなようなので」
「浮気くらいするだろう。おまえは侯爵家の妻となるんだ。愛人など放っておけ」
「他の女と共有するなんて気持ち悪いですわ」
お父さまはぎょっとしたように私を見ました。
「気持ち悪いですよ。私は彼女を知らないし、彼女の恋人も知らないので、変な病気とかうつされたらいやです」
「なっ……そ……」
お父さまが青くなりました。
そういえばお父さまも愛人がたくさんおられますね。
応援ありがとうございます!
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