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「……あなたは本当に、ヘレディア嬢ですか?」

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「お父さまは病気をもらったことはないのですか? 一度も? お母さまとは、もうそういったことはないのですか?」
「こ、このあばずれ! 何を言い出すのだ! おまえは娼婦にでもなるつもりか!」
「そうなりたくないので、婚約を破棄したいです。変な病気で医者にかかるなんて」
 それにしてもあばずれって。
 女がこういうことに口を出すと、一気にそうなるのですねえ。

「黙れ! 浮気されるのはおまえが出来損ないだからだ。それを婚約者に押し付けるなど……!」
「では私が浮気すると、悪いのはホルス様ということになりますか?」
「馬鹿者! 純潔を失った女に貰い手などないわ! 妙な屁理屈を言いおって。女は黙って男に従っていればいいのだ!」

 昭和ですわねえ。
 ……なんでしょう昭和って。たぶんすごく古いってことです。

「ふむ、そうですか」
 そうして私はお父さまの部屋を追い出され、理解しました。
「純潔を失えば婚約は破棄される、と」
 簡単ですね。

 まあもっと簡単に夜逃げする、というのもありますが、一応婚約は破棄してからにしましょう。もしかすると連れ戻されるかもしれませんから。
 純潔を失って貰い手のない女なら、金をかけて探し回ったりしないでしょう。

 それから、そのあとの生活です。
 貴族の令嬢がいきなり市井で暮らしていくのは難しいでしょうから、地盤を整えないと。誰か市民生活について教えてくれる方がいるといいのですが。




「おはようございます、ヘレディア様」
「ええ、おはよう、トーナ様」
 学園へ行くといつものようにトーナ様が挨拶してきました。図太いというべきか、礼儀正しいと言うべきか。

 感心していると、すぐにホルス様がやってきます。
「トーナ!」
「ホルス様……!」
 するとトーナ様は安心したようにその胸に飛び込むのです。毎日同じことをやっている記憶があります。飽きませんね。

「ヘレディアに何か言われたのか?」
「そうじゃないの、ただ……挨拶をしただけよ、ホルス……」
 言ってることは間違いではないですが、その微妙な間が気になりますね。ホルス様は私を睨みつけます。というか。

「挨拶すらできないのはどうかと思いますよ、ホルス様」
「……っ、貴様のような悪女と話す口などない!」
「と、話してますけれど……」
 だったら挨拶くらいすれば穏便にすませられると思うのですが。
「黙れ! 二度とトーナに関わるな!」
「それは無理ですわ、クラスメイトですもの」

 するとトーナ様は私を驚いたように見ました。
 ホルス様はというと、顔を真赤にしてお怒りです。とても侯爵家のご令息の顔とは思えませんね。
 今のところ、ホルス様に惚れる要素はありません。
 もしかすると顔を見たら思いが蘇って……なども考えましたが、杞憂でしたね。クソ男にしか見えません。

「ホルス様、クラスメイトと話すのも嫌だなどと、子供じみた嫉妬はおやめくださいな」
 私は薄っすらと微笑みを浮かべ、馬鹿にしてみました。それにいくら仲良しだからって、朝から教室でべたべたするのはどうかと思いますよ。
「盗っ人猛々しい! あれほどトーナを傷つけておいて……」
「あれほど、とは?」

「ホルス! いいの、いいのよ! ほら、みんな、見てるから……! 目立っちゃってるよう……」
 泣き声のようにトーナ様が言うと、ホルスは我に返って彼女を抱きしめました。もっと正気に戻って欲しいですが、舌打ちして離れていきましたので、まあいいです。

 さて、私は教科書を開きました。
 ……うーん。
 なんとかおぼろげな記憶があります。どうにかなるでしょう。ノートも開いてみると、ぴっしりと美しい形式で、丁寧な文字が並んでいました。わお。
 えらいなヘレディア……。ノートなんてわかればいい的なものしか書いたことないわ。

「……ヘレディア嬢」
「えっ、あ、はい?」
 振り向くとイケメンが話しかけてきました。
 ホルス様もイケメンといえばイケメンですが、飾り立てた感じの雰囲気イケメンです。こっちはメガネに隠した地味を装ったイケメンです。
 メガネ外してくれないかなあ……この世界にコンタクトってあったっけ。

「また、トーナ嬢になにか?」
「いえ、挨拶をしただけです。まあ、朝の挨拶みたいなもんですよねあれ」
 話しながら私は思い出しました。
 そうそう、レオン君だ。いつもヘレディアに優しくしてくれていたのでポイントが高い。ヘレディアこっちにしとけばよかったのになあ。
 私だけど。

「……あの……ヘレディア嬢……?」
「な、なんでしょう?」
 ぐっと顔を近づけてこられて私は動揺しました。
 やっぱり視力が悪いんでしょうか。メガネの奥からじっと、睨んでいるほどじっと見つめてきています。

「……あなたは本当に、ヘレディア嬢ですか?」
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