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3 偶然のような必然的な出会い

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 幸三さんが死んでから約一か月後、私は新しい場所へと引っ越してきた。とある県の田舎町だが、住み心地は良さそうだ。まぁ、移動するのは不便な感じがするけれど、元々歩くのは好きだしそれほど気にならない。私は未だに幸三さんの事を忘れられないでいる。

 依頼で友達になり、告白させたのに変な話だ。たぶん、友達になった時は、仕事が9割で私情が1割程度の気持ちだったが、ターゲットが死ぬことで、全てが私情に置き換わってしまっているのだろう。自分でも、感情の矛盾にわけがわからなくなる。

 でも、新しい場所はやっぱり良いもので、気分転換になる。少しだけ、心が軽くなった。

 これから住む場所は築数十年のボロいアパートで、201号室を借りる事にした。不動産会社の人と一緒に見に来たり、引っ越し業者と荷物を運びに来た時にも感じた事だが、台風がきたら潰れるのではないかと心配になる。

 まぁでも、ここは住む条件は緩くて助かった。家賃もたったの三万だし、しばらくはこの前の報酬と貯金だけで暮らして行けるだろう。カツカツになればバイトでもすればいい。簡単な話だ。

「さてと……」と私は部屋の真ん中に敷かれた布団の上で寝転がり、スマホを見た。そして、次のターゲットの情報を確認する。

 名前は“柿木和樹”21歳。フリーター。依頼者は……柿木和樹の父親、柿木庄司。息子を殺すって……いったいどういう事情があるのだろう?基本、私は依頼者に事情など聞かない。それは不要なものだからだ。別に知らなくても仕事に支障はない。

 依頼人の情報によれば、ターゲットは実家暮らしで昼間はコンビニでバイトをしているらしい。夕方に家に帰ってきて、夜中に再びバイトに出かける。出会えるとしたら……夕方の帰宅時間だろうか?夜中に出ていく時に出会うチャンスもあるかもしれないが、バイトに遅刻してしまう事をターゲットは心配して、ゆっくりと私との時間を作れないかもしれない。

 新しい出会いに少しワクワクしてきた。そんな私は狂っているのだろう。それでもいい……これは仕事。仕事で友達になるだけだから……それの繰り返し。この特殊能力を有意義なものにするには、これしか方法がないのだ。

 私は出会いの時間がくるまで、部屋で適当に時間をつぶした。テレビもパソコンも無いので、スマホで動画を垂れ流して時間が過ぎるのを待つ。小腹が空いたら冷蔵庫の中から食べかけのパンを取り、口に運ぶ。喉を潤すのは水で充分だ。

 決して贅沢な暮らしはできない。いや、私はそれをする資格がないのだと思う。でも、それでいい。慣れればこっちのほうが快適だ。

 それから数時間後、スマホのアラームが鳴る。私はアラームを止めて、ショルダーバッグを背負い外に出た。そして、歩いて30分ほどの距離にあるコンビニへ向かう。高低差の激しい町で、私は上り坂を汗を流しながら歩く。

「やっぱ原付ぐらいは欲しいかな……」と私は思わず本音を零す。「歩くのしんどい……」

 歩くのは好きだが、体力を使う道は嫌なのだ。当たり前だろう。そんなどうでもいい事を思っていると、目的のコンビニに到着した。時間は……ピッタリだ。コンビニは高速道路の入り口付近にあり、田舎町なのに利用客が多い、きっと儲かっているのだろう。

「えーーっと……」

 私はスマホで顔写真を確認する。動物で例えると柴犬みたいな顔だ。色白で優しそうな顔、髪型はスポーツ刈りで、見た感じ健康そうである。こんな人の良さそうな青年が、父親から恨みを買う事をしているのだろうか?人とはわからないものだ……まぁ、私はお金を貰えたらなんでもいいのだけど……

「裏口は……」

 と呟きながら、駐車している車の陰から顔を覗かせると、「わぁ!!」と驚く声が聞こえた。その声に私は驚き、身体が硬直する。見ると、自転車に乗った男性がこちらに向かってきていた。そして、急ブレーキをかけるが私に軽く衝突して転んだ。

「いった~……」と男性は起き上がる。「ご、ごめんなさい。大丈夫ですか?」

「あ、大丈夫で……」と言ったところで、私は男性の顔を見てハッとした。何と、この男性こそ今回のターゲットである柿木和樹なのだ。これは出会いのチャンス!と思った私は、言いかけた言葉を180度回転させて、「……ではない!」と叫んだ。

「あ……」とターゲットは申し訳なさそうな顔をして、私に言う。「どこか、怪我しましたか?」

「え?怪我?」

 と慌てて痛い部分を探すが、特にない。自転車のタイヤの先っちょが腰に当たりはしたが、怪我をするほどでもなかった。それよりも、転倒したターゲットのほうが肘を擦りむいたりして怪我をしているように思える。血が出ており凄く痛そうだ。

 私は、「あなたが大丈夫ではない!」と言い直した。何だこの言い方、不自然すぎるだろ。

「肘!擦りむいてるじゃないですか!絆創膏……あったかな……」

「いやいや、これぐらい大丈夫ですから」

「大丈夫じゃない!ばい菌でも入ったらどうするんですか!」

 私はバッグから絆創膏を取り出し、ターゲットの擦り傷に貼ってあげた。ターゲットは困惑した表情で私のほうを見てくる。何だか女慣れしてない印象を覚えた。きっと、女友達とかも居ないのではないだろうか?そんな気がする。……という事は、これは楽勝だ。簡単に告白させられる。

 絆創膏を貼り終えると、ターゲットは顔を赤らめて「あ、ありがとうございます」と礼を言った。

「いえ、そんな。元々、私が急に顔を出したから……それに、私はどこも怪我をしていません。あなたのほうが痛そうな……ごめんなさい……」

「いやいや、僕の不注意が原因です。これは自業自得ですよ」

 なるほど……この人は良い人だ。それもきっと、都合の良い人。

 私はターゲットの事を分析しながらマジマジと彼の顔を見つめた。ターゲットは何故見られているのか分からずに目を反らす。すると、コンビニ店員の人がゴミ出しに来ているのが見えた。その店員はターゲットに言う。

「柿木くん~、まだ居たの?自転車どうした?コケたの?」

 店から出てきた客も、こちらに注目し始める。

「あ、ごめんなさい、すぐ帰ります」

 ターゲットはそう言って、自転車を起き上がらせる。私はこのチャンスを逃してなるものかと思い、ターゲットに「あの、これ……!あとでちゃんと謝りたいんで、連絡ください」と、スマホの番号とラインIDをメモ帳に書き、渡した。

 ターゲットはメモ書きを受け取り、「あ……あ……」と動揺しながらポケットにしまい、緊張した声で言う。「わ、わかりました」

 そして、ターゲットは自転車にまたがりその場を去っていく。ひとまず……ターゲットに出会う事ができた。あとはターゲットの連絡を待ち、そして友達になろう。今回のミッションは楽勝だ。
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