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12 戻りたいけど戻れない道

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 部屋に入るなり、私は依頼人に電話をかけた。しかし、依頼人は電話に出ない。一応、失敗したことを伝えておこうと思ったのだが……

 それを聞いて、相手が依頼をキャンセルするならそれでいいし、続行するなら私は何とか頑張るつもりである。とにかく毎日“好き”と言わせて事故を引き起こすのだ。何としてでも死んでもらわねば……

 そんな事を考えていると、不意にカズ君の笑顔が脳内にチラつく。依頼人から死を望まれ、彼女である私からも殺されようとしている。彼の人生とはいったい……

 私はスマホを布団の上に放り、夕食の準備に取り掛かる。情を捨てなければ、これは仕事なのだと割り切らなくては……

 冷蔵庫を開けて買い込んでいた食材から今日のメニューを決める。そして、慣れた手付きで調理を開始して、お皿に盛り付けテーブルで食す。

 その時、布団の上で眠っていたスマホが電話の着信を知らせてきた。私が食事の手を止めて電話に出ると、相手は言う。

「もしもーし?どうした?死んだのか?」

 電話の相手は依頼人で、何だか機嫌が良さそうだった。

「いえ、まだです。今日は機嫌がいいですね」

「今日はついてんだ!パチンコだよ!めちゃくちゃ儲かった!」

 パチンコにいたから電話に出なかったのか……

「それは良かったですね」

「おうよ。で、どうした?」

「大変言い難いのですが、今回の依頼、もう少し時間がかかるかと……と、言うのも、今までの手が通用しないもので……」

「なにー?」

 依頼人の険しい顔が頭に浮かぶ。

「急ぐようでしたら、キャンセルして、他の方に依頼してもいいです。キャンセル料などは頂きません。引き続き私に任せるのなら、何とか死ぬまで頑張ってみます」

「なるほどね……」と依頼人は考える。「引き続き、あんたがやってくれよ。俺はこれから、この金でパーっと遊ぶからよ!」

 単に、他に依頼するのが面倒なだけだろう。しかし、引き続き任された以上、やるしかない。

「わかりました……」

 私は力無く承諾し、電話を切る。そして、スマホを持ったまま布団にうつ伏せになった。

 最低な父親だ……その金で借金返せばいいだろ……でも、私も最低だ……あぁ……どうして私は殺し屋なんて始めたのだろう?どうしてこんな人生になったのだろう……

 このモヤモヤを消すためにも、早くカズ君には事故死してもらって、次の町へ行かなければ……そしてそれが終われば、また次の町へ……これを繰り返して私は生きていく。でも、いったいいつまで……?いつまで私はこんな生活を続けなければならないのだろう……

 頭の中に黒い靄がかかり、心臓がキュゥと締め付けられている私の元に、今度はラインの通知音が鳴る。それはカズ君からで、「ただいま」という挨拶だった。あぁ、家に着いたのだなと、私は「おかえり」と返す。結構マメな性格の子だ。普通に付き合っていたなら、嬉しい関係だろうな。

 でも、カズ君からのラインを見て、私は微かに気持ちが楽になっている事に気が付いた。何でだろう?悩みの種になっているのはカズ君であり、その父親なのに……

 いや、この悩みは“どうして殺し屋を始めてしまったのだろう?”という悩みで、カズ君を事故死させられないのは関係ないのだ。

 そうか……私は……殺し屋を辞めたいのかもしれない。そして、普通の生活に戻りたいのだろう……。普通に遊んで、普通に恋をして、普通に結婚して、普通に子供を作って……

 でも、何人もの人が、私のせいで死んでいった。今更、そんな日常にもどれるだろうか?

 馬鹿な問いかけだ。戻れるわけがない。戻ってはいけない。私には、然るべき最後が必要だ。最後はこの罪を償って死んでいくべきなのだ……

 仕事のため。仕事のためだ。

 そう自分に言い聞かせて、私はカズ君とラインのやり取りをした。まるで恋人のように。まるで普通のカップルのように……
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