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第7話 剥がされたポスターと、組織の壁
しおりを挟む1月22日、月曜日。
週明けの選挙事務所は、朝から田中の歓喜の声で始まった。
「おい湊、見ろよこれ! 再生数3万回突破! コメントも500件超えだぞ!」
田中がスマホを突きつけてくる。昨日の動画は、夜の間に拡散され、出雲市内の若者を中心に「なんか面白い奴がいる」と話題になり始めていた。
「『期待できる』『投票行こうかな』……。悪くない反応だ」
俺も素直に頷く。0.01%だった勝率が、0.1%くらいには上がったかもしれない。
そう思った矢先だった。
事務所の固定電話が、けたたましい音を立てて鳴った。
「はい、神代事務所です」
俺が受話器を取ると、聞こえてきたのは震える女性の声だった。
一昨日、ポスターを貼らせてくれた定食屋のおばちゃんだ。
『……ごめんね、湊ちゃん。本当にごめんね』
嫌な予感が背筋を走る。
「どうしたの、おばちゃん」
『ポスターね、剥がしてほしいの。……今すぐに』
***
俺はジャムニーを飛ばし、商店街の定食屋へ向かった。
店の前には、まだ俺のポスターが貼ってある。だが、店内に入ると、おばちゃんが目を赤くして座り込んでいた。
「何があったんだ」
俺が問いただすと、おばちゃんは重い口を開いた。
「今朝ね、商工会の役員の人が来て……。『神代のポスターを貼るなら、来月の商店街補助金の手続き、ちょっと難しくなるかもな』って」
「なっ……」
「それにね、保健所の衛生検査も、近いうちに重点的に入るかもしれないって……。うちみたいな古い店、細かいこと突かれたら営業停止になっちゃうよ」
卑劣だ。
直接「剥がせ」とは言わない。「手続きが遅れる」「検査が入る」と、行政の権限をちらつかせて脅す。これが黒田源蔵のやり方か。
俺は拳を握りしめ、そして深く頭を下げた。
「……ごめん。俺のせいで」
「違うのよ! 湊ちゃんは悪くない! 悪いのはあいつらなのに……でも、私には店を守らなきゃいけないから……」
「分かってる。分かってるよ」
俺は店の外に出ると、自分で画鋲を抜き、ポスターを剥がした。
ベリッ、という音が、商店街の乾いた空気に響く。
壁には、ポスターの四角い跡だけが白く残っていた。
***
事務所に戻った俺の手には、剥がされたポスターが握りしめられていた。
事情を聞いた田中が、パイプ椅子を蹴り飛ばす。
「ふざけんなよ! ただの一般市民だぞ!? そこまでやるか普通!」
「やるのよ。それが『組織』というもの」
美咲は冷静だった。彼女はキーボードを叩きながら、淡々と告げる。
「物理法則と同じです。作用があれば、反作用がある。私たちが起こした小さな風に対し、黒田陣営は『恐怖』という壁で押し返してきた。……これは、彼らが私たちを『無視できない脅威』だと認識し始めた証拠でもあります」
「そんな分析どうでもいい! おばちゃんは泣いてたんだぞ!」
田中が食って掛かるが、俺はそれを手で制した。
「美咲の言う通りだ。……俺が甘かった」
俺は丸めたポスターをゴミ箱ではなく、机の上に広げた。
「ドブ板で一軒ずつお願いして回れば、心は通じると思ってた。だが、相手は権力(パワー)を持ってる。丸腰の市民を最前線に立たせれば、狙い撃ちにされるのは当たり前だ」
俺はホワイトボードの『ポスター貼り計画』の文字を、黒いペンで塗りつぶした。
「作戦変更だ。市民にリスクを負わせる『地上戦』は、一時凍結する」
「はぁ!? じゃあどうすんだよ。ネットだけで勝てるわけねーだろ」
「ああ。だから……俺たちが『動く広告塔』になる」
俺は美咲を見た。
「西村、ジャムニーの屋根にスピーカーを積む手続きは?」
「警察署の許可証なら、すでに申請済みです。明日おります」
「よし。田中、お前は商店街の連中がビビるくらい派手な『のぼり旗』を発注しろ」
俺は机の上のポスターを見つめ、静かに闘志を燃やした。
「壁には貼れない。なら、俺自身が街中を走り回って、24時間、市民の目に焼き付いてやる。……黒田が手出しできないスピードでな」
1月22日。
貼れたポスター、マイナス1枚。
俺たちは、最初の敗北を知った。
だが、その悔しさが、俺たちを「本物の候補者」へと変えようとしていた。
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