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警戒心を持て
しおりを挟む俺はある店の入り口に立っていた。
前の居酒屋なんかとは違い、ハイソサエティな方々が集まりそうな閉鎖的なバーだった。
その雰囲気に足を踏み入れられずにいる俺に店員がちらりと目線だけを寄越し、店の奥に姿を消した。すると、見たことのある顔が奥から顔を出し、俺に向けて手を振ってきた。栗栖といつもつるんでいるアルファの一人で、栗栖の家でも一度鉢合わせしたことがある奴だ。
「おー来た来た。那月ちゃーん」
軽く酔っている様子のチャラ男アルファにこっちこっちと手招きされ、店内をあまり見ないように一直線にそいつの所に向かった。
「ここまで来るのに、迷わなかった?」
「大丈夫、だったけど……」
「良かった良かった。ここ、入って」
背中を押され、店の奥にある廊下を進めば、一番奥に重厚な扉が一つ。きっとVIPルームとかいうやつだ。
一歩入れば、黒を基調とした空間が広がり、皮張りのソファーとガラステーブルが深海を彷彿とさせるような青いライトで仄かに照らされていた。
ソファーに座る面子を見渡すけれど、俺の目当ての人物はそこにいない。
「……えっと、栗栖は?」
聞くべきか迷ったものの、俺を呼び出した人物がいないのはどういうことか、と俺の横に立つチャラ男アルファを見上げた。
「あー、もうすぐ来るって。ほら那月ちゃん、そこ座って。酒は何にする?」
「そんなに、飲めないんだけど…」
「そなの? じゃあ、飲みやすのにしとこっか」
俺は指された先の隙間に引っ張られるような形で連れて行かれ、座らされる。
場違いもいいところで、そこにいるのは全員アルファ。知らない顔もあるけれど、大半は栗栖と一緒にいる面子だった。
「那月ちゃん、栗栖とヤってんの?」
横にいたスポーツ刈りアルファが初対面とは思えないほどの馴れ馴れしさで、俺の肩に腕を回して顔を覗いてくる。質問も一言目に聞いてくる内容じゃない。
すでに知られていることだろうし、特に嘘を吐く必要もない。
「……ま、まぁ…」
「ふーん。最後にヤったのいつ?」
「え…? ん、っと……五日前? ぐらい」
熱が出てて、栗栖の所にいた日数が定かじゃないけど、たぶんそのぐらいだ。そんなセックス事情にまで口出してくるのだろうか、アルファの世界というのは。
答えるのと同時に俺の目の前にピンクとオレンジが混ざったような酒が入ったグラスが置かれ、氷がカランと音を立てた。
「ほら、カンパーイ」
両隣にいる奴が手元にあるグラスを取って、俺に乾杯を促す。慌てて俺もグラスを取ってカチンとグラスを当て、視線を感じる中一口酒を含んだ。
途端に口に広がる柑橘系の甘酸っぱさ。飲みやすいものと言っていた通り、確かにジュースに近い。
「栗栖何か言ってた?」
「べ、別に」
「その時、様子変じゃなかった?」
「様子……?」
なんでそんなことまで聞いてくるのだろう。
俺は疑問に思いながらも、栗栖の事情を少しでも知れるチャンスなんじゃないかと、ちょっとした打算が働いてしまった。
「ちょっとおかしかった、と思う」
俺がボソっと呟けば、部屋にいるアルファたちの目が一斉に俺に向けられた。
その瞬間、選択を誤ったと悟ったものの、口から放たれてしまった言葉はどうにも取り戻せない。
「那月ちゃん、それ、詳しく聞かせて?」
「え、っと、いや、そんなおかしくもなかった、かな?」
「ふーん?」
誤魔化そうとすれば、肩に回された腕がジワジワと俺の首を絞め始めた。今更ながらヤバいところに来たと変な汗をかきながら、「やっぱりおかしかったと思う!」と俺は声を大にして言った。
「だよなぁ?」
腕の力が緩み、俺は内心安堵の溜息を吐いた。
それでも極度の緊張は治まらず、グラスを手に持ったまま何度も口を付けながら、俺は周りの奴等の顔色を窺いながらあの時の栗栖の状況を語った。
栗栖が朦朧としてたことも、本能剥き出しの獣みたいだったことも、だ。
「なるほどな」
その声をきっかけに扉に近い二人が立ち上がって、部屋を出て行く。それを気にしている様子もなく、残りの奴等の目は相変わらず俺を見ていた。
すると、俺に腕を回していたスポーツ刈りが、噛み跡を隠すために来ていたハイネックの襟元を指で引っ掛け、俺の首筋を覗き込んだ。
「あー、すげぇ痕」
「ちょ、っと、や……ぁ…?」
覗かれた部分を手で押さえ、身を捩れば、ぐるりと視界が回った。何が起きたか理解できないまま、傾いていく俺の体。
全く力の入らない体をごろりとソファーの上に転がされる。そうすれば、眩暈で揺れる視界に、俺の様子を覗くアルファ三人が映った。
「結構飲んだな」
「もっと警戒した方がいいと思うぞー」
「ごめんなぁ? 栗栖のアレ、見られたら困るんだわ。ちょっと黙っててもらわないといけないから、ちょっと写真撮らしてな?」
問いかけようとしても、脳からの指令が全く伝達せず、体が全く言うことを聞かない。それなのに、耳だけは異常なほど敏感に音を拾っていた。
ベルトの外される金属音が大きく聞こえる。服を脱がされ、ひんやりとした空気が全身を撫でるけれど、それは一瞬の事だった。体の奥底から、じわりじわりと熱が湧き出て、全身を侵食していったのだ。その発熱に合わせて、呼吸も荒くなる一方で……。
「結構きつい当てられ方したみたいだな」
「かなりがっついてんなぁ…」
つけられた痕を探るように奴等の視線が俺の体を這う。それと同時にカメラのレンズが俺の姿を捕らえ、何度も瞬いた。
自分の体だというのに、どんな状態になっているのかも分からない。俺の息子が完全に勃起していることだけは何となく予想ができた。
パチリ、と何かの蓋が開けられ、冷たい何かが肌を滑り落ちる。それは俺の体に撫でつけられ、ある所へと塗りこめられた。
そう、俺の後ろの孔だ。
体内に侵入した何かが中で蠢く。俺の口からは荒い息が洩れるだけで、言葉は全く出てこない。かろうじて「あ」と言う声が発せられるだけだった。
「そろそろ?」
「わかんね。ベータに突っ込んだことねぇし…」
「俺やるわ」
中に入っていたモノが抜かれ、代わりに何かが押し当てられた。
俺の脚を割って、その隙間に入ってきたスポーツ刈りをゆらゆらと揺れる意識のなか見上げつつ、俺はこう思った。
あ、こいつのジュニアだ、と。
何を飲まされたのか知らないけれど、俺は今から犯されるのだと頭では理解していながらも、一欠片の危機感すらも感じない状態に陥っていたのだった。
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