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薬品の匂いがする。
それとカチャカチャと何か工具でいじっているような金属音が聞こえて、僕は目を覚ました。
ここどこ?
初めに頭に浮かんだのがそれ。
ゆっくりと体を起こして、状況を確認しようと周りを見渡す。一番に目に入ったのは制服を着て、床に胡坐をかいた青年。襟元を崩して、随分寛いだ様子で何かの装置を修理しているようだった。
でも、部屋の景色はどう見ても病室。意識を失う前のことを思い出して憂鬱になったけど、そいつの存在が明らかにおかしくて、僕はじっと視線を投げ続けた。すると気配に気付いて顔を上げる。
「お、やっと起きた。どう? 痛いところないか? 目に見えるところは全部治したけど」
誰?
ユノスの記憶を巡ってみても、全く思い当たる顏がなかった。背は高いし体も鍛えてて、顔もよく見るといい方。
でもなんだか、髪も目も地味な紺色だし、存在感が薄くてモブ感に溢れている。これじゃ景色に溶け込んでてもしかたないかも。ただ、何やら親しげに話しかけてくるあたり、記憶が欠けてたりするのかも……、なんて思っていると、その青年がへなっと眉を下げた。
「もしかして俺のこと覚えてない? ってか知らない感じ?」
こくりと頷くと「マジかー」と頭をガシガシと掻きながら僕に近付いてきた。まあ、反射的にベッドの奥にずり下がるよね。
「あ、悪い。言っとくけど、全然怪しくないからな? クラスメイトのエリオ・マーティス。大抵隣の席にいるんだけど?」
「…………」
王子しか見てなかったのは仕方ないけど、流石に隣に座ってるクラスメイトの顔を覚えてないのもどうかと思うよ、ユノス。んー……でも、見たことあるかも?
確か剣技試験で王子と互角で戦っていた生徒。最後は王子の勝利だったけど、健闘したな、なんて皆が声をかけていたような。
「……試験で、殿下と当たってた人」
僕がぶつぶつと小さな声で呟けば、「そこ?」と言いつつも嬉しそうにニカッと笑い、そのままベッドに腰掛けた。
「まぁ、思い出してくれたんなら十分だな」
パーソナルスペースという概念がないのか、距離が近い。何かを探るように目を覗きこんでくるものだから、居心地も悪い。僕の中身はユノスじゃないわけだし。
「……なんか馴れ馴れしくない?」
「アハハ、俺ね、一応廊下で倒れてたおまえを病院に運んできた恩人なんだけど」
「ふーん、そういうこと。お礼が欲しかったんだ? はっきり言えばいいのに。いいよ、セックスでもする?」
一度穢れてしまえば同じこと。
そう思って提案したのに、へらへらと笑みを浮かべていたエリオはスッと表情を失くした。
その瞳に浮き上がったのは明らかな怒気。首筋がチリッとするほどの魔力の揺れに、軟派そうな人物という第一印象を上書きする必要があった。
「自暴自棄になってんのか?」
「……そう見える? 伯爵家の次男で神子にもなれなくなって。僕には将来なんてないも同然。払えるものって言ったら体ぐらいじゃない?」
「そういうのは要らない。体が手に入っても、心は手に入らないだろ」
「へぇ、意外に真面目。……それとも、僕のこと好きだったり?」
何となく勘で言ってみたところ、エリオの吊り上がっていた目尻がふっと緩んだ。
「まあ、ずっと助けたいと思ってたくらいには」
「ふーん」
「今まで色々頑張ってきてたんだけど、実を結ばなくてさ……辛い思いさせてごめんな」
「別にエリオが悪いわけじゃないし、いいんじゃない?」
ユノスを助けようとしていた、ってことはユノスに関する噂が嘘だと知ってるということ。もしかしたらニールのことも……。
――いい人材見つけたかも。
僕は緩んだネクタイを掴み、エリオをぐいっと引き寄せた。ぎりぎりお互いの唇が触れるかというところで止めて微笑む。
「なら、僕を全部あげるから、僕のために働いて?」
「……そんなに簡単に差し出していいのか? 俺が悪魔かもしれないのに」
「エリオが悪魔でも何でもいい。もう失くすものなんてないから」
「んー、ただなぁ、俺のこと好きになる保障ないだろ。貰っても仕方ないっていうか」
「それはエリオ次第じゃない? 僕を惚れさせてよ」
「……なんだかねぇ。全く筋が通ってないけど、おまえだししゃーないか。――んで? して欲しいことって?」
僕は真っ直ぐに藍色の瞳を見つめ、おもむろに口を開いた。
「復讐」
その言葉を予想していたのか、エリオは驚きもせず嬉しそうにその目を細めた。
「仰せのままに」
囁くと同時にエリオが身を乗り出す。そして、唇に少しカサついた柔らかいものが触れた。
ほんの一瞬で離されたそれ。でも、エリオはとても満足そうで、恥ずかしそうで、赤く染まった頬を掻いた。ユノスに対して抱いていた純粋な恋心が窺える。
ごめんね、エリオ。中身は全くの別人だけど、せいぜい大事にして、僕のこと。
黙って哀れなエリオを見つめていると、空気を読んだのか、にやけ顔を引き締めた。
「わり、嫌だった?」
「別に。心は手に入らないとか言いつつ、キスはするんだ、って思って」
「んー、契約? 前払いみたいなもん、ってか、『腹が減っては戦はできぬ』って言うだろ」
「僕は食料なわけ?」
「俺、悪魔だからそういうことにもなるかなー」
「……冗談?」
エリオは「さぁ?」と意味深な笑みを浮かべた。
それとカチャカチャと何か工具でいじっているような金属音が聞こえて、僕は目を覚ました。
ここどこ?
初めに頭に浮かんだのがそれ。
ゆっくりと体を起こして、状況を確認しようと周りを見渡す。一番に目に入ったのは制服を着て、床に胡坐をかいた青年。襟元を崩して、随分寛いだ様子で何かの装置を修理しているようだった。
でも、部屋の景色はどう見ても病室。意識を失う前のことを思い出して憂鬱になったけど、そいつの存在が明らかにおかしくて、僕はじっと視線を投げ続けた。すると気配に気付いて顔を上げる。
「お、やっと起きた。どう? 痛いところないか? 目に見えるところは全部治したけど」
誰?
ユノスの記憶を巡ってみても、全く思い当たる顏がなかった。背は高いし体も鍛えてて、顔もよく見るといい方。
でもなんだか、髪も目も地味な紺色だし、存在感が薄くてモブ感に溢れている。これじゃ景色に溶け込んでてもしかたないかも。ただ、何やら親しげに話しかけてくるあたり、記憶が欠けてたりするのかも……、なんて思っていると、その青年がへなっと眉を下げた。
「もしかして俺のこと覚えてない? ってか知らない感じ?」
こくりと頷くと「マジかー」と頭をガシガシと掻きながら僕に近付いてきた。まあ、反射的にベッドの奥にずり下がるよね。
「あ、悪い。言っとくけど、全然怪しくないからな? クラスメイトのエリオ・マーティス。大抵隣の席にいるんだけど?」
「…………」
王子しか見てなかったのは仕方ないけど、流石に隣に座ってるクラスメイトの顔を覚えてないのもどうかと思うよ、ユノス。んー……でも、見たことあるかも?
確か剣技試験で王子と互角で戦っていた生徒。最後は王子の勝利だったけど、健闘したな、なんて皆が声をかけていたような。
「……試験で、殿下と当たってた人」
僕がぶつぶつと小さな声で呟けば、「そこ?」と言いつつも嬉しそうにニカッと笑い、そのままベッドに腰掛けた。
「まぁ、思い出してくれたんなら十分だな」
パーソナルスペースという概念がないのか、距離が近い。何かを探るように目を覗きこんでくるものだから、居心地も悪い。僕の中身はユノスじゃないわけだし。
「……なんか馴れ馴れしくない?」
「アハハ、俺ね、一応廊下で倒れてたおまえを病院に運んできた恩人なんだけど」
「ふーん、そういうこと。お礼が欲しかったんだ? はっきり言えばいいのに。いいよ、セックスでもする?」
一度穢れてしまえば同じこと。
そう思って提案したのに、へらへらと笑みを浮かべていたエリオはスッと表情を失くした。
その瞳に浮き上がったのは明らかな怒気。首筋がチリッとするほどの魔力の揺れに、軟派そうな人物という第一印象を上書きする必要があった。
「自暴自棄になってんのか?」
「……そう見える? 伯爵家の次男で神子にもなれなくなって。僕には将来なんてないも同然。払えるものって言ったら体ぐらいじゃない?」
「そういうのは要らない。体が手に入っても、心は手に入らないだろ」
「へぇ、意外に真面目。……それとも、僕のこと好きだったり?」
何となく勘で言ってみたところ、エリオの吊り上がっていた目尻がふっと緩んだ。
「まあ、ずっと助けたいと思ってたくらいには」
「ふーん」
「今まで色々頑張ってきてたんだけど、実を結ばなくてさ……辛い思いさせてごめんな」
「別にエリオが悪いわけじゃないし、いいんじゃない?」
ユノスを助けようとしていた、ってことはユノスに関する噂が嘘だと知ってるということ。もしかしたらニールのことも……。
――いい人材見つけたかも。
僕は緩んだネクタイを掴み、エリオをぐいっと引き寄せた。ぎりぎりお互いの唇が触れるかというところで止めて微笑む。
「なら、僕を全部あげるから、僕のために働いて?」
「……そんなに簡単に差し出していいのか? 俺が悪魔かもしれないのに」
「エリオが悪魔でも何でもいい。もう失くすものなんてないから」
「んー、ただなぁ、俺のこと好きになる保障ないだろ。貰っても仕方ないっていうか」
「それはエリオ次第じゃない? 僕を惚れさせてよ」
「……なんだかねぇ。全く筋が通ってないけど、おまえだししゃーないか。――んで? して欲しいことって?」
僕は真っ直ぐに藍色の瞳を見つめ、おもむろに口を開いた。
「復讐」
その言葉を予想していたのか、エリオは驚きもせず嬉しそうにその目を細めた。
「仰せのままに」
囁くと同時にエリオが身を乗り出す。そして、唇に少しカサついた柔らかいものが触れた。
ほんの一瞬で離されたそれ。でも、エリオはとても満足そうで、恥ずかしそうで、赤く染まった頬を掻いた。ユノスに対して抱いていた純粋な恋心が窺える。
ごめんね、エリオ。中身は全くの別人だけど、せいぜい大事にして、僕のこと。
黙って哀れなエリオを見つめていると、空気を読んだのか、にやけ顔を引き締めた。
「わり、嫌だった?」
「別に。心は手に入らないとか言いつつ、キスはするんだ、って思って」
「んー、契約? 前払いみたいなもん、ってか、『腹が減っては戦はできぬ』って言うだろ」
「僕は食料なわけ?」
「俺、悪魔だからそういうことにもなるかなー」
「……冗談?」
エリオは「さぁ?」と意味深な笑みを浮かべた。
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