旦那様に浮気をされたので応援してみました

珈琲きの子

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本編

初めて味わう危機感

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もう何度目の出店になるだろうか。
ガラクタ市でのお客さんとのやり取りにも慣れて、少しずつ世間話もできるようになった。僕の出自を気にする人なんていないから、会話も気軽に楽しめるし、そういった意味でも悪くない時間だ。

「また来るわ」
「お待ちしてます」

常連さんを見送って、木箱に売り上げをしまう。すると影が差して、次のお客さんが来たことを知らせた。
いらっしゃいませ、と顔を上げると、そこには良く見知った顔があって……

「ナザリオさん……!?」

と全く予期せぬ人の来訪に僕は叫んでしまっていた。
クノッヘン商会にいるときよりもラフな服装をしているけど、品の良さが隠しきれていない。
でもなんでここに!?と混乱する僕に対して、彼は困惑気味に

「やはり貴方でしたか」

と呟いた。

「え……?」

なにか咎められることでもあるのかと、ひやひやとしながら次の言葉を待っていると、ナザリオさんがレシピ本の見本を取った。ぱらぱらとめくってから、なにか決心を付けたかのように僕を見据えた。

「この二つの商品。最近、我が商会でじわじわと売れ行きが伸びていて、一度購入者様に尋ねてみたのです。すると気軽に神子様の故郷の味を試せる方法が見つかったと言うではありませんか。はじめは意味を測りかねておりましたが、料理の作り方を販売している御仁がいるとわかったのです」
「は、はは、そうですか……」

売れ行きが伸びてるのはきっと悪いことではないとは思うけど……なんでこんな真剣な顔をしてるの?

「問題は、同席していたとある貴族が、その者を連れて来いと……」
「あー……」

なるほどお貴族様の我が儘が発動したんだ。
僕を呼んで何をさせたいのか知らないけど、レシピを寄越せというなら別に構わない。ただ継続的にということなら、断りたいけど。

「拒否権はないってことですよね……?」
「……はい。ですから閉場したのち、私どものところに――」
「その話、ちょっと待ちなさい」

凛とした声が響き、その場にいた人たちが一斉に声の方を振り返った。
そこにはフードを脱ぎ去り、ツヤツヤの金髪を晒したアンジェリカ様のお姿があった。

「お嬢様!」
「アンジェリカお嬢様……」

流石クノッヘン商会。アンジェリカ様のことを知ってるみたいだ。
ただ、驚きのほうが大きいらしくて固まってしまっていた。

「あなた、ここがどういう場がわかってその発言をしたの?」
「………」
「ここは商業ギルドの管轄よ。交渉はギルドを通しなさい。それともギルドを通せない理由でもあるのかしら?」
「私は商品でなく、彼に用があるのです」
「そう、それなら、そのとある貴族とやらに、私にご相談いただけるようお伝えいただける? 私は彼の後援者であり、対貴族の窓口として支援もしているの。彼が活躍するのなら大歓迎だわ」
「後援? お嬢様がそのようなことを? それでは……」
「心配いらないわ。父も知っていることだから」
「承知しました。必ずとある貴族様にそのようにお伝えします」

ナザリオさんはこちらを振り向くと、先ほどの強張った表情とは打って変わってどこか気が抜けたような笑みを浮かべていた。

「申し訳ありません、ミノル殿。礼儀を欠いたことをしてしまい」
「大丈夫です、命令だったんですよね? でも本当に行かなくていいんですか?」
「構いません。それよりも安心いたしました。クライフ家が後援ということなら私も強気に出られます。もし私が信用ならないということでしたら、これからはクライフ家を介して商品の受け渡しをさせていただくこともできます。どうか懲りずに弊社をご利用ください」
「もちろんです、そちらでしか買えないものもありますから」
「痛み入ります。その際にはお詫びをさせていただきます。それから、この料理の本を私どもの店に置けるようギルドに掛け合うつもりにしております」
「え、これをですか?」

この手作り感満載の中綴じ本を?

「はい、その際はどうぞよろしくお願いいたします」
「も、もちろんです。こちらこそよろしくお願いします」

ナザリオさんは深く頭を下げてから、アンジェリカ様と二言三言話し、ガラクタ市会場から去っていった。
すると、アンジェリカ様が拗ねたように唇を尖らせて、どすどすと歩いてくる。

「ミノル、貴方全く理解してないわね! もう、そんなだから目が離せないのよ! 終わったらうちに遊びに来なさい! いいわね!」
「は、はい……?」

どうしてアンジェリカ様が怒ってるのか確かに理解できなくて、僕はそれを知るためにも頷いた。


  ◇ ◇ ◇


ガラクタ市を早めに切り上げて、僕はお嬢様に誘われるままお屋敷にお邪魔していた。

「ミノル、今回の作品も素晴らしかったわ!」

アンジェリカ様が目をキラキラさせて僕の手を握った。

「満足いただけたみたいで良かったです」
「ええ、ミノルがどれだけお二人を敬愛しているのかが伝わってきて嬉しくなってしまうのよね」
「それをモットーに描いてますからね!」

勇者様と神子様の優しさを前面に出した作品ができて、自分でも満足していたけど、アンジェリカ様にこうやって喜んでもらえるとより一層やる気が出る。
ほくほくしていると、彼女が「じゃあ、本題なんだけど」と話を切り出した。

「ミノルがこれからも自由に創作に励めるように、考えて欲しいことがあるの」
「考えて欲しいこと?」
「実はね、ミノルのことを保護したいと思っているのよ」
「え……? 保護、ですか?」
「今も貴方の絵や感性に特別なものを感じている者たちが少なからずいるわ。今日のように、貴方を囲おうと企む者が出てくると思うの」
「囲うって……閉じ込められるとか?」
「それならまだいい方よ。最悪、奴隷にされてしまうわ」
「奴隷⁉」

驚いて叫ぶと、アンジェリカ様は「危機感がなくて困るわね」と頭を抱えた。
え、まさか、さっきの話って、レシピを寄越せってことじゃなくて、僕を捕まえろってことだったの?
サーッと血の気が引いてくる。だからナザリオさんがあれほどまでに平身低頭だったのだ。確かにああなるのは当然だ。僕を売ろうとしていたんだから。

「だからね、私はミノルの創作の邪魔にならない程度に周囲を安全に保ちたいの。下町の古い家に一人で住んでいると言っていたから心配で……治安のいい場所に私が持っている家があるから、そこに住んでみてはどうかと思っているのよ」
「住むって……それって引っ越しってことですよね……?」
「そうなるわ。学園の生徒を受け入れているところでもあるから門衛もいるのよ。家賃は今払っているものと同額で構わないわ。無料となると反対に不安でしょう?」

今からでも部屋を見に行こうと提案してくれるけど、僕は首を振るしかなかった。

「お嬢様のお気持ちはとても嬉しいのですが、今は留守を預かっていて余所に移るのは無理なんです」
「留守を……そうなのね」
「はい。家主は一年後に戻ってくる予定なので、その時までは僕には判断がつかなくて」
「そういうことなら。貴方に護衛を付けましょう」
「えぇ! 護衛ってそんな、必要ないですよ! 余計に目立ってしまいますから!」

貴族様は護衛を付けるのが当たり前だとは思うけど、僕は平民だ。そうだった、とアンジェリカ様が唸った。

「そうね、確かに目立つのは避けた方がいいわね……――ならこうするのはどう? 販売を他の者に任せる、とか。そうすれば貴方が表に出なくて済むわ」
「そ、それなら、まぁ……」
「じゃあ決まりね! 私の侍女にお願いしましょう。彼女も貴方の作品を楽しみにしている一人なのよ、きっと喜ぶわ!」

アンジェリカ様はこれで安心とばかりに機嫌よくお菓子を頬張った。


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