人間の少年に恋をした吸血鬼のお話

珈琲きの子

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あるところに全く食事を取らない吸血鬼がいました。食事とは人間の血のことです。その吸血鬼は公爵という吸血鬼の中でも地位が高く恐れられる存在でした。しかし今はどうでしょう。体はやせ細り、美しかった長い黒髪は見る影もありません。

公爵の地位を狙う者たちが後を絶たず、配下は何とか血を飲んで、昔の威厳を取り戻してほしいと何人もの人間を連れてきました。しかし、公爵は取り合わず部屋に近づけることも許しませんでした。

ある日、人間が家畜として飼育される施設に稀血の少年が収容されます。地下で息を殺しつつ集落を形成し暮らしていたのですが、ついに見つかってしまったのです。彼は即座にオークションにかけられることになりました。

そして、その少年を競り落としたのが公爵の配下でした。自分たちの主に無理矢理にでも血を飲んでもらおうと、頭を悩ませた結果出した苦肉の策だったのです。

もちろん彼らは知っていました。なぜ公爵が血を飲まなくなったのかを。だからこそこの稀血の少年を手に入れることに金を惜しみませんでした。

ところが屋敷に届けられた少年はかなりの粗暴者でした。暴言を吐き暴れまわるのです。配下たちは同じ稀血でもこうも違うのかと驚きで閉口し、縄で縛り猿轡を噛ませるという強硬策に出ます。それでないと力の差があり過ぎてうっかり殺してしまうからです。そしてその状態の少年を主の部屋に置き去りにしました。ですが配下たちは気が気ではありません。オークション代で少なくなりつつあった資産が底を付きそうだったからです。うまく行けば四大公爵に返り咲き、うまく行かなければ都落ち。まさに天国と地獄の境目に立っていたのです。

重い体を起こした公爵は部屋の中に人間がいることに気が付きます。いつもは扉の前に置かれていますが、今回は部屋の中。

とうとう後がなくなったのかと公爵は悟ります。配下たちにはすでに暇を出しているのですが、出ていく気はなさそうでした。ありがたく思うものの、こうして人間を置いていくのはやめてほしいと思っていました。

いつものように放置していれば逃げ出すだろうと知らんふりをしていましたが、なかなかいなくなりません。息遣いも動く気配も確かにしているのですが、立ち去る気がないようです。縄で縛られ猿轡をされているのですから当然なのですが、そんなこととはつゆ知らず公爵は不審に思って近づきました。そしてその姿を見て、慌てて猿轡と縄を解いてやります。怯えて気絶するか、泣いて逃げるかと思いきや、飛んできたのは飛び蹴りでした。

「テメーに血なんかやるか、バーカバーカ!」

痛くも痒くもありませんでしたが、公爵はその少年の威勢の良さに呆気に取られます。

しかしそれと同時に少年が稀血なのだと気づきます。縄が擦れて手首には血が滲んでいたのです。稀血は血に芳しい香りを持ち、吸血鬼を虜にしてしまいます。その名の如く希少な存在のため、貴族に飼われて比較的安泰に暮らすことができますが、このまま逃せば下級吸血鬼たちの餌になり一瞬で肉片と化してしまいます。

普通、人間がどうなろうと吸血鬼は気にしません。しかし、稀血は公爵にとってそのような考えを思い起こさせる存在でした。

少年は部屋から出ようとしますが、扉が重すぎて人間の力では開くことができないようです。
公爵は悩みます。部屋から出て行って欲しいのはやまやま。しかし、この少年の行末が気になってしまいます。

「こなくそ! 開けろよー!!」
「そのような細い腕で、折れてしまうぞ」
「くっそ! 近寄んな!」
「腹は減っていないか?」
「うっせ……え……? 腹……?」

その時、この屋敷に来てから何も口にしていなかった少年のお腹の虫が唸り声を上げました。少年は真っ赤になって自分のお腹を押さえます。

「そうか、食事を持ってこさせよう。ちゃんと人間用のものだ、心配するな」

公爵はまるで猫の子を扱うように少年の服を掴むと使っていない小部屋に運び込みました。かつて人間に使わせていた部屋ですから、不自由はないはずです。そしてここなら安全と判断したからでした。

「そこで過ごすといい。夜は部屋から絶対に出てはいけない」

踵を返した公爵の背中を少年は信じられないといった面持ちで見上げました。
その日から、公爵と少年の奇妙な共同生活が始まったのでした。

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