人間の少年に恋をした吸血鬼のお話

珈琲きの子

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2話

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小部屋には人間サイズのベッドや洋服タンス、本棚と一通りのものが揃っていました。ここが吸血鬼の屋敷でなければ落ち着ける空間だったことでしょう。

少年は歯を食いしばります。公爵の対応が予想外だったため素直に運ばれてしまいましたが、吸血鬼に対する憎しみは変わりません。
ドアの向こうから、食事を置いておく、と公爵が声をかけてきます。しかし、少年は返事をせず、空腹も我慢して、部屋の隅で縮こまりました。

少年は吸血鬼たちの話から自分が特別なのだと知っていました。大金で買われたこともです。苦楽を共にした兄弟たちが目の前で命を弄ばれる中、少年だけが捕縛され連れてこられたのですから無念が募るのは当然のことです。

食べないのか、そんな声が聞こえますが、無視していれば諦めたのかドアの向こうは静かになりました。
少年はそのまま眠りに落ちてしまいました。
吸血鬼たちに見つかってからというもの、ほとんど睡眠を取れていなかったのです。

公爵はもちろん少年の血を飲むつもりはありません。知り合いの貴族に売ろうと考え、手紙を認め始めました。
あの少年のことです。売られた先でも大暴れするに違いありません。
手足を切られることも十二分に考えられます。ペンを握る手は止まり、公爵は頭を抱えました。そうこうしているうちに夜は深まりやがて日が昇り始めます。結局ペンを置くことになってしまいます。

公爵は弱い吸血鬼とは違い、直射日光を浴びても影響はなく、血さえ飲んでいれば不老不死の存在です。部屋には採光のため大きい窓もあります。ですが最近は流石に光が眩しく感じるため、朝から昼にかけて寝ることにしていました。

部屋の真ん中に陣取る天蓋付きのベッドが公爵の寝床です。天蓋を下ろせば中は心地よい闇に包まれ、公爵は電池が切れたかのようにストンと眠りにつきました。

公爵が眠りについてしばらく経つと、少年がこっそりと小部屋の戸口から顔を覗かせます。その顔色はあまり良いものとは言えませんが、目の下のくまは随分薄くなっています。

少年は部屋の真ん中のベッドで公爵が寝ていることに気が付き、食事のトレイに乗っていたフォークを手に取りました。それを背中に隠しながらベッドに近づきます。そして天蓋の布をめくり、固唾を飲み込みました。
まるで死人のように眠る公爵。暗い中でもその顔色の悪さがわかるほどです。しかし少年の一矢報いてやるという復讐心を削ぐものではありませんでした。

少年はフォークを両手で握りしめ、公爵の喉元に向かって振り下ろしました。少年は皮膚に突き刺さるかという瞬間目を強く瞑ります。恐怖があるのは当然でした。
しかし、切っ先はガツンと何か硬いのもにぶつけた時のように跳ね返ったのです。

少年は目を瞠ります。公爵の首には四つの小さい窪み。傷つけられたのは表皮だけで少し血が滲む程度でした。
少年は声をなくし、後ずさります。ですが、その手首を伸びてきた大きな手が掴みました。
ベッドに引きずり込まれ、シーツに押さえつけられます。公爵の力の前に為す術がありませんでした。手首に指が食い込み骨が軋みを上げますが、恐怖から悲鳴を出すこともできません。

鼓膜を震わすのは地這うような低い呼吸音。そして湿り気を帯びた吐息が少年の細い首を撫であげました。公爵は大きく口を開けると鋭い牙をむき出しにして少年の首に噛みつきます。
しかし、牙が首の薄い皮膚を突き破ろうかという時、公爵は唸り声を上げつつ少年の上から飛び退き、そのまま逃げるようにして小部屋とは反対にある扉に駆け込んでいきました。

少年は何が起こったのかわからず、震えながらも起き上がりました。

「あいつ、まさか」

力こそありましたが、明らかに他の吸血鬼たちとは違いました。顔色が悪いだけでなく、腕もほとんど骨と皮しかないような状態なのですから、少年は驚きました。同時に公爵が人間の血を長らく飲んでいないことに気づいたのです。
少年は恐る恐る扉に近づき、少し開いた隙間から部屋を覗き込みます。ですが中は真っ暗で何も見えません。

「それ以上近寄るな」

部屋の奥から唸るような声が聞こえます。一歩踏み出そうとしていた少年は足を止めました。まるで公爵の方が少年に怯えているようです。

「血を飲むんじゃないのかよ」
「先程のように怖い思いをしたくないのなら、部屋に戻れ」
「べ、別にお前のことなんて怖くないし!」

少年の威勢の良さは相変わらずのようです。ですが、これが虚勢であることはもちろん公爵も気づいています。公爵は面白くなって、喉を震わせるように笑いました。もう吸血欲求はどこかに飛んでいってしまったようです。これでひと安心です。

少年もまたしばらく怖い目に合わなくて良さそうだとほっと肩の力を抜きました。
その時再びぺったんこのお腹が耐えきれないと悲鳴を上げたのでした。

「まだ食べていなかったのか」
「うるさい!」
「あのフォークで流石に食べられないだろう。すぐに持ってこさせよう」
「だ、だから!!」
「……おまえの身体は生きたがっているようだぞ」

少年はぐっと押し黙ります。その横を公爵は通り過ぎました。

「私にはお前を救うことはできない。だが私が生きている間はお前に手を出させはしない。もちろん私も手を出さない」
「なんでおまえは血を……?」
「面白くもなんともない話だ。ただ1つだけお守りの言葉をやろう。“トゥラハ”」
「ティ? トラ?」
「トゥラハ。私を少しの間“停止”させることのできる言葉だ。先程のようなことがあれば使うといい」
それは吸血鬼が主に忠誠を誓うときに捧げる戒句と言われるものです。
「そんな言葉……良いのかよ。俺が誰かに教えるかもしれないのに」
「構わない。私はそんな軟ではないから」

公爵は少年の純粋な心に目を細めます。
そしてまた堪えきれないといったように笑いを溢しました。

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