ゴブリン飯

布施鉱平

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第二章

34話 侵入者

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 チロは悩んでいた。

 もともとあまり悩む性質たちではないのだが、流石に今度ばかりは真剣に悩んでいた。

 ヒナが「帰りたくない」と言いだしたのである。
 
 突然のことで驚いたが、その気持ちは分からないでもない。
 
 自ら望んで親しい友人を作らなかった前世のチロと違い、ヒナは周りからの拒絶によって友人を作れていないのだ。

「だけど、お父さんはどうするんだ?」
「…………」

 だが父親の話をすると、ヒナは悲しそうな顔をして黙り込んでしまう。

 父親には愛されていると言っていたし、迷いはあるのだろう。

 チロとて、本当は帰すべきだということくらい分かっている。

 しかし、帰したくないという気持ちが心にあるのも、また確かだった。

 前世も合わせて、生まれて初めての一目惚れだったのだ。

 だからこそ、チロは本気で悩んでいた。

「いったん帰って、お父さんの許しをもらってから、またあらためて遊びに来るっていうのはどう?」
「…………(ふるふる)」

 ヒナは頭を振って、その提案を受け入れなかった。

 父親よりも、会ったばかりのチロを選んでくれる。
 嬉しいといえば嬉しいが、それではいけないということくらい、チロにも分かっていた。

「じゃあ、俺も一緒に行くから、まずはお父さんに会って…………」

 と、チロが言いかけたところで、

 
 カランッ


 という、石の転がるような音が響いた。

 音の方向に視線を向けたチロは、目を見開き、息を飲んで固まった。

 その視線の先にいたのは────





 ────ゴブリンだ。





 いつの間にか現れた一匹のゴブリンが、じっとチロたちのことを見つめていた。 
 その外見はチロとも、ヒナとも、大きく違う。

 腕も胸も筋肉質でたくましく、体つきは一回り以上も大きかった。

 そしてなにより、人相(?)が違う。

 頑丈そうな顎、唇から飛び出すほど大きく鋭い牙、険しい目つき。

 気の抜けたような顔をしているチロとは大違いの、獲物を目の前にした野生の獣のような表情だ。

 そのうえ、一糸まとわぬ全裸であった。

 股間をプラプラとさせながらこちらを見つめ続けるその姿に、チロは恐怖を覚えずにはいられなかった。

「…………あれ、お父さん?」
「…………(ふるふる)」

 一応聞いてみたが、どうやら、ヒナの父親ではないらしい。

 ヒナの父親は抜きん出て強い力を持っているということだったから、あの強そうなゴブリンは、おそらく一般的な普通のゴブリンなのだろう。

「まじか……」

 呆然とチロが呟くなか、洞窟に侵入してきたそのゴブリンは、太い右手を突き上げ、叫んだ。

「お嬢を見つけたぞーっ!!」

 その声が轟いた直後、複数の足音が洞窟の暗闇から響き…………

 現れたのは、やはり同じように強そうな、数匹のゴブリンの姿だった。
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