21 / 26
20.幕閉じ
しおりを挟む
「殿下、そんな、本当に?」
「あぁ、本当だ」
「死ぬ、と? 妃殿下以外と、体を重ねたら?」
「そうだ」
「は、……はは」
祭事部門長は「何故」と弱々しく繰り返した。その常にない様子に、周りは訝しむように伺っている。
「ちょっと! どういうことですか!?」
その中で、大声で祭事部門長に詰め寄ったのは女だった。崩れ落ちるその体に駆け寄り、怒号を向ける。
「こんなこと聞いていません! 殿下の子どもが作れると言ったではないですか!!」
その一言に、皇帝含む察しの良い周りの人間は各自で答えを導き出していた。反応は信じられないと疑う者と、後継のためだけにと呆れる者に分かれているようだ。皇帝は前者に見える。
「私は! どうなるのですか!!」
「……黙れ。もう、貴女に用はない」
「ふざけないで! 私は側妃になるのよ! 殿下の子を産むの! そう約束したじゃない! 上手くいくって!」
「煩い! 殿下が死ぬのなら話は変わる!!」
大声を上げる祭事部門長は初めて見る。
「殿下は女神様の生まれ変わりなんだ! 黒髪に赤い瞳の美しさ! 絶対的な魔力量! 記された通りだ! 女神様の生まれ変わりがいてこそ! この帝国はより繁栄出来る! 殿下が後継を作ることは絶対だ!」
その言い分は特に要領を得ているようではなかった。思ったことを次々に口にしているだけで一貫性はない。
「女神様の生まれ変わりが子を成さないなんて女神様ではない!」
「それが、僕を種馬扱いする理由か?」
「種馬扱いだなんて! ただ! 私は女神様の生まれ変わりに忠誠を誓っているだけです!」
祭事部門長は指を組んで、祈りを捧げる仕草をする。視界の端では皇帝が呆れたように目頭を揉んでいた。
「女神様は愛そのものです。愛の結晶を作ることは当たり前のことです。女神様が血筋を残すことは帝国民全員が望むことです」
身勝手な上、酷い妄想話で呆れる。
確かに建国神話に出てくる女神様は黒髪に赤い瞳を持ち見惚れるほどの美しさと記されており、この国においてその色合いを持つ人間は自分しかいないと言われている。故に多くの人の間で女神様の生まれ変わりではないかと言われてきたし、信仰心の強い人は特にそう信じる者が多かった。
だが、それは事実ではないし、例え生まれ変わりだったとしても証明は出来ない。当たり前だが生まれ変わりだという意識もなく、単純に似た姿で生まれた偶然だとしか思っていない。
他人がどう思おうが自由だが、身勝手な思想を押し付けられては堪らない。
「なのに、どうして……っどうして!? 嘘だと言ってください! お願いです! 貴方様の血筋を残せないなんて! あり得ない! どうか!」
「本当に僕を女神様の生まれ変わりだと信じているのか? そんな妄想で、皇族を謀り、誘拐した?」
「妄想ではありません!」
力強いその自信を一蹴する。
「なら、生まれ変わりとして言おう」
低く、威圧的に、最大級の侮蔑を込めた声で、メリルは部門長へと告げた。
「烏滸がましいにも程がある。僕からの寵愛を持たない人間が、僕と同じ空気を吸って、僕の視界に入って、僕に話し掛けること自体重罪だ。僕の最愛と同じ種族であるだけで辛うじて生きることのみ許された人間が、『僕』を思考するな」
「――っあ、あぁ、め、めがみ、さまっ」
「お前は今をもって、帝国民としての資格を剥奪する」
民としての権利を剥奪する法律はない。冷静さを少しでも持っていれば、メリルの言葉が全て戯言に近いものだと思えたはずだ。なのに、部門長は魂が抜けたように呆然とした。死刑宣告された時よりも絶望しているのは、それほど女神様の生まれ変わりと信じている自分の言葉が重いのだろう。
「陛下、この者の処分をお願いします」
「……良いのか?」
皇帝が間を置いて確認する意図は、大切なミラヴェルを危険に晒したことや種馬扱いされたことに対し、自らの手で片をつけなくて良いのか、その辺りだろう。
「えぇ、法に則った罰を与えてください。偏執的な思想しか持ち合わせられない者と、これ以上関わるつもりはありません。僕はミラヴェルの元に行きます」
「っそうだ、ミラヴェルは?」
「ご安心を。すでに僕の部下が居場所を突き止め、保護しています。もうじき到着するでしょう」
先程部下の一人からミラヴェルを保護したと連絡を受けた。
「いつの間に? いや、だが、そこにはまだミラヴェルの姿が」
皇帝が指したのは鏡の中だ。まだそこには水に浸かるミラヴェルがいる。
「あれは新たに魔法を掛けたんです。鏡に映し出されていた景色をそのまま貼り付けたようなイメージですね。首謀者はここにいると分かっていたので、助けたことがバレないように」
鏡にキスをした時、手のひらに魔法で書いた指示事項をミラヴェルに見せ、鏡に魔法を掛けた。音声はそのまま通じていたが、鏡に映っていた様子は魔法で貼り付けたものだ。よく見れば鏡の中に動きがないことが分かるだろう。
次は動きのある画を映せるために、式の構築を研究しようと思った。
「そうだったのか。やはり、お前は魔法使いとしても類を見ない天才だな。魔法を使う形跡も見せないとは」
天才――メリルは何度言われたか分からないその賞賛を素直に受け入れ、笑みを返す。
素質もあるだろうが、今の自分は確実に死ぬほどしている努力の結果だ。たかだか天才という一言で片付けられるものではない。まぁ、それをいちいち訂正するつもりはないが。
「ありがとうございます。あぁそうだ、あとその女は牢に。ハイノ、さっき言ったことは冗談だから忘れてくれ」
メリルは言いたいことを言って会議室を後にする。向かう先は皇太子宮だ。首謀者を明らかにした今、正直もう関心はない。
「あぁ、本当だ」
「死ぬ、と? 妃殿下以外と、体を重ねたら?」
「そうだ」
「は、……はは」
祭事部門長は「何故」と弱々しく繰り返した。その常にない様子に、周りは訝しむように伺っている。
「ちょっと! どういうことですか!?」
その中で、大声で祭事部門長に詰め寄ったのは女だった。崩れ落ちるその体に駆け寄り、怒号を向ける。
「こんなこと聞いていません! 殿下の子どもが作れると言ったではないですか!!」
その一言に、皇帝含む察しの良い周りの人間は各自で答えを導き出していた。反応は信じられないと疑う者と、後継のためだけにと呆れる者に分かれているようだ。皇帝は前者に見える。
「私は! どうなるのですか!!」
「……黙れ。もう、貴女に用はない」
「ふざけないで! 私は側妃になるのよ! 殿下の子を産むの! そう約束したじゃない! 上手くいくって!」
「煩い! 殿下が死ぬのなら話は変わる!!」
大声を上げる祭事部門長は初めて見る。
「殿下は女神様の生まれ変わりなんだ! 黒髪に赤い瞳の美しさ! 絶対的な魔力量! 記された通りだ! 女神様の生まれ変わりがいてこそ! この帝国はより繁栄出来る! 殿下が後継を作ることは絶対だ!」
その言い分は特に要領を得ているようではなかった。思ったことを次々に口にしているだけで一貫性はない。
「女神様の生まれ変わりが子を成さないなんて女神様ではない!」
「それが、僕を種馬扱いする理由か?」
「種馬扱いだなんて! ただ! 私は女神様の生まれ変わりに忠誠を誓っているだけです!」
祭事部門長は指を組んで、祈りを捧げる仕草をする。視界の端では皇帝が呆れたように目頭を揉んでいた。
「女神様は愛そのものです。愛の結晶を作ることは当たり前のことです。女神様が血筋を残すことは帝国民全員が望むことです」
身勝手な上、酷い妄想話で呆れる。
確かに建国神話に出てくる女神様は黒髪に赤い瞳を持ち見惚れるほどの美しさと記されており、この国においてその色合いを持つ人間は自分しかいないと言われている。故に多くの人の間で女神様の生まれ変わりではないかと言われてきたし、信仰心の強い人は特にそう信じる者が多かった。
だが、それは事実ではないし、例え生まれ変わりだったとしても証明は出来ない。当たり前だが生まれ変わりだという意識もなく、単純に似た姿で生まれた偶然だとしか思っていない。
他人がどう思おうが自由だが、身勝手な思想を押し付けられては堪らない。
「なのに、どうして……っどうして!? 嘘だと言ってください! お願いです! 貴方様の血筋を残せないなんて! あり得ない! どうか!」
「本当に僕を女神様の生まれ変わりだと信じているのか? そんな妄想で、皇族を謀り、誘拐した?」
「妄想ではありません!」
力強いその自信を一蹴する。
「なら、生まれ変わりとして言おう」
低く、威圧的に、最大級の侮蔑を込めた声で、メリルは部門長へと告げた。
「烏滸がましいにも程がある。僕からの寵愛を持たない人間が、僕と同じ空気を吸って、僕の視界に入って、僕に話し掛けること自体重罪だ。僕の最愛と同じ種族であるだけで辛うじて生きることのみ許された人間が、『僕』を思考するな」
「――っあ、あぁ、め、めがみ、さまっ」
「お前は今をもって、帝国民としての資格を剥奪する」
民としての権利を剥奪する法律はない。冷静さを少しでも持っていれば、メリルの言葉が全て戯言に近いものだと思えたはずだ。なのに、部門長は魂が抜けたように呆然とした。死刑宣告された時よりも絶望しているのは、それほど女神様の生まれ変わりと信じている自分の言葉が重いのだろう。
「陛下、この者の処分をお願いします」
「……良いのか?」
皇帝が間を置いて確認する意図は、大切なミラヴェルを危険に晒したことや種馬扱いされたことに対し、自らの手で片をつけなくて良いのか、その辺りだろう。
「えぇ、法に則った罰を与えてください。偏執的な思想しか持ち合わせられない者と、これ以上関わるつもりはありません。僕はミラヴェルの元に行きます」
「っそうだ、ミラヴェルは?」
「ご安心を。すでに僕の部下が居場所を突き止め、保護しています。もうじき到着するでしょう」
先程部下の一人からミラヴェルを保護したと連絡を受けた。
「いつの間に? いや、だが、そこにはまだミラヴェルの姿が」
皇帝が指したのは鏡の中だ。まだそこには水に浸かるミラヴェルがいる。
「あれは新たに魔法を掛けたんです。鏡に映し出されていた景色をそのまま貼り付けたようなイメージですね。首謀者はここにいると分かっていたので、助けたことがバレないように」
鏡にキスをした時、手のひらに魔法で書いた指示事項をミラヴェルに見せ、鏡に魔法を掛けた。音声はそのまま通じていたが、鏡に映っていた様子は魔法で貼り付けたものだ。よく見れば鏡の中に動きがないことが分かるだろう。
次は動きのある画を映せるために、式の構築を研究しようと思った。
「そうだったのか。やはり、お前は魔法使いとしても類を見ない天才だな。魔法を使う形跡も見せないとは」
天才――メリルは何度言われたか分からないその賞賛を素直に受け入れ、笑みを返す。
素質もあるだろうが、今の自分は確実に死ぬほどしている努力の結果だ。たかだか天才という一言で片付けられるものではない。まぁ、それをいちいち訂正するつもりはないが。
「ありがとうございます。あぁそうだ、あとその女は牢に。ハイノ、さっき言ったことは冗談だから忘れてくれ」
メリルは言いたいことを言って会議室を後にする。向かう先は皇太子宮だ。首謀者を明らかにした今、正直もう関心はない。
17
あなたにおすすめの小説
政略結婚のはずが恋して拗れて離縁を申し出る話
藍
BL
聞いたことのない侯爵家から釣書が届いた。僕のことを求めてくれるなら政略結婚でもいいかな。そう考えた伯爵家四男のフィリベルトは『お受けします』と父へ答える。
ところがなかなか侯爵閣下とお会いすることができない。婚姻式の準備は着々と進み、数カ月後ようやく対面してみれば金髪碧眼の美丈夫。徐々に二人の距離は近づいて…いたはずなのに。『え、僕ってばやっぱり政略結婚の代用品!?』政略結婚でもいいと思っていたがいつの間にか恋してしまいやっぱり無理だから離縁しよ!とするフィリベルトの話。
恋色模様
藍
BL
会社の同期に恋をしている。けれどモテるあいつは告白されても「好きな奴がいる」と断り続けているそうだ。じゃあ俺の失恋は決定だ。よーし、新しい恋をして忘れることにしよう!後ろ向きに前向きな受がなんやかんやしっかり囲まれていることに気づいていなかったお話。
■囲い込み攻✕無防備受■会社員✕会社員■リーマン要素がありません。ゆる設定。■飲酒してます。
【短編】贖罪のために結婚を迫ってくるのはやめてくれ
cyan
BL
悠太は一番嫌いな男、大輔と自転車で出会い頭に衝突事故を起こした。
そして目が覚めると違う世界に転生していた。この世界でのんびり暮らしていこうと思ったのに、大輔までもがこの世界に転生していた。しかもあいつは贖罪のために結婚を迫ってくる。
ギャルゲー主人公に狙われてます
一寸光陰
BL
前世の記憶がある秋人は、ここが前世に遊んでいたギャルゲームの世界だと気づく。
自分の役割は主人公の親友ポジ
ゲームファンの自分には特等席だと大喜びするが、、、
待て、妊活より婚活が先だ!
檸なっつ
BL
俺の自慢のバディのシオンは実は伯爵家嫡男だったらしい。
両親を亡くしている孤独なシオンに日頃から婚活を勧めていた俺だが、いよいよシオンは伯爵家を継ぐために結婚しないといけなくなった。よし、お前のためなら俺はなんだって協力するよ!
……って、え?? どこでどうなったのかシオンは婚活をすっ飛ばして妊活をし始める。……なんで相手が俺なんだよ!
**ムーンライトノベルにも掲載しております**
くず勇者にざまあ。虐げられた聖者に一目ぼれした魔王の側近はやり直す
竜鳴躍
BL
私の名前はカルディ=カフィ。魔王ルシフェル様の側近。漆黒の死神と恐れられた悪魔である。ある日、魔王討伐に来た人間の勇者パーティーに全滅させられるが、私はその時恋に落ちてしまった。
ぐるぐる眼鏡で地味な灰色のローブを着ていたけれど、とっても素敵な聖気に満ち溢れていた勇者の下僕…ではない…回復役の聖者に。魔族の私にとってどんな身づくろいをしていようが、本当のすばらしさは一目瞭然なのだ。
やり直したい。
魔王コレクションの宝玉が起動し、私は5歳に戻っていた。
よっしゃあ!待っててね、ダーリン!
不憫な聖者(攻)を前世で魔王の側近として殺された受が癒して、時間逆行でラブラブになる話。
☆8話から主人公とヒーローが合流します。
☆クズ勇者にざまあします。
改題しました。
王子殿下が恋した人は誰ですか
月齢
BL
イルギアス王国のリーリウス王子は、老若男女を虜にする無敵のイケメン。誰もが彼に夢中になるが、自由気ままな情事を楽しむ彼は、結婚適齢期に至るも本気で恋をしたことがなかった。
――仮装舞踏会の夜、運命の出会いをするまでは。
「私の結婚相手は、彼しかいない」
一夜の情事ののち消えたその人を、リーリウスは捜す。
仮面を付けていたから顔もわからず、手がかりは「抱けばわかる、それのみ」というトンデモ案件だが、親友たちに協力を頼むと(一部強制すると)、優秀な心の友たちは候補者を五人に絞り込んでくれた。そこにリーリウスが求める人はいるのだろうか。
「当たりが出るまで、抱いてみる」
優雅な笑顔でとんでもないことをヤらかす王子の、彼なりに真剣な花嫁さがし。
※性モラルのゆるい世界観。主人公は複数人とあれこれヤりますので、苦手な方はご遠慮ください。何でもありの大人の童話とご理解いただける方向け。
【完】君に届かない声
未希かずは(Miki)
BL
内気で友達の少ない高校生・花森眞琴は、優しくて完璧な幼なじみの長谷川匠海に密かな恋心を抱いていた。
ある日、匠海が誰かを「そばで守りたい」と話すのを耳にした眞琴。匠海の幸せのために身を引こうと、クラスの人気者・和馬に偽の恋人役を頼むが…。
すれ違う高校生二人の不器用な恋のお話です。
執着囲い込み☓健気。ハピエンです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる