僕たちの日常

かんだ

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6.泣く暇があったら頑張りたい。

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 テオが新しいシャツを買ったため、いつものように襟に刺繍を刺している時だった。
 遠くから悲鳴に近い子どもの泣き声が聞こえ、反射的に走り出していた。
 子どもは、この屋敷には自分たちの子どもしかいない。今まで泣き声が聞こえてきたことなんてない。子どもたちの周りにもいつだって侍女が控えているから、危険もないし、例え危険があったとしても先回りして予防してくれる。
 だから、突然聞こえた火を吹くような泣き声に焦る。
 近くまで来るとその声がリュカのものだと分かった。「リュカ!?」と叫びながら子ども部屋に入れば、そこには子ども三人がいた。周りには侍女もいる。
 リアムはレオニーを後ろから抱き締めており、侍女はリュカの泣き声にオロオロしており、レオニーは何故か耳を塞いで不愉快な顔をしている。リュカはお腹から出すように泣いている。
「リュカ! どうしたの!?」
「あぁー! おが、おかあさまぁ!」
 膝を付けばすぐにリュカが抱きついてくる。小さな体を震わせながら泣く姿に胸が痛くなった。
「どうしたの。そんなに泣いて。どこか怪我しているの?」
 だが、何を聞いてもリュカは泣くだけだ。
 僕は仕方なく侍女とリアムに視線を向け、何があったかを問う。
「リアム? 何があったか分かる?」
「……えっと」
 リアムは困った顔で、リュカとレオニーを交互に見るだけだった。どうやら二人が関わっているようだ。
「レオニー? 何があったの?」
 殊更優しい声を出せば、レオニーは僕たちに近付いて、何故かリュカを叩いた。
「こら! 叩いちゃダメでしょ!」
「リュカ! どいて! 母さまはレオニーのなの!」
「あ゙ぁーー!!」
「リュカ、泣かないで。そんなに泣くと目が溶けちゃうよ。レオニー、何があっても暴力はダメだよ。何があったの」
 レオニーはリュカを抱きしめる僕の腕を引っ張る。
「母さま! リュカじゃなくてレオニーを抱っこして!」
「二人とも抱っこするよ。どっちかしかしないってことはないからね」
「やだあ! レオニーだけがいい!」
 レオニーの体を引き寄せて二人同時に抱きしめるが、レオニーはそれが気に入らないらしく、リュカに手を上げてしまう。
「レオニー!」
 僕が叫んだところで、「すごいことになっているな」と、冷静な声が上から落ちてきた。
 テオの登場に、面白いくらい静かになった。
 リュカは涙は出ているがほぼ泣き止み、レオニーは大人しく腕の中に収まる。リアムはほっとしたような顔をした。
「テオ」
「一人で二人は大変だろう。一人は父さまの方に来なさい」
 テオがそう言うが、リュカとレオニーは身を小さくして僕の腕の中に収まろうとする。無理やりテオに引き渡せばまた泣き始めるかもしれない。僕はテオを振り返る。
「テオ、ひとまずソファーに座りたいです。二人を抱っこしますから、僕が倒れないように支えてくださいね」
 三歳児を二人、抱き上げることは正直厳しいと思ったが、テオが寄り添い子どもたちの体を支えてくれたため何とか皆でソファーに座ることが出来た。二人を膝に乗せて、隣にテオが座る。空いた隣にリアムを呼び寄せた。
「で? 何があった?」
 テオの問いに、今度は侍女が答える。やはりリアムと同じで困った顔をしていた。
「レオニー様がリュカ様のぬいぐるみを取ってしまい、ご自身のものと一緒に宝箱に仕舞ったことが、原因かと思います」
「そうなのか?」
 次にテオはリアムに聞き、リアムは頷く。最後は二人に「間違いないか?」と確認した。
 リュカは頷き、レオニーは不貞腐れた顔で答えなかった。
「ぬいぐるみとは、リュシーがお前たちに作ったものか?」
「はい。番様が皆様のためにそれぞれお作りになったぬいぐるみです」
 ぬいぐるみは確かに作った。三人をイメージしてデザインをして一から作った。
 リアムはピンクうさぎ、レオニーは黒猫、リュカは白猫だ。それぞれの瞳には子どもたちの瞳に似た宝石を使っている。
 貴族は手作りのものを好まない。最高の商家から最高の品を取り寄せる。どれほど貴重な物を身に付けるかで、ステータスを見せ付ける。
 だが、テオは僕に手作りさせることが好きだった。結婚当初、手作りのハンカチを贈ったことがキッカケだ。それ以降はことあるごとに「刺繍をしてくれ」と言われるようになった。針仕事をすることは嫌いではなかったので素直に受けてきた。悪夢を見てから何故僕に針仕事をさせるのか聞いたところ「好きな人が手を加えたものを身に付けたい」という気持ちかららしい。僕を蔑ろにしているわけでも、労働を強いたいわけでもないと知り、今はより積極的にテオのものや子どもたちのものを作っている。
 そのおかげで、刺繍だけでなく簡単なぬいぐるみや編み物なども出来るようになったのだ。
 だから、子どもたちにはかぎ編みのぬいぐるみを作ったのだが……
「一人一人リュシーからもらっただろ。どうしてレオニーはリュカの分まで取ったんだ?」
 レオニーは僕の胸に顔を埋めて、くぐもった声で答えた。
「だって、レオニー、……母さますきだもん」
「ありがとう。僕もレオニー大好きだよ。皆、大好き」
「レオニーのこと、いちばんすきになってほしいぃ」
 レオニーが愚図り始めると、リュカもまた泣き始めた。二人してグズグズ泣いて必死に抱きついてくる姿に、胸が締め付けられる。これは、子どもたちを蔑ろにしてしまったことに対する罪悪感や辛さだと思った。
 僕は二人を強く抱きしめ返して、「みんな大好きだよ」と続ける。同じように泣きたくなるのを、グッと堪える。
「レオニーの元気で明るいところ、大好き。リュカの真面目で優しいところ大好き。リアムのみんなのこと大切にして何でも一生懸命に取り組むところ大好き。みんな、僕の自慢の子どもたちだよ」
 三人の頭にキスをして、三人の好きなところを伝える。
「三人とも、大好きなところしかないよ。一番なんて選べないよ」
「……ゔぇーん」
 その後も、レオニーとリュカは僕から離れようとしなかった。テオが抱っこしようとしても痛いくらい服を掴んで離さない。
「そうだ。今日は皆で一緒に寝ない?」
「え?」
 全員が「え?」と言う。
 テオは、嘘だろう? という信じられないと言いたげな表情で。
 子ども三人は、本当に? という期待に満ちた表情で。
「もし嫌じゃなかったら、一緒に寝たいな~」
 もう一度聞いてみれば、レオニーとリュカは「ねる!」と叫び、リアムは「僕も?」と恐る恐る聞いてきた。三人とも表情と態度から喜んでいることが分かる。
「テオも、一緒に寝てくれますよね?」
「……あぁ、そうだな。月に一度は全員で寝よう」
「一週間に一回は全員で一緒に寝ましょう」
 笑顔で言い換えれば、テオは拗ねた表情で「そうだな」と答えてくれた。
「皆で仲良く、楽しく一日を終えるためにも、ダメなことをした時は謝りましょう」
 レオニーはグッと眉根を寄せたけど、すぐにリュカへと向き直った。
「ごめんね。レオニーね、母さまがだいすきだから、母さまがつくったの、ぜんぶほしかったの」
「……シロネコちゃんは、ぼくのだよ。もうとっちゃ、やだよ」
「うん。とらない」
 仲直りする二人が可愛くて、僕は「良い子!」と二人の頬に何度もキスをする。
「あはは! ちゅーだ!」
 二人揃って同じ顔で笑う。二人とも機嫌が治ったようだ。
 リアムにもキスをすれば、テオが「俺には?」と言ってくる。
「……子どもたちだけです」
「俺だけ仲間はずれか」
「母さま! 父さま仲間はずれだめー!」
「だめー!」
 テオが泣き真似をしたせいで、レオニーとリュカはテオの味方をし始める。さっきまで僕にしがみついて離さなかったのに、今はテオに抱きついて「父さまいい子」と庇い立てる。
 子どもたちの変わり身の早さに笑いながら、僕は「仲間はずれはダメだね」と、テオの頬にキスをする。……と同時に、テオは顔の位置を変えて口へとキスをしてきた。しかも、舌を入れてくるキスを。
 抵抗しようとしたがすぐに両腕を取られてしまうし、レオニーとリュカがまた僕の膝上に戻って来たため、抵抗らしい抵抗は何も出来ない。せめてもの抵抗として、口内に入り込むテオの舌を噛んだ。
「――っ」
「テ、テオが、悪いんですからね」
 テオは一瞬、驚いた顔をしたが、すぐに凶悪にしか見えない笑顔を向けてきた。
「……なんですか」
「いや、何でもない。反撃されて狩猟本能が刺激されただけだ」
「しゅりょ? しゅりょーほんのー?」
「子どもたちの前で変なこと言わないでください」
 文句と共にテオの肩を叩けば、あまりの硬さにビックリする。攻撃した側なのにダメージを受けた気になる。テオを本気で殴る蹴るしたらきっと自分の手が傷付くだろうと思った。
 僕の驚きをテオは正しく察したらしく、叩いた手を優しく握られさすられる。
「さぁ、お前たち。夜は家族皆で同じ夢を見るぞ。そのためには今日すべきことを終わらせよう」
 テオはレオニーとリュカを僕の膝から降ろし、僕を真似るように二人の頭にキスをした。
「レオニー、謝れてえらかったな。だが次からは人の物を取り上げることも暴力もやめなさい。リュカ、悔しかったのに手を出さないでえらかったな。リアム、レオニーが叱られると思って口を閉ざして優しかったな。これからも、自分にとって大切だと思うことを貫きなさい」
 三人を家庭教師に引き渡し、僕はテオに呼ばれて二人の私室へ向かった。
 パタンと扉が閉まる。完全に二人きりになる。
「リュシー、よく我慢したな」
「……っ」
 引き寄せられ、抱きしめられる。ふいに言われたそのセリフにグッと胸が詰まった。
「もう泣いていい」
「…………泣くわけ、ないでしょう? 泣きたいのは、子どもたち、なんだから」
「リュシーも泣いていい。全部、俺が悪いんだから」
 顔を上げようとしたが、優しい力で固定される。テオの硬い肩に顔を押し付けられる。あやすように、頭を、背中を、撫でられる。
「ちがいます。僕だって、会いに、行かなかったんだから」
「俺が行かせなかったからだ」
「そんなことない。ちゃんと、テオと話し合っていれば、変えられたのに。僕は、何もしなかった」
 そう、何もしなかった。
 結婚当初、テオに言われた。
 ――君は俺のことだけを考えていればいい。
 子どもが出来た時、テオに言われた。
 ――君は子どもを産むだけで充分だ。後は全てこちらに任せてくれ。
 何度も、テオに言われた。
 ――子どもたちと会う時間なんてないだろ。
 テオの言う通りに、反論もせず全てを受け入れてきた。
 だけど、それは完全に逃げだった。
 相手が皇族と対等であり格上の大公だから、借金を肩代わりしてくれたから、両親への継続的な支援を打ち切られたくないから……言い訳ばかりで、テオからも子どもたちからも逃げた。
 そのせいで、子どもたちにはたくさん寂しい思いをさせた。親からの愛情を与えられなかった。自分が弱くて情けなくて、自分のことしか考えていなかったばかりに。
 優しいテオの手に促されるように、僕の涙腺は弱り、涙が押し出されるようだった。
「……ふっ」
 一緒に過ごす時間が増えて、目に見えて子どもたちが生き生きし始めたと、前よりも意欲的に取り組むようになったと、自分から人に関わるようになったと、教えてもらった。
 子どもが生まれてからの五年間がもったいなくて、申し訳なくて、情けなくて、涙が止まらなくなる。
「ゔぅ」
「子どもたちの前で我慢出来て、えらかったな」
 子どもたちにしたように、髪の毛にキスをされる。
「リュシー、良い子だ」
「っもゔ! ばか! 僕が、泣くなんてだめなのに!」
「リュシーは何も悪くない。俺が悪いんだ。リュシーを独り占めしたい俺が、親失格だった」
 そんな慰めを言われて、僕は渾身の力で顔を上げる。
 今までしっかり見つめることのなかった真っ赤な瞳を、真っ直ぐ見つめる。
「子どもたちは、僕とテオの、子どもです。子どものことで、テオだけが、悪いなんて、そんなことない」
 はっきりと否定する。きっと涙と鼻水でぐちゃぐちゃな汚い顔をしているだろう。伴侶に見せる顔ではない。だけど、テオの言葉を受け入れるわけにはいかない。
「三人は、僕たち二人の子どもです。テオ一人に、っ責任があるわけじゃない」
「……あぁ、そうだな。失言だった。すまない」
 テオの言葉に従ったのは僕だ。僕が取った行動の責任までテオが取る必要はない。
「これからは、何よりも子どもたちを大切にします。幸せにします。テオと、二人で」
「もちろん。俺も頑張る」
 再び抱きしめられて、抱き上げられる。僕はぎゅうっとテオの首に腕を回して、肩に顔を押し付けて、泣きながら内心で五年分の謝罪をした。
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