今日も私は、「私」を演じる

若原勇作

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第1話 異物

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 雨が降りそうな空気を纏った、5月下旬の朝だった。
 若葉高等学校2年1組の空気がざわついていた。

「ねえ、聞いた? 今日転校生来るらしいよ」
「しかも美人って」
「女子らしい」

 そんな言葉が、朝のホームルーム前の教室を行き交っている。
 高原優里たかはらゆうりは、自分の席でそれを聞きながら、いつも通り微笑んでいた。

「えー、そうなんだ!楽しみだね」

 誰に向けたわけでもない一言。
 でもそれだけで、周囲は「優里らしい」と安心したように頷く。

(……美人、か)

 心の中でだけ、ため息をついた。
 花の高校2年生でクラスの中心。
 明るくて、誰にでも優しくて、成績も悪くない。
 ――高原優里は、そういう“キャラ”だった。
 チャイムが鳴り、担任が教室に入ってくる。

「今日は転校生を紹介する。入っていいぞ」

 扉が開いた瞬間、空気が一変した。
 入ってきたのは、すらりと背の高い生徒だった。
 整った顔立ち。涼しげな切れ長の目。腰まで伸びた長い黒髪。
 そして、女子の制服。
 教室が一瞬、静まり返り、次の瞬間、ざわめきが爆発する。

「え、めっちゃ綺麗」
「モデルみたい」

 優里も、思わず目を奪われた。

(……綺麗)

 羨ましいとか、憧れとか、そういう単純な言葉では足りない。
 ただ、目を離せなかった。

「それじゃあ、自己紹介を頼む」
「……室賀玲むろがれいです」

 それだけ言って、玲は口を閉ざした。
 拍子抜けするほど、短い自己紹介。

「え……名前だけ?」
「緊張してるんだろ」

 担任が「席は……高原の隣だな」と言うと、教室がどよめいた。

「え、優里の隣?」
「いいな~」

 玲は無言で歩いてきて、優里の隣の席に座る。
 ちらりとも、こちらを見なかった。

「よろしくね、室賀さん」

 優里は、完璧なタイミングで声をかけた。
 明るく、感じよく、誰からも好かれるトーンで。
 でも。

「……」

 玲は何も答えなかった。
 視線すら向けず、教科書を机に押し込むだけ。
 一瞬、教室の音が遠のく。

(あ、無視された)

 心臓が、きゅっと縮む。

  (大丈夫。気にしない。こういう人もいる)

 優里はすぐに笑顔を取り戻した。
 休み時間になると、案の定、玲の席は人だかりになった。

「どこから来たの?」
「モデルとかやってた?」
「彼氏いるの?」

 質問が雨のように降り注ぐ。

「……うるせえ」

 玲はそう吐き捨てるように言って、立ち上がった。

「興味ねえ。どっか行け」

 その場の空気が、凍りつく。
 女子たちは気まずそうに散っていき、ひそひそと声が漏れた。

「感じ悪くない?」
「何あれ……」

 優里は、それを全部聞いていた。

(ああ……)

 胸の奥が、嫌な形でざわつく。
 ――孤立する。
 ――嫌われる。
 ――クラスの空気が悪くなる。
 それは、優里が一番避けたい未来だった。

 放課後。
 教室に残っていたのは、優里と玲だけだった。
 優里は、少しだけ深呼吸してから、立ち上がる。

「ねえ、室賀さん」

 玲は、露骨に面倒そうな顔をした。

「……何」
「転校してきたばかりで大変だよね。分からないことあったら——」
「いらねえ」

 即答だった。

「そういうの。全部」

 冷たい声。
 鋭い視線。
 その言葉は、優里の胸に、静かに突き刺さった。
 でも、優里は笑った。

「そっか。ごめんね」

 玲は、その笑顔を見て、眉をひそめた。
 優里は笑顔を貼り付けたまま、そっと教室を後にした。
 拒絶されても、笑顔を崩さない。
 それが、「高原優里」のやり方だった。

 帰り際、優里は思った。

(室賀さんって他の人とは何か違う。でも、放っておけない)

 それが同情なのか、義務感なのか、はたまた違う何かなのか。
 答えは、まだわからなかった。
 梅雨の匂いが、近づいていた。

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