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第1章 約束と再会編
第39話 鳥籠の中
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切り分ければ、どっと肉汁が溢れるハンバーグ。
きめ細やかなクリームでコーティングされたショートケーキ。
それらを全部口の中に入れていく。
とっても美味しい……はぁ……これ以上幸せなことってあるかしら?
恐らく、ここにセレナやマナミ様がいれば、2人とも何かおぞましいものをみたような顔をいるところだろう。
だが、ここに、2人のような反応をする人はいない。
むしろ反対のリアクションで――――。
「エレシュキガル様ぁ~、やばぁ~い。めちゃ幸せそうに食べるじゃ~ん。私ちゃん、幸せ~」
と、ツインテール侍女さんが幸せそうに笑って、淡紫色の髪を揺らしながら、食べ終わったお皿を片付けていた。
私以上にルンルン気分なようだ。
もしかして、彼女がこのご飯さんたちを作ってくれたのかしら。
「あの……あなたがこの料理をお作りになられたのですか?」
そう尋ねると、ツインテール侍女さんは縦に大きくうなずいた。
「そうだよ~。どう美味しい~?」
「はい。美味しすぎて、口がとろけてしまいそうです」
全て食べたことがある料理ではあったが、全てひと味違った。
例えば、今食べているコロッケ。
中はホクホク、だが衣は音が響くほどサクサクで、味に深みがある。
本当にこのコロッケ、美味しい………。
「永遠に食べられる美味しさでふ……」
美味しさのあまり、私は食べながら呟いていた。
その瞬間、ツインテール侍女さんはきらりと瞳を輝かせる。
彼女の頬は徐々にバラのように赤く染まっていく。
ツインテールさんはパッとそれを隠すように手で顔を覆った。
「やぁ~ん! エレ様、めちゃかわよ~! 私ちゃん、作り甲斐あるじゃ~ん! マジ幸せぇ~」
「私もこんな美味しいものをいただけて幸せです。ありがとうございます」
「お礼なんていいよ~ん。うんうん! ドンドン食べちゃって~! おかわりは私ちゃんが作っちゃうから~!」
「ありがとうございまふ」
「うふふ! よぉ~し! 私ちゃん、もっとご飯作ってくるよん! リリィ、お片付け係は任せたわぁ~」
元気さいっぱいのツインテールさんは、自分の仕事をもう一人の侍女さんに任せ、ダッシュで部屋を出ていった。
どんな料理を作ってくれるのだろう……楽しみね……。
と期待しながら、ピザをパクパク食べていると。
「エレシュキガル様、ナナが大変失礼な態度で申し訳ございません」
残された黒髪ロング侍女さんが私に勢いよく頭を下げた。
「いつも注意をしているのですが、ナナはいつもこんな態度なのです……すみません……」
「いいえ、構いませんよ」
ツインテール侍女さんの明るいところは、彼女の個性であり、彼女の良いところ。
何も謝る必要なんてない。
「私は気にしていませんから、むしろ彼女がこうして明るく接してくれて、私は楽しいです」
そうは言ったが、黒髪ロングさんは納得しておられないようで、視線をアーサー様に向ける。
アーサー様はというと笑みを浮かべて、肩をすくめた。
「エレちゃんがいいって言うのなら、いいんじゃない? 僕もいいと思うからさ」
「殿下まで……」
釈然としない様子の黒髪ロング侍女さんだったが、最終的には「お2人がそういうのであれば」と納得してくれた。
そうして、1時間後。
私は、普通なら30人ぐらいで食べる量のご飯を全て1人で平らげた。
よし、これで夕食まで持つだろう。
お腹を休ませていると、片づけを終えた2人の侍女さんが私のベッドわきに来た。
そして、スカートのすそを掴み、小さく頭を下げた。
「エレシュキガル様、大変申し遅れました。私、エレシュキガル様の身の御世話をさせていただきます、リリィと申します。そして、こちらは……」
「ナナだよ~ん。よろしくね、エレ様ぁ~」
「はい、よろしくお願いします」
黒髪ロング侍女さんがリリィさんで、淡い菫色髪のツインテール侍女さんがナナさん。
うん、覚えたわ。
でも、リリィという名前は、どこかで聞いたことがある……。
「リリィさんは……」
「私のような者に敬称は不要でございます。どうかリリィとお呼びください」
「分かりました、リリィ……あなたはアーサー様の護衛か何かをされていましたか?」
「はい。事件前までは、私はアーサー様のお付きをしておりましたが、これからはエレシュキガル様の身の御世話が中心となります。もちろん、護衛もできますので、お出かけの際はご安心ください」
「もちろん、私ちゃんもできるよ! よろりんこ! エレ様ぁ!」
なるほど、アーサー様の護衛をしていた方が、私のお付きになるのね……。
「アーサー様。心配せずとも、私は1人でも大丈夫です」
全回復はしていないとはいえ、魔法は使える。身の回りのことはそれで何とかなるだろう。
しかし、アーサー様は首を横に振った。
「ううん。多分まだ無理だよ。今無理1人で動こうとしたら、怪我をするかもしれない。万全に回復するまでは彼女たちを頼って」
「そうだよ~。エレ様は頑張ったんだから、もっと休んで、私ちゃんたちをこき使ってよきだからねぇ」
「ええ。エレシュキガル様が万全に回復するまでお世話をするのが私共の役目ですので、遠慮はなさらないでください」
「私ちゃんたちの仕事だからね~」
と、2人にも念を押される。
確かに、思った以上に足にあまり力が入らない。
歩くことすら難しいかもしれない……うーん、仕方がないか……。
さらに怪我をして迷惑をかけるよりかは、素直にお2人の力をお借りした方がいいだろうし……。
ここはお言葉に甘えることにしよう。
「では、私からお願いがあります」
「ん? なぁに?」
「アーサー様もおやすみになってください」
笑顔を見せるようになったアーサー様ではあるが、目元にあるクマは消えない。
1週間も眠らずにいたから、当たり前のことではあるだろう。むしろ倒れていないのが不思議なくらい。
でも、彼も人間だ。
休まないままでいては、彼はいつか倒れてしまう。
だが、アーサー様は「そのお願いはちょっと聞けないな……エレちゃんの近くにいないといけないし……」と言って、椅子から立ち上がろうとせず、私の手を握っていた。
一方、リリィとナナは、私の意見に同意をしてくれた。
「私もエレシュキガル様の意見には賛成でございます。ここには私やナナもおりますので、エレシュキガル様のことはご心配なく」
「そうだよ~。でーんかも休まないと死んじゃうよ~。死んだら、エレ様が悲しんじゃうよ~」
「縁起でもないこと言うのではありませんと、ナナに注意したいところですが………彼女の言うことは最もです。悲しむのはエレシュキガル様だけではありません。陛下、王妃殿下、国中にご迷惑をおかけします。だから、早く寝てそのクマを直してください。みっともないです」
「…………」
そうして、リリィとナナに念を押されたアーサー様は、ようやく腰を上げた。
「…………エレちゃんもゆっくり休んでね」
「はい」
そうして、彼は少しふらついた足つきで、部屋を去った。
★★★★★★★★
目覚めて数日間の私はふらついて、立つことすらままならない状況だった。
だから、まず1分間立ち続けることを目標として、リリィやナナに支えてもらいながら、リハビリを繰り返した。
それを続けるうちに、立位姿勢が保持できるようになり、その後リリィたちの肩を借りながら歩いていると、数メートルの歩行が1人でできるようになり、1週間経った頃には散歩ができるようになった。
そうして、ようやく1人でスムーズに歩けるようになった私は、散歩がてら外に出ようとした。
だが――――。
「エレ様、そっちに行っても何もないよ~。こっちおいで~」
「そちらには何もありませんよ。エレシュキガル様が熱心に取り組んでおられた、訓練をするのはいかがでしょう? 私が相手になりますよ」
と、私が離宮の外に出ようとすると、2人に引き留められた。
離宮は広いし、ここを一周しているだけでも半日は過ぎてしまうけれど、でも、離宮の外のも気になるのよね……。
と思い、2人に『湖が見たい』と訴えると、ようやく外に出してもらえた。
だが、それもナナさんとリリィさんが常に私の傍にいたので、1人の時間というものはなかった。
「エレちゃん、おはよう」
「おはようございます、アーサー様」
目を覚ましたあの日、ようやく眠りにつくことができたアーサー様は、丸一日眠っていた。
そのおかげか、彼の目元にできていたクマは消えていた。心なしか、笑顔も前より眩しくなった気がする。
そんなアーサー様だが、どんなに忙しい時でも、1日1回は私の部屋に来てくれた。多い時は3食全て一緒に食事をし、半日空いていれば、庭でゆったりとお茶をすることもあった。
こうして、何度も会えるのは幸せなのかもしれない。
でも、心の奥底で何か足りないような、どこか狭いように感じた。
★★★★★★★★
そうして、私が目覚めて2週間のこと。
どうしても1人になりたくって、夜ベッドに一旦入った後、ナナとリリィが部屋からいなくなったのを確認し、庭から湖へ向かおうとした。
「エレ様ぁ~? どこ行くの~?」
「…………」
植物の森を抜けた先にあった塀に、見覚えのツインテールさんが座っていた。
「ち、ちょっとお散歩に……」
「散歩! いいね! じゃあ、私ちゃんと一緒に行こっ!」
と、ナナに捕まり、結局1人にはなれなかった。
でも、ずっとそこにいると息が詰まりそうになったので、その後も、夜に抜け出そうとした。
だが、何度か繰り返すと、夜にもリリィかナナのどちらかが部屋で待機するようになった。
動くこともできるようになったし、さすがに実家に帰らないとね……。
と考え、私はお父様に手紙を書いた。
離宮にずっといては、アーサー様に迷惑をかけてしまうこと。
そのため、休養は実家で過ごしたいということ。
そのことを書き、その手紙をリリィに送ってもらった。
数日後、お父様から返事の手紙が来た。
その手紙の内容は「殿下がいいというのなら、いさせてもらいなさい。むしろいなさい」というものだった。
お父様でも無理だと分かった私は、アーサー様のところへ直談判をしに向かった。
リリィに案内された書斎には、書類と格闘しているアーサー様のお姿。
私がやってきたことに、彼は少し驚いたのか、スラスラと動かしていたペンを止め、フリーズした。
「……え、エレちゃん、どうしたの? もしかして、何か差し支えるようなことがあった?」
「いえ、そのようなことは特にありません。むしろ良くしていただいております」
と答えると、アーサー様はキョトンとして首を傾げる。
「なら、どうしてここに?」
「アーサー様にお願いをしに参りました」
「お願い…………うん、いいよ。エレちゃんの望みなら、なんでも叶えるさ。でも、まずは座って。立ったままも疲れるでしょ?」
アーサー様に促されたので、私は素直にソファに座った。彼も私の隣に腰を下ろす。
「それで、お願いって?」
「はい。お願いはですね、お父様とお兄様のお顔をお伺いしたいのです。私が元気であることもお伝えしたいので……ですので、どうか私を一度実家に帰らさせていただけませんか?」
「…………」
その小さなお願いを言うと、アーサー様は黙った。
微笑みはしていたが、私と目を合わせることなく、どこか一点だけを見て固まっていた。
「2人を……ここに連れてくるのでもいい?」
「……いえ、私を実家に帰らせていただくことはできませんか?」
「……………………それは……今はできない」
「なぜですか」
そう問うと、彼は「うっ」とうめく。
「外はさ……危険だから…………」
「実家は危険だと言うのですか」
「そうじゃないけど、危険が完全にないとは言えないんだ……ここなら、万全の対策をしてるし、安全なんだ。なんの心配もいらない……それに、誰もエレちゃんが離宮で過ごしてはダメなんて思っていないから。思ってたら、僕がそいつを……」
と、アーサー様は何か言いかけたが、途中で止める。
そして、彼は深く深呼吸をして、優しい微笑みを浮かべた。
苦しそうな笑みだった。
「エレちゃんがさ、傷つくところはもう見たくないんだ。エレちゃんにはずっと笑顔でいてほしいんだ」
私の手がそっと彼の両手に包まれる。
少し俯いた彼の顔には以前見た心酔の瞳。
「君がいなくなったら、僕はどうすればいいか分からないから……」
彼のその言葉は、私のことが心配で仕方なく出てきたもの。
「分かりました……」
それが分かってしまうと、私はそれ以上何も言えなくなっていた。
きめ細やかなクリームでコーティングされたショートケーキ。
それらを全部口の中に入れていく。
とっても美味しい……はぁ……これ以上幸せなことってあるかしら?
恐らく、ここにセレナやマナミ様がいれば、2人とも何かおぞましいものをみたような顔をいるところだろう。
だが、ここに、2人のような反応をする人はいない。
むしろ反対のリアクションで――――。
「エレシュキガル様ぁ~、やばぁ~い。めちゃ幸せそうに食べるじゃ~ん。私ちゃん、幸せ~」
と、ツインテール侍女さんが幸せそうに笑って、淡紫色の髪を揺らしながら、食べ終わったお皿を片付けていた。
私以上にルンルン気分なようだ。
もしかして、彼女がこのご飯さんたちを作ってくれたのかしら。
「あの……あなたがこの料理をお作りになられたのですか?」
そう尋ねると、ツインテール侍女さんは縦に大きくうなずいた。
「そうだよ~。どう美味しい~?」
「はい。美味しすぎて、口がとろけてしまいそうです」
全て食べたことがある料理ではあったが、全てひと味違った。
例えば、今食べているコロッケ。
中はホクホク、だが衣は音が響くほどサクサクで、味に深みがある。
本当にこのコロッケ、美味しい………。
「永遠に食べられる美味しさでふ……」
美味しさのあまり、私は食べながら呟いていた。
その瞬間、ツインテール侍女さんはきらりと瞳を輝かせる。
彼女の頬は徐々にバラのように赤く染まっていく。
ツインテールさんはパッとそれを隠すように手で顔を覆った。
「やぁ~ん! エレ様、めちゃかわよ~! 私ちゃん、作り甲斐あるじゃ~ん! マジ幸せぇ~」
「私もこんな美味しいものをいただけて幸せです。ありがとうございます」
「お礼なんていいよ~ん。うんうん! ドンドン食べちゃって~! おかわりは私ちゃんが作っちゃうから~!」
「ありがとうございまふ」
「うふふ! よぉ~し! 私ちゃん、もっとご飯作ってくるよん! リリィ、お片付け係は任せたわぁ~」
元気さいっぱいのツインテールさんは、自分の仕事をもう一人の侍女さんに任せ、ダッシュで部屋を出ていった。
どんな料理を作ってくれるのだろう……楽しみね……。
と期待しながら、ピザをパクパク食べていると。
「エレシュキガル様、ナナが大変失礼な態度で申し訳ございません」
残された黒髪ロング侍女さんが私に勢いよく頭を下げた。
「いつも注意をしているのですが、ナナはいつもこんな態度なのです……すみません……」
「いいえ、構いませんよ」
ツインテール侍女さんの明るいところは、彼女の個性であり、彼女の良いところ。
何も謝る必要なんてない。
「私は気にしていませんから、むしろ彼女がこうして明るく接してくれて、私は楽しいです」
そうは言ったが、黒髪ロングさんは納得しておられないようで、視線をアーサー様に向ける。
アーサー様はというと笑みを浮かべて、肩をすくめた。
「エレちゃんがいいって言うのなら、いいんじゃない? 僕もいいと思うからさ」
「殿下まで……」
釈然としない様子の黒髪ロング侍女さんだったが、最終的には「お2人がそういうのであれば」と納得してくれた。
そうして、1時間後。
私は、普通なら30人ぐらいで食べる量のご飯を全て1人で平らげた。
よし、これで夕食まで持つだろう。
お腹を休ませていると、片づけを終えた2人の侍女さんが私のベッドわきに来た。
そして、スカートのすそを掴み、小さく頭を下げた。
「エレシュキガル様、大変申し遅れました。私、エレシュキガル様の身の御世話をさせていただきます、リリィと申します。そして、こちらは……」
「ナナだよ~ん。よろしくね、エレ様ぁ~」
「はい、よろしくお願いします」
黒髪ロング侍女さんがリリィさんで、淡い菫色髪のツインテール侍女さんがナナさん。
うん、覚えたわ。
でも、リリィという名前は、どこかで聞いたことがある……。
「リリィさんは……」
「私のような者に敬称は不要でございます。どうかリリィとお呼びください」
「分かりました、リリィ……あなたはアーサー様の護衛か何かをされていましたか?」
「はい。事件前までは、私はアーサー様のお付きをしておりましたが、これからはエレシュキガル様の身の御世話が中心となります。もちろん、護衛もできますので、お出かけの際はご安心ください」
「もちろん、私ちゃんもできるよ! よろりんこ! エレ様ぁ!」
なるほど、アーサー様の護衛をしていた方が、私のお付きになるのね……。
「アーサー様。心配せずとも、私は1人でも大丈夫です」
全回復はしていないとはいえ、魔法は使える。身の回りのことはそれで何とかなるだろう。
しかし、アーサー様は首を横に振った。
「ううん。多分まだ無理だよ。今無理1人で動こうとしたら、怪我をするかもしれない。万全に回復するまでは彼女たちを頼って」
「そうだよ~。エレ様は頑張ったんだから、もっと休んで、私ちゃんたちをこき使ってよきだからねぇ」
「ええ。エレシュキガル様が万全に回復するまでお世話をするのが私共の役目ですので、遠慮はなさらないでください」
「私ちゃんたちの仕事だからね~」
と、2人にも念を押される。
確かに、思った以上に足にあまり力が入らない。
歩くことすら難しいかもしれない……うーん、仕方がないか……。
さらに怪我をして迷惑をかけるよりかは、素直にお2人の力をお借りした方がいいだろうし……。
ここはお言葉に甘えることにしよう。
「では、私からお願いがあります」
「ん? なぁに?」
「アーサー様もおやすみになってください」
笑顔を見せるようになったアーサー様ではあるが、目元にあるクマは消えない。
1週間も眠らずにいたから、当たり前のことではあるだろう。むしろ倒れていないのが不思議なくらい。
でも、彼も人間だ。
休まないままでいては、彼はいつか倒れてしまう。
だが、アーサー様は「そのお願いはちょっと聞けないな……エレちゃんの近くにいないといけないし……」と言って、椅子から立ち上がろうとせず、私の手を握っていた。
一方、リリィとナナは、私の意見に同意をしてくれた。
「私もエレシュキガル様の意見には賛成でございます。ここには私やナナもおりますので、エレシュキガル様のことはご心配なく」
「そうだよ~。でーんかも休まないと死んじゃうよ~。死んだら、エレ様が悲しんじゃうよ~」
「縁起でもないこと言うのではありませんと、ナナに注意したいところですが………彼女の言うことは最もです。悲しむのはエレシュキガル様だけではありません。陛下、王妃殿下、国中にご迷惑をおかけします。だから、早く寝てそのクマを直してください。みっともないです」
「…………」
そうして、リリィとナナに念を押されたアーサー様は、ようやく腰を上げた。
「…………エレちゃんもゆっくり休んでね」
「はい」
そうして、彼は少しふらついた足つきで、部屋を去った。
★★★★★★★★
目覚めて数日間の私はふらついて、立つことすらままならない状況だった。
だから、まず1分間立ち続けることを目標として、リリィやナナに支えてもらいながら、リハビリを繰り返した。
それを続けるうちに、立位姿勢が保持できるようになり、その後リリィたちの肩を借りながら歩いていると、数メートルの歩行が1人でできるようになり、1週間経った頃には散歩ができるようになった。
そうして、ようやく1人でスムーズに歩けるようになった私は、散歩がてら外に出ようとした。
だが――――。
「エレ様、そっちに行っても何もないよ~。こっちおいで~」
「そちらには何もありませんよ。エレシュキガル様が熱心に取り組んでおられた、訓練をするのはいかがでしょう? 私が相手になりますよ」
と、私が離宮の外に出ようとすると、2人に引き留められた。
離宮は広いし、ここを一周しているだけでも半日は過ぎてしまうけれど、でも、離宮の外のも気になるのよね……。
と思い、2人に『湖が見たい』と訴えると、ようやく外に出してもらえた。
だが、それもナナさんとリリィさんが常に私の傍にいたので、1人の時間というものはなかった。
「エレちゃん、おはよう」
「おはようございます、アーサー様」
目を覚ましたあの日、ようやく眠りにつくことができたアーサー様は、丸一日眠っていた。
そのおかげか、彼の目元にできていたクマは消えていた。心なしか、笑顔も前より眩しくなった気がする。
そんなアーサー様だが、どんなに忙しい時でも、1日1回は私の部屋に来てくれた。多い時は3食全て一緒に食事をし、半日空いていれば、庭でゆったりとお茶をすることもあった。
こうして、何度も会えるのは幸せなのかもしれない。
でも、心の奥底で何か足りないような、どこか狭いように感じた。
★★★★★★★★
そうして、私が目覚めて2週間のこと。
どうしても1人になりたくって、夜ベッドに一旦入った後、ナナとリリィが部屋からいなくなったのを確認し、庭から湖へ向かおうとした。
「エレ様ぁ~? どこ行くの~?」
「…………」
植物の森を抜けた先にあった塀に、見覚えのツインテールさんが座っていた。
「ち、ちょっとお散歩に……」
「散歩! いいね! じゃあ、私ちゃんと一緒に行こっ!」
と、ナナに捕まり、結局1人にはなれなかった。
でも、ずっとそこにいると息が詰まりそうになったので、その後も、夜に抜け出そうとした。
だが、何度か繰り返すと、夜にもリリィかナナのどちらかが部屋で待機するようになった。
動くこともできるようになったし、さすがに実家に帰らないとね……。
と考え、私はお父様に手紙を書いた。
離宮にずっといては、アーサー様に迷惑をかけてしまうこと。
そのため、休養は実家で過ごしたいということ。
そのことを書き、その手紙をリリィに送ってもらった。
数日後、お父様から返事の手紙が来た。
その手紙の内容は「殿下がいいというのなら、いさせてもらいなさい。むしろいなさい」というものだった。
お父様でも無理だと分かった私は、アーサー様のところへ直談判をしに向かった。
リリィに案内された書斎には、書類と格闘しているアーサー様のお姿。
私がやってきたことに、彼は少し驚いたのか、スラスラと動かしていたペンを止め、フリーズした。
「……え、エレちゃん、どうしたの? もしかして、何か差し支えるようなことがあった?」
「いえ、そのようなことは特にありません。むしろ良くしていただいております」
と答えると、アーサー様はキョトンとして首を傾げる。
「なら、どうしてここに?」
「アーサー様にお願いをしに参りました」
「お願い…………うん、いいよ。エレちゃんの望みなら、なんでも叶えるさ。でも、まずは座って。立ったままも疲れるでしょ?」
アーサー様に促されたので、私は素直にソファに座った。彼も私の隣に腰を下ろす。
「それで、お願いって?」
「はい。お願いはですね、お父様とお兄様のお顔をお伺いしたいのです。私が元気であることもお伝えしたいので……ですので、どうか私を一度実家に帰らさせていただけませんか?」
「…………」
その小さなお願いを言うと、アーサー様は黙った。
微笑みはしていたが、私と目を合わせることなく、どこか一点だけを見て固まっていた。
「2人を……ここに連れてくるのでもいい?」
「……いえ、私を実家に帰らせていただくことはできませんか?」
「……………………それは……今はできない」
「なぜですか」
そう問うと、彼は「うっ」とうめく。
「外はさ……危険だから…………」
「実家は危険だと言うのですか」
「そうじゃないけど、危険が完全にないとは言えないんだ……ここなら、万全の対策をしてるし、安全なんだ。なんの心配もいらない……それに、誰もエレちゃんが離宮で過ごしてはダメなんて思っていないから。思ってたら、僕がそいつを……」
と、アーサー様は何か言いかけたが、途中で止める。
そして、彼は深く深呼吸をして、優しい微笑みを浮かべた。
苦しそうな笑みだった。
「エレちゃんがさ、傷つくところはもう見たくないんだ。エレちゃんにはずっと笑顔でいてほしいんだ」
私の手がそっと彼の両手に包まれる。
少し俯いた彼の顔には以前見た心酔の瞳。
「君がいなくなったら、僕はどうすればいいか分からないから……」
彼のその言葉は、私のことが心配で仕方なく出てきたもの。
「分かりました……」
それが分かってしまうと、私はそれ以上何も言えなくなっていた。
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