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第1章 約束と再会編

第46話 ありがとう

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 大大大遅刻――――! 46話です! よろしくお願いします! <(_ _)>

 ――――――――



 「エレシュキガル! あなたどういうつもり!?」

 牢獄に行った次の日。
 ブリジット様の帰りを校門で待っていると、馬車から降りるなりブリジット様は怒りをむき出しにして私の所に真っすぐに歩いてきた。

 ある程度は怒られるとは予想していたけれども……あんなにも顔を真っ赤にさせてくるとは思っていなかった。

 仕方ない。
 ブリジット様が少しでも落ち着けるよう、誠心誠意お出迎えをしよう。
 
 「おかえりなさいませ、ブリジット様」

 と明るく、そして丁寧にお辞儀。
 だが、そんなことで彼女の怒りは収まることはなく――――。

 「はぁ!? 『おかえりなさい』じゃないわよ!! なんで私を学園に連れてきたのよ!? 従者にはラストナイトの家に連れて行くようにって言ったはずなのに! あなたの仕業でしょ!?」
 「はい。ブリジット様がご実家にお逃げにならないように、あらかじめ従者に指示を出しておりました」

 あのまま自由にさせていたら、真っすぐご実家に戻られることは分かっていた。
 だから、事前に指示は出していた。
 『ブリジット様が何を言おうと、学園に連れてきてください』と。

 「ハハハっ…………あなたね………やってくれるじゃないの………」

 ブリジット様の口角がピクピクと動く。

 「では、教室に行きましょうか」
 「嫌よっ!」
 
 ブリジット様は私を通り過ぎて、1人歩き出す。

 「どちらに行かれるのです?」
 「寮に決まってるじゃない!?」

 そうして、ご立腹なブリジット様は荒い足取りのまま、寮へと戻っていた。
 その日は教室に来ることはなく、その次の日も同じだった。
 彼女が部屋から出てくることはなく、ずっと自分の部屋にいた。

 このままだと、まずいわね……………。
 友人になるどころか、会話すらできない。
 牢獄で弱っていたこともあるし、まさか自殺を考えているんじゃ――――。

 心配になった私は、ブリジット様の部屋へと向かった。
 ノックをしてみたが、返事はない。静かなままだった。

 「ブリジット様! 一緒に教室に行きませんか?」
 「………………」

 ドアは開かない。
 ドアノブを回したが、鍵が欠けられていた。

 こうなれば、こじ開けるしかないわね。
 ブリジット様の命の方が大事だし、ドアの修繕費ぐらいなんとかなる。

 「ブリジット様、今からドアを開けますので! ちょっと離れていてください!」
 「…………え、は?」

 ドアから距離を取り、助走をつけて走る。
 そして、体全てを使って、ドアに向かってタックル。
 
 ガタっと蝶番が壊れる音とともに、ドアは部屋の向こうへ倒れた。

 「ブリジット様、おはようございます」
 「あなた………………何をしているのよ………………」

 私が倒れた先には、寝巻姿のピンク髪の少女ブリジット様。
 牢獄にいた頃よりも綺麗に放っていたが、相変わらず髪はぼさぼさ。
 
 「ブリジット様をお出迎えに参りました」
 「迎え?」
 「はい。あとは、普通にブリジット様とお話したいので、参りました」
 「そ、そんなことで、ドアを壊すことないじゃないわよ……………あなた、バカなの? ゴリラなの?」
 「バカかもしれませんが、残念ながらゴリラではありません。私は人間です」

 「…………そんなところ真面目に答えなくてもいい。要望だけ言って」
 「かしこまりました。先日からブリジット様のお部屋には来てたいたのですが、ノックをしてもお返事がありませんでしたし、牢屋では自死をほのめかす発言をしていらっしゃったので、心配になりまして。最終手段として、ドアを壊しました」
 「………………」

 ブリジット様は唖然としていたが、徐々に顔が曇り始める。
 彼女の瞳は動揺が現れていた。

 「…………なぜ…………なぜ私なんかに構うの? あなたに友人はいるし、殿下もいるでしょ。私なんかいなくたって、別にいいでしょ?」
 「牢屋の時にもお話しましたが、私はブリジット様と友人になりたいのです。楽しいことをしてみたいのです」
 
 もちろん、セレナたちと一緒に何かするのは楽しい。
 ブリジット様とだって、楽しいことはあるんじゃないのだろうか。

 「たとえ私が行ったとしても、みんなに煙たがれるわ。『なぜあいつが学園にいるんだ?』って。そんな所にわざわざ自分から行くのは無理よ。それに、殿下もいらっしゃる………会いたくないのよ」
 
 なんだ。そんな理由か。

 「では、見られないようにいたしましょう」

 軍にいた頃、私は奇襲をしかけることがあった。
 その時に自分の存在を消すために魔法を使っていた。
 その経験もあったか、存在を消す魔法には強い方。
 ブリジット様を周囲の人間に認知させないようにすることぐらい容易い。

 ドアの上で寝転んでいた私は立ち上がり、光魔法の一種のある魔法を唱え、それをブリジット様にかける。
 そして、自分にはブリジット様が見えるよう別の魔法をかけた。

 「これで大丈夫です。ブリジット様は透明人間になりましたので、お姿を誰かにみられることはありません」
 「…………」
 「今日だけ行ってみませんか?」

 あの騒動があって、学園に行きにくいのは分かる。
 魔王軍の連中に操られていたとはいえ、新聞にも載ってしまったし、世間の目はあまりよくない。

 でも、それでも、彼女の学園生活はあんな終わり方にはしてほしくない、と私は思う。

 行く気があまりなさそうだったブリジット様。
 彼女は私の魔法を信用していないようで、いぶかし気に自分の手を見ていたのだが。

 「分かったわ。今日だけよ」

 ぶっきらぼうにもそう答えてくれた。


 
 ★★★★★★★★


 
 ブリジット様が制服に着替えた後、私たちは教室に向かった。

 元々別のクラスであったブリジット様だが、私が先生と交渉し、同じクラスにしてもらった。
 交渉中に、先生方に随分心配され、「私たちはいいが、君はいいのか」と何度も言われた。
 おそらくまた彼女が私をいじめるとか考えているのだろう。

 でも、それは大丈夫。
 ブリジット様には黙って魔王軍に操られないように結界を張ってるし、いじめのようなことがあれば、ちゃんと怒って嫌だという意思表示をするつもり。

 そうして、私は無事クラスメイトとなったブリジット様と教室に入る。
 彼女は久しぶりの教室に動揺していたが、自分が透明人間になっていることを思い出したのか、難なく入ることができた。
 いつもの席には、先に来ていたアーサー様やセレナたちが待っていた。

 「エレシュキガル、おはよう」 
 「おはようございます、セレナ」

 挨拶を交わすなり、私に周囲をキョロキョロと確認して、眉をひそめるセレナ。

 「………ラストナイトさんは今日も来なかったのですね」
 「いや、今日は来てますよ。私の隣にいますよ」
 「え? 隣?」
 「ええ。色んな事情があって、今は見えないようにしているんです。ああ、そうだ。私の隣の席は開けていただけますか? ブリジット様が座りますから」
 「分かったわ」

 そのことをアーサー様にも説明すると、彼は「じゃあ、彼女とは反対側に座るね」と言って左隣に座った。
 声を出さなかったブリジット様も、私の右に腰を下ろし、授業の準備をし始めた。

 最初のブリジット様はアーサー様を気にされて、ちらちらと横に視線を向けていた。
 途中からは彼に向けられることなく、ずっと前に立つ先生の話に耳を傾けているようだった。
 
 「ブリジット様、授業はいかがでしたか?」
 「…………普通。ただノートが追いつかなかった」
 「では、私のノートをお貸しします。どうぞお使いください」
 「…………どうも」

 事あるごとに、私はブリジット様に話しかけ続けた。
 ちょっとした話題をこっちから振ってみたり、料理のことを聞いたり。
 たとえ、ブリジット様が何も返してこなくとも、彼女に会話をしようという意思を示し続けた。

 一方、ブリジット様はアーサー様を気にされて、見えないとはいえ、終始出来る限り距離を取っていた。

 

 ★★★★★★★★



 ――――次の日。
 私はまたブリジット様のところへ向かった。
 ノックをすると、1回ノックしただけで出てくれた。
 
 「おはようございます、ブリジット様」
 「…………」
 「昨日だけとお約束はしましたが、ご気分が良ければ今日も授業を受けられないかなと思いまして……」

 ブリジット様の顔を伺いながら、誘ってみる。
 彼女の顔は表情なく、冷たい瞳だったが。

 「………あの例の魔法をかけてちょうだい。それなら行く」

 ブリジット様は抵抗することなく、一緒に教室に行ってくれた。
 しかも、その日は珍しくブリジット様から話しかけてくれてたのだが。

 「みんなから変な目で見られてるわよ、あなた」
 「変な目、ですか?」
 「ええ。見えない何かに向かって話し続けてるもんだから、あなたが“見える人”だって勘違いされているじゃない?」

 そうだったのか。
 私の意識はブリジット様に一点集中していたから、特に気にならなかったけれど………。

 「もしかして、ブリジット様は気になって勉強に集中できませんでした?」

 そう尋ねると、ブリジット様は横に首を振った。

 「私は………別に。あなたがそれでいいのなら、私も気にしないわ」



 ★★★★★★★★



 ――――ブリジット様が帰ってきて、1週間後。

 「今日は透明魔法なしで行くわ」
 
 朝、いつもようにお迎えに行くと、ブリジット様からそんなことを言われた。
 少し心配だったが、彼女が頑なに「なしで」と言うのでブリジット様の希望通りにして、教室へと向かった。

 でも、行ってみるとそこまで注目を浴びずにすんだ。
 すれ違う学生は一度はこちらを見るものの、すぐに興味をなくし、友人とのおしゃべりを再開させる。
 一部の人は注視していたけれど、教室に入ってしまえば、なんともなかった。

 ただ、誰一人として、ブリジット様に声をかける人はいない。
 友人だったらしい人は彼女の近づくことはなかった。

 以前のようにたくさんのご友人がいるわけじゃないけれど、今は私がいる。
 時間はかかるけれど、これからいろんな人と仲良くなっていけばいい。
 
 何も心配することはない。
 そう思っていた。



 ★★★★★★★★



 ブリジット様が透明人間をやめて数日後のこと。
 その日の放課後、私はブリジット様と勉強会をすることになっていた。
 しかし、急遽用事ができ、図書館近くの中庭でブリジット様に待ってもらうことにした。
 
 結構待たせてしまったわ………急いでいかないと、ブリジット様が待ちくたびれているかも。

 全速力で廊下を駆け、中庭に向かったのだが。

 「家から捨てられたんだっけー? もう誰も助けてくれる人はいねぇーよな!」
 「うわぁ~、かわいそ~」

 そんな声が中庭の隅の方から聞こえてきた。
 そこは背の高い生垣で影になっていて回廊からはあまり見えない。

 中庭に入り、生垣の裏へと回る。

 「――――え?」

 地面にうずくまるピンク髪の女生徒。
 複数の男女が彼女を取り囲んで立っていた。
 女生徒の服はほこっていて、顔には殴打された痕があった。

 うそでしょ。ブリジット様が――――――――。

 「何か言えよ! 人殺し!」

 と叫ぶ男にお腹の蹴りを入れ、「うっ」と声も漏らすブリジット様。
 その瞬間、私の中で何かがプチっと切れた。
 
 彼らに気づかれないように、背後から歩み寄り、ブリジット様を守るように結界を張る。
 そして、蹴っていた相手、見ていた人間、そこにいた全員を光の鎖で拘束した。
 
 「なぜあなたたちがブリジット様を蹴っていたんですか? ブリジット様があなたたちを襲ったから、こんなことをしたんですか? 違いますよね?」

 強く問いかけると、先ほど蹴りを入れていた男が。

 「こいつはお前を殺そうとしたんだぞ! それなのに、こいつをお友達と思ってるのかよ! 頭がおかしいんじゃないか!?」
 「…………ブリジット様は私の友人です。大切な友人です」
 「アハハ、本当にバカだな! 威張ることしかできないこんな女をお友達だなんて!」

 男の発言にムカつき、思わず鎖をきつく縛る。
 同時に、男たちは苦悶の声を漏らした。

 確かに…………昔のブリジット様は、嫌な態度を取ることがあったかもしれない。
 でも、彼女の奥底には優しい心はちゃんとあるし、絶望を知った彼女はこれからどんどん変わっていく。
 それが私には分かる。

 だから、彼女の成長の邪魔はしてほしくない。

 「これ以上、私の友人を傷つけないでください。もし、彼女と戦いたいのなら、私と戦ってから勝ってからにしてください。私はいくらでもお相手いたしますので」

 その忠告をした後、私は鎖を解き彼らを解放した。
 彼らが私の戦いを挑んでくることはなく、私はすぐさま彼女のところへ駆けつけた。

 「別に私は助けを必要となんてしていなかった………あんなことをしなくてもよかったのに………」
 「いえ、そうはいきません。ブリジット様は私の大切な友人です。暴力を振るわれていたら、見逃すことなんてできませんよ」
 「…………」

 手を貸そうとしたが、ブリジット様に「いらない」と断られる。
 彼女は痛みに耐えながら1人で立った。

 服はほこりまみれ、顔は傷だらけ。
 短い間にも、いろんな人から様々な暴力を受けたのがすぐに分かった。

 ………痛そう。これは早く治療してあげないと。

 痛みに苦しんでいたブリジット様だったが、私が治癒魔法をかけると、少し安堵したようだった。
 服も一応風魔法で綺麗にした。

 完全には綺麗にできなかったけれど…………。

 「エレシュキガル、あなたに一応言っておくわ…………ありがとう」

 ボソッと小さくそう言うブリジット様。
 
 え、うそ。
 今「ありがとう」って言ってくれた?
 あのブリジット様が、私に?

 「………………何よ。そんなじっと見て」
 「いえ、ちょっと驚いてしまって。ブリジット様ってお礼を言われる方なんだなって………」
 「失礼ね。お礼は言う時は言うわよ」

 ブリジット様はフンと鼻を鳴らし、呆れた顔を浮かべていた。
 でも、少し嬉しそうにも見える………。

 はぁとため息をつきながらも、地面に置いていた荷物を持って歩き出すブリジット様。
 髪は少しだけぼさぼさになっていたが、彼女の横顔には凛々しさがあった。

 「何立ち止まってるの。さっさといくわよ。課題が待ってるわ」
 「はい!」

 私もブリジット様を追いかけ、2人で図書館に向かった。 
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