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第1章 約束と再会編

第45話 お待ちしております

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 城下町の外れにある監獄。
 その建物の中に入ると、スカーレットさんに用事があったアーサー様と別れ、私は案内人の兵士とともにブリジット様のところへ向かった。

 地下1階分だけ階段を下り、廊下を歩いていくと、兵士が足を止めた。

 「こちらになります」

 案内されたそこは、正直言って劣悪だった。
 天井近くにある小さな窓から光が差し込んでいるが、その光は弱々しく薄暗い。
 空気はよどんで、ほこりっぽい。

 そんな牢屋に一人座り込むブリジット様は、以前とは全く違った。
 綺麗に整えられていた桃色髪はやつれ、着ているシンプルなワンピースもボロボロ。
 
 俯く彼女は、人形のように固まっていた。

 「ブリジット様、お久しぶりです。エレシュキガルです」

 その瞬間、ブリジット様の肩がピクリと動く。
 だが、彼女は顔を上げなかった。

 「お話をしに参りました」
 「………………私なんかにかまったって、時間の無駄よ。さっさと帰って」

 ぶっきらぼうに言い放つブリジット様。
 だが、その声は以前のような破棄はない。弱々しかった。

 「私はブリジット様とお話がしたいです」
 「…………」
 「………私のことが嫌いですか?」
 「ええ、もちろん」

 そ、即答………………。

 聞いた自分のせいではあるけれど、返ってきた答えがあまりにもストレートすぎて、ショックが大きい………。

 もしかしたら、返答すらしてもらえないかもしれないと思っていたのだが、意外にもブリジット様はぽつりぽつりと話し始めた。

 「………あなたのことは、憎くて憎くて仕方がない………嫌い過ぎて、今でも消えてほしいとさえ思ってる………でも、そう思ったところで、意味がない。殿下の気持ちは変わらないもの」
 「…………」
 「何日前になるか分からないけれど、ここに殿下が来てくださったの。でも、話という話はしていない。殿下が私に言ったのは『君のことは好きになれない』という一言だけ。それを言うために、わざわざ来てた」
 
 アーサー様、いつの間に………初耳だわ………………。

 「私は殿下の隣には立てない。私の思いは殿下に一生届かない。あんなに頑張ったのに……」
 「…………」
 「お父様には保釈金を出してくれないか、手紙で頼んでみたのだけれど、返信の手紙はない……」
 「…………」
 「レイルロード家を貶めるためにあんなに時間をかけて頑張ったのに、少しの失敗で見捨てられる…………私の人生って何だったのかしらね?」

 ブリジット様はきっとお父様の言う通りに生きてきたのだろう。
 だから、レイルロードの人間である私に嫌がらせをしたり、嫌ったりしていた。

 「好きな人には振り向いてもらえなくって、尽くした家には捨てられて………死んでしまいたいわ」

 消え入りそうな震える声。
 ブリジット様は随分と弱っていた。
 身体的にも、精神的にも。
 以前のような、ポジティブさや明るさの面影はみえなかった。

 「自殺はダメです。気が早すぎます」
 「……でも、何もできることがないのよ? 私には何にもないの……こんな人間はいらない」
 「ブリジット様がいらないなんてことはありません。現に私はあなたを必要しています」
 「そうは言われても、私はいてももう何も――――」
 「では、好きなことをしてみましょう」

 好きなものをしてこそ、自分の人生を輝かせる。
 アーサー様とお菓子がこの世に存在しなかったら、私の人生は明るくなかっただろう。

 すると、ブリジット様は顔を上げ、乱れた髪の隙間から瞳をのぞかせた。
 瞳が少しだけ輝きを取り戻す。興味を持ってくれたようだ。

 「家を追い出されたのであれば、ブリジット様にはもう何も縛りはないのでしょう? であれば、好きなことをし放題ではありませんか」
 「…………」
 「これはあなたの人生です。ブリジット様の好きなことは何ですか?」

 ボソッと答えてくれた。

 「………………………………料理。料理するのが好きよ………」
 
 ふむふむ。料理ね。
 ブリジット様が作る料理かぁ………………。

 目を閉じ、ブリジット様がご飯を作るところを思い浮かべる。
 なぜか、そこでふと騒動があった庭でもお茶会のお菓子を思い出した。

 「もしかして、この前出してくださったアップルパイは………ブリジット様がお作りに?」
 「あれは違う…………けれど、細かい指示は出したわ」

 あの庭で出てきた料理の味を思い出し、思わずお腹がぐっーと鳴る。
 さっき朝ご飯を食べたばかりなのに、もうお腹が空いてしまったようだ。
 恥ずかしい。

 お腹の音を聴いたであろうブリジット様も、「ハッ」と鼻で笑った。

 「よだれなんか垂らして………男子以上に食べてるのに、それでも飢えているのね」
 「す、すみません」

 気づかぬ間に、口からもよだれを垂らしてしまっていたようだ。
 いや、本当に恥ずかしい。馬車の中で軽食を食べたのにな。

 私はポケットからハンカチを取り出し、口元を拭きつつ、話を続けた。

 「私、ブリジット様のお料理食べてみたいです」
 「………そんなの一生無理よ。私はここにから出れないのだし、ここで料理してもろくなものは作れないわ」

 自分のいる場所を思い出すかのように、彼女の声は徐々に小さくなる。
 そして、また顔を俯けてしまった。

 「それは大丈夫ですよ」
 「………………大丈夫って、あなた何を言ってるの」
 「ここから出れます。大丈夫です」
 「出れるって………何を根拠に言ってるの? 私は殺人未遂でここにいるのよ? それこそ、裁判員を買収したり、保釈金を出さないと――――」
 「はい。だから、大丈夫です」

 強く言い切ると、ブリジット様はハッと顔を上げる。
 そんな彼女に、私は優しく微笑んだ。

 「保釈金はもう出しました」
 「――――は?」

 軍人として給料はいただいていた。
 だが、軍にいる間は使う機会がなく、貯めてばかり。
 学園に来てからも、お菓子を買うことはあったが、そのお金は父からのお小遣いで済んでいた。
 
 自分の貯金は一切使っていなかった。

 だから、今が使うチャンスだと思った。
 自分の夢を叶えるためには、必要な出資だと思った。

 「あなた………バカなの? 本気でバカなの?」

 ブリジット様は、信じられないとでもいうように目を見開く。

 「バカなのかもしれませんね」

 彼女の目元には酷いクマがあり、唇はひどく荒れていた。
 以前のブリジット様であれば、あいしゃどうというものを目元にキレイに塗り、リップもつけて、艶やかな唇にいていた。

 そんな彼女がかわいらしく、少しだけ憧れていた。
 自分もあんなメイクをしてみたい、と。
 
 「でも、バカでもいいです。私はブリジット様とお友達になりたいんです」
 「はぁ………なんてお花畑な頭なの………」

 友達であれば、セレナのようにメイクを教え合うことだってできるし、勉強も一緒にできる。
 彼女の料理も食べたい。絶対にいただきたい。

 「食材は買ってきますし、お金も出しますので、ぜひ美味しいご飯を作ってください。お願いします」
 「あなた、それが一番の目的でしょう?」
 「…………えへへ」

 一番ではないけれど、食べたいのは事実だわ。
 私は笑ってごまかすと、ブリジット様はふんっと鼻を鳴らして、そっぽを向いた。

 「作ったとしても、あなたになんか食べさせたくないわ」
 「え? それはつまり…………まずすぎて出せないってことですか?」
 「なっ。そ、そんなわけないでしょ! 私の料理はいつだって――――」
 「うふふ、冗談ですよ。ブリジット様のお料理は最高に美味なのは想像できます。だからこそ、いただいてみたいのです」

 今は嫌いでも憎くてもいい。
 ブリジット様と仲良くなるのは、いつかでいい。
 いつか分かり合えれば、それでいいのだわ。

 「ブリジット様」
 「何?」
 「学園に戻ったら、一緒にご飯を作って食べて、もっとお話をしましょう」
 「…………」

 その後、私は今日中には出れること、一定期間ではあるが、監視役の人が付くことをブリジット様に説明した。
 その間、彼女は信じられないような、何か裏があるのでないだろうかと私を訝しむような、顔を浮かべていた。

 「では、また学園で。お待ちしております」
 「…………」

 ブリジット様からの返事はなかった。
 でも、それでも彼女が学園に来てくれると、私は確信していた。
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