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第2章 大星祭編

第66話 迷子の少年

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 アーサー様が大逆転勝利したリレー。1年から3年までの全ての試合が終わると、いよいよ迷路脱出の時間となった。
 本番はどういった会場になるのか分からない。練習していない新規の会場の可能性もある。練習は綿密にしたけれど、心配は尽きず、先ほどまでなかった緊張が私の手を震わせていた。

 震えを止めようと祈るように両手を握りしめていると、大きな手に包み込まれた。顔を上げると、唇に柔らかな弧を描くアーサー様がいた。

「大丈夫だよ、エレちゃん。エレちゃんなら絶対勝てる、僕が保証するよ」
「………………ありがとうございます」

 アーサー様がそう言ってくれるのなら、安心だ。気づけば緊張が消えていた。

「いってらっしゃい」
「いってきます」

 温かく見送ってくれたアーサー様と別れ、私は待機室へと向かうと、魔法道具で映し出された会場の盛り上がりを知り、圧倒された。どうやら先ほどの勝負で、熾烈な戦いが繰り広げられたらしい。
 会場には設置されたカメラの映像を見ることができる。選手それぞれの状況を把握することができる。

 そのため、迷路脱出に出場選手は特に外部とのやり取りは禁止されている。事前チェックでは魔法を使用していないか確認された。
 待機室から移動し通路で待機していると、出場選手の名前が次々へと紹介されていった。

「魔法戦では見事な勝利を果たした、Aクラスエレシュキガル・レイルロード!!」

 自分の紹介がくると、会場へと踏み出し、壇上へと繋がる階段を上がる。すでに対戦相手が待っていた。
 審判やスタッフに促され、私を含む参加者選手は、舞台中央に設置された魔法石の前へ立つ。

 迷路では他の選手と遭遇することもあるため、改めて顔を確認しておく。
 クライドが所属するBクラスは快活そうな男子生徒、Cクラスは体が小さい愛らしい女生徒、そして、Dクラスは真面目そうな眼鏡男子生徒だった。
 冷静を装っているつもりなのだろうが、みな、顔が強張っていた。緊張しているのだろう。

 私は深呼吸して、目の前の魔法石に向き直る。

「では触れてください」

 ルールを再度確認し、審判の合図を受けた私たちは、魔法石に触れ、本当の会場へと向かった。

「蟋九a繧九◇――――う繧�――――」

 気のせいだろうか…………移動中に、そんな奇妙なノイズが聞こえたのは。

 

 ★★★★★★★★



 目を開けると、そこには1つの看板があった。
 1つの木の棒につけられた板に、『この部屋の状態を覚えていてください』と書かれた看板が。

 この部屋――――つまり私が移動した先の部屋は、普通の貴族の屋敷だった。
 金の糸で刺繍が施された淡い桃色のカーテンに、取っ手に精巧な銀装飾が施された縦長の窓。
 部屋の右端中央には、天蓋付きのベッドがあった。どうやらあるの者の寝室のようだ。

 正直普通な部屋だと思う。当たり障りのない、普通の貴族令嬢の部屋。
 まぁ、特に強いて言うのならば、物が多いというところだろうか。
 ベッドにはこれでもかと人形が置かれ、壁には大鏡やら絵画やらが飾られていた。廊下側の壁には机が設置され、本が積み重なって置かれている。
 ドアは入り口に一つ、風呂場へと繋がっているドアが1つ、計二つのドアがあった。
 
 今までの迷路脱出では、こう言った指向の会場はなかった。予想外の会場であり、他の選手を戸惑っていることだろう。
 まぁ、しかし、全て覚えるのは難しくはない。覚えるとドアへ向かいドアノブを回して廊下へと出た。

 「………………」

 なるほど………覚えておけというのはこういうことだったのか。
 廊下へと出たはずの私は、部屋に来ていた――――先ほどいた同じ部屋へと。
 振り返れば、あったのは浴室へ繋がるドア。すでにドアは閉じていた。

 いまいち状況は読めないので、とりあえず廊下へと繋がるドアを開き再度外へ出る。
 しかし、進んでも進んでも行く場所は同じ令嬢の部屋。
 ドアからの脱出は不可能と踏み、私は窓へと視線を移す。
 豪奢な取っ手を取り、窓を開こうとするが、びくともしない。うんともすんとも言わなかった。
 魔法で窓とドアを破壊しようとしたが、どちらも無傷。壁に穴を開けての脱出も考えたが、やはり壁も壊れない。無理やり脱出口を作るのも無理なようだ。

 ………………もしや『このループから抜けろ』いうわけなのだろうか?
 いつもとは全く違う迷路脱出だわ…………。

 では、その条件は何だろう?

 条件を探しながら、廊下側のドアから出ては、浴室へのドアから元の部屋に戻る。それを繰り返した。

 すると、最初の部屋と同じ状態で、廊下側のドアへと進むと、『第1関門看破』という看板を見つけた。
 逆に、異なる物を見つけ浴室のドアへと引き返せば、『第1関門看破』の看板を発見。

 なるほど…………どうやら間違いがなければ進み、間違いを発見し引き返せば、クリアということになるらしい。
 しかし、間違えれば『この部屋の状態を覚えておいてください』という看板がある部屋に戻った。リセットされる仕様みたいだ。

「クリア条件は分かったけれど…………あとどのくらいクリアすればいいのかしら…………」
 
 クリアをすれば、そのことを知らせてくれるが、後何回クリアすれば良いのかは提示されていない。ゴールが見えないと言うのも、気が狂いそうだ。
 しかし、間違え探し自体は面白いので、私は淡々とクリアしていった。

 そして、『第20関門看破』という看板を見つけたところで、景色はがらりと変わった。

 いつもの迷路脱出の会場へと戻っていた。
 建物の3階以上の高さはあるだろう、草木の壁が左右にあった。次は庭園風の迷路らしい。 
 風を読みつつ、時折襲ってくる魔物や植物を退治し、前へと進んだ。

 すると、見覚えのある学生軍服を身にまとった眼鏡の男子生徒を発見。
 彼は確かDクラスの子だったような…………。

 眼鏡の奥の切れ長な目を向ける彼からは、警戒心を感じた。ライバルであるから当然といえば当然だ。

「あんた、どこから来た?」
「………」

 しかし、答える気はない。答えれば、何かしらの魔法をかけられる場合もあるため、私は距離を取りながら、まだ行っていない道へと右折。

「おい! 待て!」

 呼び止める声が聞こえてくるが、私は迷わず進んだ。もしかしたら、私から情報を得ようとしているかもしれないが、ここは勝負だ。今のところは共闘する気はない。
 それに、先ほどの魔物が成り代わって私を騙しているかもしれない………まぁ、高度な魔物じゃないと姿改変なんてできないけど。

「待てって、言ってるだろッ!!」

 無視されたことに苛立ったのか叫び、こちらに走ってきた眼鏡さん。さすがに無視はまずかったかと思い、振り返ると彼の姿は液体化、黒の靄のようなものに変わり、人間の姿ではなくなっていた。

 ああ…………やっぱりか。
 予想はしていたけど、こんな所でこんな魔物に出会うとは。
 もう少し終盤で出してくるものだと思ったのだけど…………。

 私は具現化する前に、魔物となった彼の間合いに入り、強化した大杖の先で核を破壊。
 核が粉々になると、魔物の姿は黒い塵となって消えていった。
 迷路脱出の魔物の配置は、会場を管理する先生が行っている。今回の魔物も先生が考えて、置いたものだろう。

「全く…………趣味の悪い先生もいらっしゃるのね」

 小さくこぼし、警戒を高めた私はさらに先へと進んだ。



 ★★★★★★★★

 

 人間に成りすましてた魔物以来、大きなイベントはなく、ゴールには近づいていると直感的に感じていた。感じていたのだけれど………。
 
「え?」

 私は思わず存在するそれに、困惑の声が漏れ出ていた。

 もう一度確認しよう――――迷路脱出において出場選手以外の人間は、会場に入れない。不正を防ぐためであり、一般人が入った場合、危険が及ぶを防ぐためでもある。
 緊急の場合においては、例外的に教員は入ることができるが、それ以外は決してない。侵入者がいれば、即座にゲーム中止。再度別会場で試合が実施される。

 しかし、今その選手とは関係のない一般人がいた。魔物ではない。本当の一般人。
 目の前にある真っすぐな道の先で、ポツンと1人立っていた少年。

 あそこにいる子は教員じゃない。あんな小さな先生が来たなんて話聞いていない。
 となると、一般人だけど……………。

 確か移動時に、一般人を転送することがないよう、出場選手のみ移動させるよう魔法陣が組み込まれている。その魔法陣も何度も設定とメンテナンスを行っているから、魔法陣がおかしくなったということもない。

 まず一般人が入ることはない。何を間違っても入れない。侵入していれば、審判が試合を止めているはず。
 魔物特有のオーラを放ってはいない。先ほどの生徒の姿となって騙してきた魔物のような感じもしない。

 彼は何なの………………?

 離れた場所に1人立つ白髪の少年は、両手で目をこすり、しくしく泣いていた。

「………………あ」

 声をかけるべきか悩んで立ち止まっていると、少年がこちらに気づいた。彼は涙でいっぱいにした潤んだ瞳を私に向け、真っすぐに走り出し。

「うゔっ………怖かったよっ!!」
「えっ?」

 私は泣きわめく少年に抱き着かれていた。
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