婚約破棄された軍人令嬢、なぜか第2王子に溺愛される

せんぽー

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第2章 大星祭編

第68話 “おかえり”と“ようこそ”

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 ――――――――2年前。

 アーサーが隣国アルバット王国へ出向いたその帰りだった。
 前日に降った大雨のせいでか、帰路だった道が土砂崩れで通行止めとなった。
 転移スクロールも持参しておらず、アーサーたちは足止めとなった。

 突然のこととなり、足止めをくらったその町には宿泊施設はろくになく、唯一王族が泊まれそうな場所はマリアンヌの家――ダグラス伯爵家の屋敷だった。
 
 急だったにも関わらず、快く迎えてくれたダグラス伯爵夫妻とマリアンヌ。
 物心ついていないマリアンヌは、アーサーが王子とは知らず、大胆に話しかけていた。まるで兄弟に接するかのように、敬語もなく、固い雰囲気も企みもなく、ただ純粋に“見かけたい人が来た! どんな人だろう?”と語る瞳を輝かせて。

 特にすることもなく時間を持て余していたアーサーは、従者に止められかけたものの、遊び相手を純粋に欲しがったマリアンヌに付き合い、絵を描いたり、本を読んであげたりと遊びに付き合った。

 短い期間ではあったが、そのマリアンヌのことを思い出したアーサー。

 相変わらずわがままなところは変わらないマリアンヌは、「今話しはなちたい」と譲らず、アーサーは仕方なしにマリアンヌの手を引いて、第1闘技場を出た。そして、近くにあった広場のベンチで2人並んで腰を掛けた。
 彼女はまだまだ小さく、座っても足はつかない。

「アーサーちゃま! わたち、身長ちんちょう伸びたのっ! 前よりも大きくなったでちょっ!」
「うん。別人かと思うぐらいに高くなったね」
「えへへっ! そうでちょっ! あとね、わたちね、魔法も使えるようになったんだよっ! 見てみて!」

 マリアンヌは両手に桃色と白のコスモスを1つずつ咲かせた。

「へぇ、緑魔法を使えるんだね」
「うん! お花いっぱいちゃかせるようになったのっ! でも、まだまだ頑張りゅのっ! わたちもいつか学園に入学ちて、エレちゅキガル姉様みたいなちゅごい人になりゅのっ!」
「いいね。いつか僕らの結婚式で花をたくさん咲かせてくれるかい?」
「エレちゅキガル姉様との? もちりょんよっ! まかちぇてっ!」

 マリアンヌはエレシュキガルの従姉妹だ。
 マリアンヌの母とレイルロード公爵が姉弟で、顔立ちはどこか似ているような気がする。
 2年前に会った頃のマリアンヌはエレシュキガルには会ったことがなさそうだったが。

「ちょういえば、エレシュキガル姉様はどこ?」

 まだマリアンヌはエレシュキガルに会っていなかったが、試合で見たのか姿は覚えているよう。

「エレシュキガルは試合に出てるよ」
「ちょうなの………会いたかったな………」
 
 分かりやすく、しょぼんと落ち込むマリアンヌ。よほどエレシュキガルに会いたかったようだ。
 だが、すぐに笑顔に切り替わり、ぶら下げる足をブンブン揺らす。

「アーサーちゃまがちあいに出てりゅの見てたよ! しゅごかったねっ!」
「………」
「ん? アーサーちゃま?」
「………」
「どうちたの、アーサーちゃま?」

 先ほどまで明るく答えていたアーサー。しかし、彼はもう返答に答えなかった。彼に変わらず笑顔はあったが、目は笑っていなかった。少女に向けるような顔ではなかった。

「なぁ、もう茶番はよさないかい?」
「………ちゃばん? アーサーちゃまは何を言ってりゅの?」

 最初こそ、マリアンヌと思っていた。でも、違和感があった。警戒心が解けなかった。
 場所を移動したのはもし何かあった時に、一般人に危害を加えさせないため。何もない、誰もいない広場を選んだ。

「マリアンヌではないだろう? 君は誰だ?」

 そう。時のために――――。



 ★★★★★★★★



「エレシュキガルお姉さん! あれ見てっ!」

 セトが叫び指さしたその先には、ゴールの印であるダイヤモンドカットの魔法石があった。真っすぐと続く道の先で、宙に浮かんで七色の光を放っていた。
 ここに来るまで、魔物に出くわすことはあったが、道に迷うことなく、とんとん拍子で来ることができた。
 
 それもこれもセト君が教えてくれたからだろう。
 分かれ道の時は、迷いなく右か左か教えてくれた。セト君がいなければ、もう少し時間がかかっていたことだろう。

「これがゴール?」
「そうよ。これに触れたら、元の世界に戻れるの」
「へぇ、凄い装置なんだね」
「ええ、昔の偉人が発明したみたい」

 ティルダに教えてもらったことをそのままセトに話しながら、私たちは魔法石の前と辿り着いた。

「お姉さん、今までありがとう。お姉さんがいなかったら、僕迷子で帰れなかったよ」
「こちらこそ助けてくれてありがとうね」

 きっとセト君は魔法石に触れたら消える……先生が作り出したこの世界の住人だから。
 魔物が現れる時点で、先生は一般人を連れ込んでいない。もし連れ込んでいたら、苦情が来る。たとえ万全の救護班を待機させていてもだ。予期できるクレームであるのなら、さすがに先生は避けるだろう。
 でも、セト君本当に人間みたいだわ………。

「じゃあ、ゴールしましょうか」
「うん!」

 手を繋ぎ、同時に七色の星彩を放つ魔法石に触れる。触れた瞬間、私たちの体を包み込んだのは優しい光。
 隣で同じように魔法石に触れる彼を見る。
 
「――――――――えっ?」

 しかし、隣に少年の姿はなかった。その代わりに見知らぬ少女がいた。セトと同じ、絹のような白髪を持つエメラルドの瞳の少女だった。

「………………ごめん、ね、エレシュキガル……………騙しちゃって…………」

 笑顔だった。でも、その笑みはどこか悲しそうで、どこか罪を感じる虚ろな瞳で。
 少女は手を伸ばし、私に触れる。その瞬間、意識が朦朧としていく。迷路脱出クリア後に意識が朦朧とすることはない。視界は暗くなるが、失神することなどなかった。
 今の状態が異常であると確信。

「これは………貰うね………」

 だが、大杖は少女に取られて、手を伸ばすも奪い返すこともできず、少女に触れることさえできない。

『縺贋サ穂コ狗オゆコ�――――おかえり、

 視界があいまいになっていく中、聞き覚えのあるノイズとともに優しい声が聞こえて。

『ようこそ、エレシュキガル――――』

 声の主の姿を見ることなく、私の意識は消えた。



 ★★★★★★★★



 マリアンヌはまだ幼い上、滑舌が悪いらしく、サ行がうまく発せず、タ行に変わる。同様にラ行も上手く発せない。
 2年前に会った頃のマリアンヌはまだ5歳だったが、今は7歳。
 目の前にいるマリアンヌは未だサ行は苦手なようで、相変わらずサ行がタ行になっていた。

 ――――――――名前を除いて。

 2年前のマリアンヌはアーサーの名前を呼ぶ時はいつだって、『アーチャーちゃま』だった。アーサーの『サ』が『チャ』に変わるため、マリアンヌはアーサーの名前を正しくは読めない。

 まぁ、彼の名前だけ読む練習をしたと言われれば、『アーサー』と呼べる理由は理解できるかもしれない。でも、他の発音もよくなってもいいのではないだろうか。

ちゃま?」

 ああ………危うく騙されるところだった。
 彼女が自分の名前を呼ばなかったら、きっと気づけなかった。
 よく考えれば、マリアンヌが1人でここにいること自体に違和感がある。過保護な両親が、7歳の彼女を護衛もなしに送り出すはずがない。

「君は誰だ?」

 アーサーの問いに、マリアンヌの愛らしい顔は歪む。少女には決して似合わない不敵な笑みがあった。

「へぇ………王子さん、やるじゃねぇか」

 マリアンヌとは思えない荒っぽい口調。見た目こそ幼女マリアンヌだが、態度はもう別人だった。

「マリアンヌは僕の名前は言えないよ」
「………………ああ、そっか。そうだな。あの子滑舌悪いもんな。うわぁー、俺ミスったのか。うわぁー、イーに叱られるじゃん、俺」
「………………お前の名前は?」
「マリアンヌ」
「ふざけないでくれ」
「ハッ、言えるわけないだろ」

 アーサーは腰に携えていたレイピアを手に取り、マリアンヌもどきに向ける。
 しかし、マリアンヌの形をしたそいつは呑気にもひらひらと両手をあげるだけ。へらへらと砕けた笑みを浮かべていた。

「おぉおぉ、そんなことしても無駄だぞ。このマリアンヌちゃんが死ぬだけだからな」
「………」

 ………なるほど、この男はマリアンヌを乗っ取っている状態か。
 となると、マリアンヌを人質に捕られた状態。攻撃などできなかった。

「何、俺はあんたと少し話がしたくって、このマリアンヌちゃんの体を借りたってわけよ。お前が何もしないのなら、マリアンヌちゃんの命は大丈夫さ」

 マリアンヌの体に入った男は、小さな体で足を組み、覗き込むようにアーサーをまじまじと見た。

「なぁ、王子さん。最近はどうだい? 楽しいかい?」
「………」
「エレシュキガルが来てから、随分と様子が変わったらしいな。もしかして、昔から彼女に目をつけてた?」
「………エレシュキガルの名前を呼ぶな」

 アイスブルーの瞳は鋭く氷のように冷たい。人が見れば腰を抜かしてしまいそうなぐらいおっかない顔だったが、マリアンヌに入った男は笑みを崩さなかった。

「お前の瞳はいつもエレシュキガルを追って………ああ、デート中もずっと追いかけて、他の男には警戒していたもんな。まぁ、あの時はまだ婚約していなかったから、当然といえば当然か」

 まるで今まで自分たちを監視してきたかのように話す男。

「………もう一度聞く、お前の名前は? どこの刺客だ?」
「だーかーらー、教えないっつてんだろ………どうせ、あんたら今から俺たちを指名手配するだろうからな。まぁ、偽名の1つぐらいな教えてやってもいいけど……………」

「ま、教えたところで意味ないか!」とアハハッと大口で笑う。アーサーは反応しなかった。

「んおっと、もうそろそろだな。俺のお仕事は終わりで、あんたとのおしゃべりも終了だ」
「待て。話は終わってない」
「俺は終わったんだ。じゃあな、王子様」

 ベンチの上に立ち、にひっと笑って。

「あんたのフィアンセは貰ったぜ――――」

 そう言って、男の魂が消えた。同時にマリアンヌの体はふっと途端に力がなくなり、倒れそうなところをアーサーは受け止めた。何事もなかったかのように、安心した顔でマリアンヌはスヤスヤと眠っていた。

 『フィアンセを貰った』――――どういうことだ?
 まさかエレシュキガルに何か――――?

 男の一言に胸騒ぎを感じたアーサーはマリアンヌを護衛に預け、急いでAクラスの観客席へと戻る。待っていたのは真っ青な顔をしたセレナたち。先生方の席も随分と騒がしかった。
 ますます嫌な予感を抱いたアーサーは、唯一冷静そうなマナミに声をかけた。

「マナミ、何があったんだい」

 先生に依頼されて分析をしているのだろう、マナミの手には迷路脱出を構築している術式が記された紙。力が入ったのだろう、持っていた部分はくしゃくしゃになっていた。

「……………アーサー、落ち着いて聞いて」

 冷静に見えていたマナミ。だが、正面で向き合うと動揺していたと気づく。眼鏡の奥の瞳は左右に揺れていた。

「試合中に、エレシュキガルが消えたわ………」
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