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第2章 大星祭編

第70話 取引 2

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「本物のエレシュキガルなん? 偽物やないよなぁ?」

 対面に座っていたのは――――魔王軍幹部シュレイン。
 いつもの荒々しさはどこにいったのやら、淑女らしく静かに紅茶を飲んでいた。

 なんでここにシュレインがいるの?
 2人は魔王軍と繋がってるの?

 次々に疑問が浮かんでくるが、声を封印させられているため、隣の2人に聞くこともできず、私はただ見つめるだけ。

「ああ、本物さ。あんたたちも大星祭の騒動は知ってるだろ?」
「………はぁ、なるほどねぇ。あれ、あんたたちの仕業やったんかいな」

 騒動って………私が誘拐されたことかしら。
 
 ふと学園のこと、アーサー様のことが心配になった。みんなは無事だろうか。何か巻き込まれていないといいけれど………。

「それで、そのエレシュキガルをうちにくれるんやろ? ぜひちょうだいな」
「おう。じゃ、100億リィル払ってもらおっか?」
「――――あ゛ぁァ?」

 カチャンっ――――。

 シュレインに捨てられたティーカップが地面に落ち、割れる音が響く。
 笑顔の少年に対し、怒号を放つシュレインは眉間に大量の皺を寄せ、メンチを切っていた。

「あはは、当たり前だろ。こっちも魔王軍の奴隷ボランティアをやってるわけじゃないんでね」

 そう言って、少年は肩をすくめ、笑って見せる。
 そんな少年の態度に腹が立ったのか、シュレインは立ち上がり、手元の杖を少年の顔にめがけて投げた。

 まずい。彼にこのままだと当たる。
 私はとっさ動き出し、杖を掴もうと手を伸ばす。
 
 ――――――え?

 手を伸ばすも、掴んだ感覚はなし。杖が私の手をすり抜け、そのまま真っすぐ少年の頭へを一直線。

「おおっと。危ない、危ない」

 が、おどける少年に刺さることはなく、彼の体もまたすり抜けた。そして、杖は壁に当たると、パァ―ンと粉々になって消えた。

 ………………今のはどういうこと?

 シュレインとの間にある机には金装飾が施された四角い箱。中央には星型の赤の魔法石が組み込まれている。魔道具だろうか。

 また、今冷静に見てみると、目の前のシュレインの姿は映し出された映像のようで、リアルにしては少々荒っぽい。

 もしや、机の魔道具を使って、遠隔で通信しているのかしら………。

「ねぇ、今、どっちが上か分かってる?」

 隣に座る少年は足を組み、分かりやすくハァとため息をついた。

「あんたらはさ、俺たちを脅すことなんてできないんだよ。エレシュキガルを持ってるのは俺たちだし、倒そうにもこっちの場所も把握していない。どんなにここで脅そうにも、俺たちは絶対に殺せない」

 よほど悔しいのか、シュレインは穴が開きそうなほど睨みつけ、手の爪を噛んでいた。

「狐ごときが、でしゃばって………」
「ハッ、なんでもいえばいいさ、鬼ばばぁ」
「その代わり、こっちの要求する金額は上がるだけ、だよ………?」

 ボソッと呟いたイシスの言葉に、少年はコクリと頷く。

「その通り。そんなに愛しのエレシュキガルが欲しければ、黙ってとっと金を準備しな」
「お金さえあれば、エレシュキガルはあげる………」
「そうだ。金欠とか人間こっちの金は持ってないとかだったら、金になりそうなもので代用してもいいから」
「でも、偽物は持ってこないで……………イーたち、目と鼻はいいから」
「俺たちを騙そう、だなんて考えてたら、一生エレシュキガルは手に入らないぜ」

 少年とイシスは自分たちの要望を一方的に伝える。その間、シュレインは睨んだままそれでも黙っていた。いつだって嘲笑っていたあのシュレインが、悔しがるなど珍しい。

「じゃあな、いい返事をくれよな~」

 少年が爽やかな笑顔で手を振ると、プツンとシュレインの姿は消えた。
 そうして、少年とイシスは一仕事終えたかのように、机に用意していたティーカップを手に取り、一口飲む。その仕草は妙に優雅だった。

 私をオークションに借り出したかと思えば、魔王軍幹部と取引……………。

「あなたたち、一体何がしたいんですか」

 少年に手で肩を触れられて、ようやくしゃべれるようになった私は、きつく問いただしていた。

 睨みつけ尚且つ強めに言ったつもりだが、少年はへらへらと笑ってるだけ。イシスは興味なさげに一瞥すると、すぐに視線を手元に持っていた本へと戻していた。

「俺たちのしたいこと? そりゃあ、金稼ぎさ」
「お金ないと…………イーたち、生きてけない…………」

 少年は私の三つ編みをほどくと、私の髪を指にくるくると遊び始めた。
 手を振り払いたいが、手は手錠で拘束されている。のけようにもできなかった。

「だからさ、せいぜい俺たちの金づるになってくれ、エレシュキガル」

 そうして、手遊びが終わると、「一仕事終わった、終わった………俺らもきゅうけーい」と少年は被っていた帽子を外す。

「その耳…………」
「ん? 耳?」

 帽子で隠れていたそれ。それは人間にはないもの。

 少年の赤茶の髪から生えていたのは、狐のような三角の2つの耳。人間の耳は顔側面になく、上に耳があった。もしやと思い、イシスも見ると、帽子の下から少年と同じ形の白い耳が現れた。先ほどまで見えなかった尻尾まで出ている。

 ああ、モフモフしていてかわいい………ちょっとだけ触ってみたい。

 まじまじと見る私に、2人は顔を合わせた。

「そうか。エレシュキガルって、見たことがないのか」
「イーたち、獣族だから…………」

 少年はハッと息を飲む。

「あ、自己紹介するの忘れてたぜ」
「にぃ、エレシュキガルに教える必要、ある?」
「あー、ないけど………どうせエレシュキガルは俺たちの名前は漏らせない。誰も言えないんだ」
「………教える理由は言えてない。にぃがエレシュキガルに呼んでほしいだけ、だよね? ただの個人的な願望、だよね?」

 イシスが問い詰めると、少年は一時の沈黙の後「ああ、そうだ」と堂々と答えた。
 それになぜか納得したイシス。彼女は私に向き直ると、小さな声で名乗ってくれた。

「さっきも言ったけど………私、イシス。イーって呼んで」
「俺はセトだ。少しの間だけど、よろしくな」

 ああ、イシスが最初名乗っていた『セト』は少年の名前だったのか。
 髪色は随分と異なるが、瞳の色は同じエメラルド。
 イシスはセトを「にぃ」と呼んでる辺り、2人は兄妹なのだろう。

 その瞬間、私のお腹からぐぅーと音が部屋に響く。とっさに抑えようとしたが、すでに遅く、地鳴りのような豪快なお腹の音を聴かれてしまった。

 顔を上げると、案の定セトとイシスはふふっと笑みを漏らしている。

「腹減ったよな」
「エレシュキガル、4時間は何も食べてないもんね………ご飯作ってくる」
「おぅ、よろしく」

 イシスが立ち上がると、たたたっと部屋を出ていった。

「食事はエレシュキガルが来てくれたから、豪華な材料を用意してもらえたぜ」
「………それは、どうも」

 すると、セトは立ち上がり、イシスが帰ってきていないにも関わらず、なぜか部屋の鍵を閉めた。

「イシスが美味しいご飯を持ってきてくれる前に、ちょっとしたいことがあるんだ」
「………したいこと?」

 したいことって、私に何か吐かせるとかかしら。
 お金が目的なら、情報を得て魔王軍とかに売る………十分にあり得る。

 ならば、彼は私しか知らないようなことを吐かせるつもりだ。
 例えば、結界魔法について、とか。
 拷問されても、魔法をかけられても、絶対に言うもんですか。

 警戒して、私はソファから立ち上がることは難しいので、お尻を動かして何とかセトから距離を取る。

 ………ああ、この手錠邪魔だ。
 魔法も使えたら、こんな不自由なこともないのに。

「まぁ、そう警戒すんなって」

 すると、セトは何の気兼ねもなく、私をソファに押し倒す。手錠での拘束があり、尚且つ体に力が入らないよう何らかの魔法を再度かけられてしまい、抵抗などできない。 
 そのままセトにのしかかられ、本当の本当に身動きができなくなった。

「俺たちでちょっといいことしよっか?」

 エメラルドを怪しく光らせるセト。
 彼の口元は妖艶で柔らかな弧を描いていた。
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