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第2章 大星祭編
第82話 感謝と別れの言葉を
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「いやぁ、あとちょっとだったのになぁ――」
ソファに背中をあずけ、はぁと深い溜息をつく男。彼はゲームを楽しんだ後のような笑みを浮かべながら、首を手でさすっていた。
「あとちょっト? 何ガ?」
彼の向かいには、深緑の瞳を持つどこか蠱惑的な女性。大人の雰囲気を醸し出させる彼女もまた、ワイングラスを片手に、男と同じようないたずらな笑みを浮かべていた。
「あと少しでクソババアシュレインに一泡吹かせるようなことができたのになぁ、って」
「へぇ、あの子、彼女にそんなに好かれてるノ?」
「好かれている………というか、狙われているという解釈の方があっているかなぁ」
「彼女のおもちゃってこト?」
「そういうこと」
彼女の言葉にコクリと頷いた男は、両手を頭の後ろに回し、天井を仰ぐ。彼が考え込む際にする仕草だった。
「んー、どうしたら、シュレインに嫌がらせできるかなぁ」
「そんなの考え込まなくてモ、あの人が嫌がることなんて1つに決まってるじゃなイ」
「陛下を殺すなんてことはできないねぇ………俺、陛下好きだし」
男は立ち上がると、壁一面がガラスとなっているその場所へと移動。そこからはネオンの光に包まれた夜景が広がっていた。彼らがいるのは高層ビルの部屋の一角。全てが小さく見えた。
女も長い黒髪を揺らしながら、彼の横に立ち、もう1つのグラスを彼に渡す。男は受け取ると、すぐに一口飲んだ。好みだったのか、満足気な笑みを漏らしていた。
「王子の婚約者さんを使ってこの街に呼んでみたラ?」
「それも悪くないけど……あの王子もいるからなぁ、今回みたいなチャンスは作りづらいだろうなぁ」
空を見上げれば、星々が輝く夜空―――ではなく、色とりどりの灯りがある夜の街。まるで空にも地面があるかのように、逆さまの街が見えた。
「あなたのお得意の魔法、使えばいいじゃなイ」
「………ふーむ。確かにありだね」
セトたちに変化の魔法を教えたのも彼、大星祭でエレシュキガルを転移させるように仕組ませたのも彼。アタッカーとしてはほぼ無能と言っても過言ではないが、裏の仕事に関しては有能中の有能。
魔王軍幹部の中でもシュレイン以外に敵にしたくない相手として認められていた。
「陰の仕事で俺以上の天才はいないだろうね」
「自分で言われるとなんかムカつくワ」
「ありがとぉ♡」
隣の彼女に向かってウィンクする姿は茶目っ気があるが、女性は心底呆れていた。でも、これが男の普段の姿。
襟足を伸ばしている可愛い桃色の髪に、猫のような鋭さを持つ不気味な緋色の瞳。
彼の名前はクラウン――――魔王軍幹部が1人、セトとイシスを操りエレシュキガルを殺そうとした犯人、アーサーに殺されたはずの彼。
「じゃあ、いつか彼女を招待しよう―――この夜の街に」
クラウンは天へと手を伸ばす。
まるで上にいる彼女を差し伸べるかのように――――。
★★★★★★★★
セトとイシスが兄様に連れ去られて数日後。
私はアーサー様、セト、イシス、護衛とともにとある丘の上で来ていた。
「エレシュキガル、ここって」
「はい、ここから見えるのは2人の故郷です」
丘の上から遠くに見えるのは禍々しい森と魔物たちの街。ここは魔王支配域と王国が隣接する国境近く。
本当は国境まで行きたかったのだが、前線ということもあり、さすがに許可が下りなかった。
せめてと思い、セトとイシスの国があった森と魔物の街が見える丘へと2人を案内していた。魔王軍に侵略された今は彼らの土地となっており、取り戻せないまま。かつての姿はない。
「2人は恐らく陛下、妃殿下、そして国民の皆様への弔いを十分な形ではできていないと思っていました」
「…………そうだな、できていない。する暇も余裕もなかったな」
故郷を見つめながらこぼすセト。故郷を映す色の瞳は今にも涙が落ちそうだった。イシスもセトにすがって、魔物の街をじっと見つめていた。
「だから………この石碑………を?」
「はい。勝手ながら作らせていただきました………残念ながら、1人1人の墓石は作ることはできませんでしたが」
丘の上に作った慰霊碑。自分の背丈よりも大きな岩で作られたそれにはファーリーアスターの国王と妃殿下、国民たちの弔い文を掘られていた。
隣同士でかつては友好国であったグレックスラッドとファーリーアスター。しかし、グレックスラッドは自国を守ることで精一杯で、彼らを救うことができなかった。
陛下も今回の騒動とともにセトたちの事情を説明し、ファーリーアスターの犠牲者を弔う慰霊碑を立てる許可をいただきに行ったところ、二つ返事で了承してくださった。
『私が早い所作っていればよかったのにな………すまない、エレシュキガルよ。どうか立派な物を建ててくぬか』
やはり陛下にもファーリーアスターに対して思うことがあったのだろう。陛下の声から心痛を感じた。
「セト、イシス。君たちの母君と父君……ファーリーアスターの国民に渡してもらえるかい」
一緒に来てくれたアーサーはイシスとセトに3つの花束を渡す。1つはファーリーアスターの国王で2人のお父様へ、1つは自ら犠牲となり2人を逃がしてくれたお母様へ、そして、もう1つはファーリーアスターの国民へ。
花束を受け取った2人は慰霊碑の前に立ち、花を添える。一時黙ったままだったが、イシスがポツリポツリを話し始めた。
「本当は、ね、お母様とねお父様とね一緒に逃げたかった、んだ………」
「………友達も騎士も全員いいやつだった。やんちゃな俺を自由にさせてくれた。街のみんなだって俺とイシスを慕ってくれてた………」
「侍女さんもイーとたくさん遊んでくれた………」
侵略前の生活を思い出し話してくれる2人。2人の声は初めて会った時のような力強さはない。悲しみを帯びた静かな声だった。
「でも、俺たちは何にも返せないまま、みんなを見捨てたんだ………」
「………………」
セトとイシスは慰霊碑の前に座り込む。その瞬間、彼らの瞳から1つの雫が落ちた。
「俺たちがいるのは逃がしてくれた父様、母様、近衛騎士たち………本当にありがとう………おやすみ………」
「イーたちを生かしてくれてありがとう………おやすみなさ、いっ………」
嗚咽とともに涙を流す2人。顔はぐちゃぐちゃ、洪水のように涙が溢れていた。
死んだ者は死んだまま………彼らは生き返らない。
それを受け止めるのは何よりも辛いこと。
これまで、2人は泣いていなかったのだろう。
犠牲となった彼らのために泣く機会などなかったのだろう。
今、ようやく泣けたと言ってもいい。
弔いがなければ、悲しみを誤魔化して生きていくことになる。それではずっと感情の整理がつかず、彼の死に囚われたままになっていただろう。
そうはなってほしくない。
大切な人の死を悲しむのはいいけれど、過去に囚われてほしくなかった………かつての私のように。2人にだって、悲しみを吐きだしていいし、今を楽しんでいいんだと伝えたかった。
私は2人に近づき、ぎゅっと抱きしめる。
「泣いてもいいのです、あなたたちは大切な人を失いましたから………」
「…………うっ、うぅ………」
「ひっく、母様ぁ………」
2人の涙が収まるまで私は抱きしめ、頭を撫でる。その間、アーサー様は何も言わないままそっと目を閉じていた。
そうして、泣き泣いて涙が出なくなるまで泣くと、2人はようやく落ち着き、私は立ち上がった。
「ファーリーアスターはまだ滅びていません」
侵略によって人口のほとんどが死亡、生存者の中には魔王軍に捕えられ、魔物化し自我を失った人がいた。国民のほとんどがいなくなった現状は絶望的なことだろう、でも………。
「あなたたち2人がいる。国民だって、グレックスラッドに移民された方もいる。全員がいなくなったわけではありません」
ゼロになっていない―――その点においてまだ希望はある。
「私は母の仇として魔王軍、魔王を倒します。同時にあなたたちの故郷も取り戻します」
でも、それは絶対に1人でできない。1人では敵が多すぎる。
「だから――――私に協力していただけませんか」
2人は能力がある。マナミ様にも劣らない魔法技術能力があり、学習能力も高く、戦闘能力もある。イシスもセトもサポーターとしてもアタッカーとしてもどちらでもいけるだろう。
「色々ありましたし、休みが必要であったり、協力が難しそうであれば、この話はなかったことに………」
もちろん、協力してもらわなくても構わない。イシスとセトはこれまでが大変だったんだ……無理強いはしたくない。穏やかな生活を送ってもらいたい。
でも、もし手を貸してくれるのなら――――。
「取り戻す………?」
見ると、セトとイシスの瞳にはハイライトが輝いていた。まるで希望を見つけ出したような、瞳で私をじっと見つめていた。
「と、取り戻したら、どうなる、の………?」
「その時には、2人に国を治めていただくことになるでしょう」
このことはアーサー様にも陛下にも話してある。領土を戻せば、2人は国へ帰り、立て直してもらう。
立て直しの期間にもこちらも支援するし、領土を取り戻すまではグレックスラッドで暮らしていけるように面倒を見る。
しかし、正体は隠したままなので、家は王城ではなく私の実家―――レイルロード家。兄様はそこを見通して、罰を与えると言いながら2人を攫ったのだろう。
脳内フリーズ状態のセトとイシスはゆっくり目を合わせる。一言も交わさなかったが、2人は意気投合したかのように同時に頷き、立ち上がった。
「故郷を取り戻せるのなら――」
「イーたち、もちろん手伝う……よ」
手を差し伸べると、2人は私の手を取った。力強く握りしめられ、私は思わず笑みを漏らす。
「よろしくお願いいたします、セト、イシス」
「おう!」
「こちらこ、そっ!」
丘に咲いていた桃色と白のコスモス。その花弁が風に吹かれ、青い空へと飛んでいく。
穏やかで綺麗な景色にも負けないぐらいの笑顔―――手を取る2人には心の底からの笑みがそこにあった。
★★★★★★★★
「エレシュキガルのお兄さんって怖い、ね………?」
「えっ? シン兄様が怖い、ですか?」
弔いの後の帰り道。同じ馬車に揺られながら、私たち4人は帰っていた。移動時間がかなり長いので、おしゃべりを楽しんでいたのだが、突然イシスがそんなことを言ってきた。
正直、シン兄様が怖いだなんて全く想像ができない。私が軍に行く時だって、お父様が反対しえていたのに快く手続きをしてくれたし、自由にしていてもなんでも許してくれた兄様。
シン兄様が怒るなんてことは一生起きないと思っていたのだけれど………。
しかし、イシスだけでなく、セトまで大きく頷いていた。
「ああ。アーサーもやべぇやつって思っていたけど………あの人も怒らせてはダメな人なんだな。あの人、いやシンさんのあれは二度と受けたくない」
「イーも………いい子にしてる、よ………」
2人はシン兄様の罰を思い出したのか、ぶるぶると体を震わせている。そんなに怖かったのだろうか………あまりシン兄様が激怒するイメージがつかないが。
うーん。シン兄様は一体2人にどんな罰を与えたのだろう………?
「僕からも忠告しておくよ。またエレシュキガルに危害を与えるようなことをしたら、次は許したりしないからね?」
アーサー様はとっても爽やかな笑顔だが、目は全然笑っていない。それはそれで不気味だった。
すると、イシスたちは慌てふためきながらも、立ち上がるような勢いで答える。
「も、もちろん………!! そんなこと、一生しな、い! エレシュキガルが危なくなったら、イーが守、る! だいじょう、ぶ!!」
「そ、そうだ! 俺たちが身を挺して守るから! 絶対な!」
「それはよかった……また変な計画を立てているようだったら、僕は2人を帰らぬ人にするところだったよ」
「いやいや! しない! しない! あんたらに迷惑かけるようなことは二度としない!」
「そ、そうだよっ。エレシュキガ、ルも安心して、ねっ?」
「ありがとうございます………」
必死になって訴える2人は、兄様にもアーサー様にも脅されているようにも見えて、兄様が何をしたのか一層気になる私だった。
――――――
セトとイシスがシン兄様に罰を与えられる話を、閑話として第2章が終わった後に更新しようかなとか考えてます♪
また来週もよろしくお願いいたします!
ソファに背中をあずけ、はぁと深い溜息をつく男。彼はゲームを楽しんだ後のような笑みを浮かべながら、首を手でさすっていた。
「あとちょっト? 何ガ?」
彼の向かいには、深緑の瞳を持つどこか蠱惑的な女性。大人の雰囲気を醸し出させる彼女もまた、ワイングラスを片手に、男と同じようないたずらな笑みを浮かべていた。
「あと少しでクソババアシュレインに一泡吹かせるようなことができたのになぁ、って」
「へぇ、あの子、彼女にそんなに好かれてるノ?」
「好かれている………というか、狙われているという解釈の方があっているかなぁ」
「彼女のおもちゃってこト?」
「そういうこと」
彼女の言葉にコクリと頷いた男は、両手を頭の後ろに回し、天井を仰ぐ。彼が考え込む際にする仕草だった。
「んー、どうしたら、シュレインに嫌がらせできるかなぁ」
「そんなの考え込まなくてモ、あの人が嫌がることなんて1つに決まってるじゃなイ」
「陛下を殺すなんてことはできないねぇ………俺、陛下好きだし」
男は立ち上がると、壁一面がガラスとなっているその場所へと移動。そこからはネオンの光に包まれた夜景が広がっていた。彼らがいるのは高層ビルの部屋の一角。全てが小さく見えた。
女も長い黒髪を揺らしながら、彼の横に立ち、もう1つのグラスを彼に渡す。男は受け取ると、すぐに一口飲んだ。好みだったのか、満足気な笑みを漏らしていた。
「王子の婚約者さんを使ってこの街に呼んでみたラ?」
「それも悪くないけど……あの王子もいるからなぁ、今回みたいなチャンスは作りづらいだろうなぁ」
空を見上げれば、星々が輝く夜空―――ではなく、色とりどりの灯りがある夜の街。まるで空にも地面があるかのように、逆さまの街が見えた。
「あなたのお得意の魔法、使えばいいじゃなイ」
「………ふーむ。確かにありだね」
セトたちに変化の魔法を教えたのも彼、大星祭でエレシュキガルを転移させるように仕組ませたのも彼。アタッカーとしてはほぼ無能と言っても過言ではないが、裏の仕事に関しては有能中の有能。
魔王軍幹部の中でもシュレイン以外に敵にしたくない相手として認められていた。
「陰の仕事で俺以上の天才はいないだろうね」
「自分で言われるとなんかムカつくワ」
「ありがとぉ♡」
隣の彼女に向かってウィンクする姿は茶目っ気があるが、女性は心底呆れていた。でも、これが男の普段の姿。
襟足を伸ばしている可愛い桃色の髪に、猫のような鋭さを持つ不気味な緋色の瞳。
彼の名前はクラウン――――魔王軍幹部が1人、セトとイシスを操りエレシュキガルを殺そうとした犯人、アーサーに殺されたはずの彼。
「じゃあ、いつか彼女を招待しよう―――この夜の街に」
クラウンは天へと手を伸ばす。
まるで上にいる彼女を差し伸べるかのように――――。
★★★★★★★★
セトとイシスが兄様に連れ去られて数日後。
私はアーサー様、セト、イシス、護衛とともにとある丘の上で来ていた。
「エレシュキガル、ここって」
「はい、ここから見えるのは2人の故郷です」
丘の上から遠くに見えるのは禍々しい森と魔物たちの街。ここは魔王支配域と王国が隣接する国境近く。
本当は国境まで行きたかったのだが、前線ということもあり、さすがに許可が下りなかった。
せめてと思い、セトとイシスの国があった森と魔物の街が見える丘へと2人を案内していた。魔王軍に侵略された今は彼らの土地となっており、取り戻せないまま。かつての姿はない。
「2人は恐らく陛下、妃殿下、そして国民の皆様への弔いを十分な形ではできていないと思っていました」
「…………そうだな、できていない。する暇も余裕もなかったな」
故郷を見つめながらこぼすセト。故郷を映す色の瞳は今にも涙が落ちそうだった。イシスもセトにすがって、魔物の街をじっと見つめていた。
「だから………この石碑………を?」
「はい。勝手ながら作らせていただきました………残念ながら、1人1人の墓石は作ることはできませんでしたが」
丘の上に作った慰霊碑。自分の背丈よりも大きな岩で作られたそれにはファーリーアスターの国王と妃殿下、国民たちの弔い文を掘られていた。
隣同士でかつては友好国であったグレックスラッドとファーリーアスター。しかし、グレックスラッドは自国を守ることで精一杯で、彼らを救うことができなかった。
陛下も今回の騒動とともにセトたちの事情を説明し、ファーリーアスターの犠牲者を弔う慰霊碑を立てる許可をいただきに行ったところ、二つ返事で了承してくださった。
『私が早い所作っていればよかったのにな………すまない、エレシュキガルよ。どうか立派な物を建ててくぬか』
やはり陛下にもファーリーアスターに対して思うことがあったのだろう。陛下の声から心痛を感じた。
「セト、イシス。君たちの母君と父君……ファーリーアスターの国民に渡してもらえるかい」
一緒に来てくれたアーサーはイシスとセトに3つの花束を渡す。1つはファーリーアスターの国王で2人のお父様へ、1つは自ら犠牲となり2人を逃がしてくれたお母様へ、そして、もう1つはファーリーアスターの国民へ。
花束を受け取った2人は慰霊碑の前に立ち、花を添える。一時黙ったままだったが、イシスがポツリポツリを話し始めた。
「本当は、ね、お母様とねお父様とね一緒に逃げたかった、んだ………」
「………友達も騎士も全員いいやつだった。やんちゃな俺を自由にさせてくれた。街のみんなだって俺とイシスを慕ってくれてた………」
「侍女さんもイーとたくさん遊んでくれた………」
侵略前の生活を思い出し話してくれる2人。2人の声は初めて会った時のような力強さはない。悲しみを帯びた静かな声だった。
「でも、俺たちは何にも返せないまま、みんなを見捨てたんだ………」
「………………」
セトとイシスは慰霊碑の前に座り込む。その瞬間、彼らの瞳から1つの雫が落ちた。
「俺たちがいるのは逃がしてくれた父様、母様、近衛騎士たち………本当にありがとう………おやすみ………」
「イーたちを生かしてくれてありがとう………おやすみなさ、いっ………」
嗚咽とともに涙を流す2人。顔はぐちゃぐちゃ、洪水のように涙が溢れていた。
死んだ者は死んだまま………彼らは生き返らない。
それを受け止めるのは何よりも辛いこと。
これまで、2人は泣いていなかったのだろう。
犠牲となった彼らのために泣く機会などなかったのだろう。
今、ようやく泣けたと言ってもいい。
弔いがなければ、悲しみを誤魔化して生きていくことになる。それではずっと感情の整理がつかず、彼の死に囚われたままになっていただろう。
そうはなってほしくない。
大切な人の死を悲しむのはいいけれど、過去に囚われてほしくなかった………かつての私のように。2人にだって、悲しみを吐きだしていいし、今を楽しんでいいんだと伝えたかった。
私は2人に近づき、ぎゅっと抱きしめる。
「泣いてもいいのです、あなたたちは大切な人を失いましたから………」
「…………うっ、うぅ………」
「ひっく、母様ぁ………」
2人の涙が収まるまで私は抱きしめ、頭を撫でる。その間、アーサー様は何も言わないままそっと目を閉じていた。
そうして、泣き泣いて涙が出なくなるまで泣くと、2人はようやく落ち着き、私は立ち上がった。
「ファーリーアスターはまだ滅びていません」
侵略によって人口のほとんどが死亡、生存者の中には魔王軍に捕えられ、魔物化し自我を失った人がいた。国民のほとんどがいなくなった現状は絶望的なことだろう、でも………。
「あなたたち2人がいる。国民だって、グレックスラッドに移民された方もいる。全員がいなくなったわけではありません」
ゼロになっていない―――その点においてまだ希望はある。
「私は母の仇として魔王軍、魔王を倒します。同時にあなたたちの故郷も取り戻します」
でも、それは絶対に1人でできない。1人では敵が多すぎる。
「だから――――私に協力していただけませんか」
2人は能力がある。マナミ様にも劣らない魔法技術能力があり、学習能力も高く、戦闘能力もある。イシスもセトもサポーターとしてもアタッカーとしてもどちらでもいけるだろう。
「色々ありましたし、休みが必要であったり、協力が難しそうであれば、この話はなかったことに………」
もちろん、協力してもらわなくても構わない。イシスとセトはこれまでが大変だったんだ……無理強いはしたくない。穏やかな生活を送ってもらいたい。
でも、もし手を貸してくれるのなら――――。
「取り戻す………?」
見ると、セトとイシスの瞳にはハイライトが輝いていた。まるで希望を見つけ出したような、瞳で私をじっと見つめていた。
「と、取り戻したら、どうなる、の………?」
「その時には、2人に国を治めていただくことになるでしょう」
このことはアーサー様にも陛下にも話してある。領土を戻せば、2人は国へ帰り、立て直してもらう。
立て直しの期間にもこちらも支援するし、領土を取り戻すまではグレックスラッドで暮らしていけるように面倒を見る。
しかし、正体は隠したままなので、家は王城ではなく私の実家―――レイルロード家。兄様はそこを見通して、罰を与えると言いながら2人を攫ったのだろう。
脳内フリーズ状態のセトとイシスはゆっくり目を合わせる。一言も交わさなかったが、2人は意気投合したかのように同時に頷き、立ち上がった。
「故郷を取り戻せるのなら――」
「イーたち、もちろん手伝う……よ」
手を差し伸べると、2人は私の手を取った。力強く握りしめられ、私は思わず笑みを漏らす。
「よろしくお願いいたします、セト、イシス」
「おう!」
「こちらこ、そっ!」
丘に咲いていた桃色と白のコスモス。その花弁が風に吹かれ、青い空へと飛んでいく。
穏やかで綺麗な景色にも負けないぐらいの笑顔―――手を取る2人には心の底からの笑みがそこにあった。
★★★★★★★★
「エレシュキガルのお兄さんって怖い、ね………?」
「えっ? シン兄様が怖い、ですか?」
弔いの後の帰り道。同じ馬車に揺られながら、私たち4人は帰っていた。移動時間がかなり長いので、おしゃべりを楽しんでいたのだが、突然イシスがそんなことを言ってきた。
正直、シン兄様が怖いだなんて全く想像ができない。私が軍に行く時だって、お父様が反対しえていたのに快く手続きをしてくれたし、自由にしていてもなんでも許してくれた兄様。
シン兄様が怒るなんてことは一生起きないと思っていたのだけれど………。
しかし、イシスだけでなく、セトまで大きく頷いていた。
「ああ。アーサーもやべぇやつって思っていたけど………あの人も怒らせてはダメな人なんだな。あの人、いやシンさんのあれは二度と受けたくない」
「イーも………いい子にしてる、よ………」
2人はシン兄様の罰を思い出したのか、ぶるぶると体を震わせている。そんなに怖かったのだろうか………あまりシン兄様が激怒するイメージがつかないが。
うーん。シン兄様は一体2人にどんな罰を与えたのだろう………?
「僕からも忠告しておくよ。またエレシュキガルに危害を与えるようなことをしたら、次は許したりしないからね?」
アーサー様はとっても爽やかな笑顔だが、目は全然笑っていない。それはそれで不気味だった。
すると、イシスたちは慌てふためきながらも、立ち上がるような勢いで答える。
「も、もちろん………!! そんなこと、一生しな、い! エレシュキガルが危なくなったら、イーが守、る! だいじょう、ぶ!!」
「そ、そうだ! 俺たちが身を挺して守るから! 絶対な!」
「それはよかった……また変な計画を立てているようだったら、僕は2人を帰らぬ人にするところだったよ」
「いやいや! しない! しない! あんたらに迷惑かけるようなことは二度としない!」
「そ、そうだよっ。エレシュキガ、ルも安心して、ねっ?」
「ありがとうございます………」
必死になって訴える2人は、兄様にもアーサー様にも脅されているようにも見えて、兄様が何をしたのか一層気になる私だった。
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