【R18】陰陽の聖婚 Ⅳ:永遠への回帰

無憂

文字の大きさ
16 / 236
2、辺境伯の砦

騎士たちの帰還

しおりを挟む
 帝都の叛乱が収束して十日。トルフィン、ゾラ、アート、テムジンらが二百騎の聖騎士とともにソリスティアに帰還した。――恭親王の正傅ゲルは、まだ怪我が完全に癒えていないため、しばらく帝都で療養を続けるという。

 賢親王から総督府で待つゲルフィンらに真っ先に告げられたのは、十二貴嬪家以下、貴種に対する「奪服だっぷく」命令――服喪期間を強制的に終了し、出仕させる――であった。十二貴嬪家から八侯爵家の、とくに文官家の当主たちは軒並み殺害されている。その家族が服喪のために邸や領地に籠ってしまえば、国政の立て直しにも支障をきたす。ゲルフィンら家族を失った十二貴嬪家の者が喪に服さなければ、後々、批判を受ける可能性もある。国からの正式な奪服命令は、肉親の情に区切りをつけるためにも必要なのである。

 その上で、皇帝の諒闇りょうあんは一月で切り上げ――実質、叛乱中に諒闇は終了しているとされたーー叛乱以前の状態に復することを最優先に、ただ年内は派手な歌舞音曲かぶおんぎょくを伴う祝い事などは自粛するように、との通達が出ただけで、厳密な服喪は強制されないことになった。

「結局、廃太子への処断はどのようになったのだ?」

 ゲルフィンの問いに、戻ってきて早速、恭親王の書斎でメイローズの淹れた茶を飲みながら、トルフィンが答えた。

「帝都の北方にある、月神殿に押し込めですね」
「あれだけ殺してその程度なのか?」

 父も叔父も殺されているゲルフィンが、納得いかないと言う顔で片眼鏡モノクルをずり上げる。

「龍種は殺さないというのが不文律ですからね。こちらがそれに反するのは筋が通らないというのが、まず一点。それから、殺すまでもないんですよ。せいぜいあと半年か一年くらい、相当苦しい目に遭いながら、少しずつ死んでいく感じ?」

 トルフィンが肩を竦める。

「アタナシオスという、イフリート家の魔術師の〈王気〉を保つ術は、その〈王気〉を受け入れる際に非常に大きな〈キズ〉ができるんだそうです。一度その術を受けたら、〈王気〉の減退も早くなるし、永遠に〈王気〉を受け入れ続けなければならない。でももう、アタナシオスはいないし、あの人に〈王気〉を提供するような皇子もいませんので……」

 もちろん、マニ僧都の構築した魔法陣で治療すれば、その〈瑕〉を塞ぐことも可能だが、賢親王はその治療を禁じた。故にロウリンはこれから先、治療も受けられず、ただ日々〈王気〉を垂れ流し、魔力の不足による堪えがたい苦痛に苛まれて、最期の日まで生き続けるのだ。

「それでも、不満に思う人は多いでしょうね。〈王気〉を横取りされた皇子がたの中には、完全に回復するのは無理だろうって人もいらっしゃるし、下の息子二人も、命こそ取り止めましたけど、もう〈王気〉は戻らないらしくて、皇族の籍から抜けることになるそうです。でも、息子五人を皆殺しにされている賢親王殿下が、命をもってあがなわせるべきではない、と仰ったので、それ以上は誰も何も言えません」
「廉郡王殿下の処遇は?」

 ゼクトが、感情を押し殺した声でトルフィンに尋ねた。――廃太子が何事もなく位を継いでいれば、間違いなく皇太子に冊立されたはずの廉郡王は、謀叛人の息子の地位に転落した。

「グイン殿下は、うちの殿下の救出に功績があったこと、また賢親王殿下にも協力的であったこともあって、お咎めは無しになりました。もう少し帝都が落ち着いたら、征西大将軍として西方に戻るよう、命令が下る予定です」

 トルフィンの言葉に、ゼクトも、そしてゲルフィンも大きな安堵の溜息をついた。そこへ、トルフィンが唐突に爆弾を投下する。

「――あ、そうそう、帝都の大嫂ねえさんから手紙預かってきましたよ? 何と、結婚十年目にしてご懐妊ですって!」
「――なんだと! そ、そ、そんな馬鹿な!」

 妻の懐妊を知らされ、ゲルフィンは動揺のあまり思わず立ち上がる。

「いやあ、冷めきった夫婦かと思いきや、ちゃんとやることやってたんですねぇ! これでゲスト家も安泰だ!」
 
 トルフィンが面白可笑しく囃し立てるが、ゲルフィンは蒼白な顔で立ち尽くしたままだ。
 と、一同、不安になる。ゲルフィン夫婦はお世辞にもうまくいっていると言えない。ゲルフィンとその妻とは、些細な切っ掛けから数年単位で冷戦中なのである。プライドの高いゲルフィンから歩み寄るなんてあり得なくて、妻は妻で辛気臭い骨董趣味に逃げている夫に対し、かなり前から愛想を尽かしているのだが、ゲルフィンの方が絶対に離婚に同意しなかった。
 
 そういう事情を内々で知っているゾラもトルフィンも、夫の外征中に懐妊したというゲルフィンの妻に対し、まさかという疑念が沸き起こって顔が青ざめる。

「……え、もしかして、身に覚えがねぇとか、そういうオチは無しにしてくれよ……?」
「ちゃ、ちゃんとゲル兄さんの子だよね?」

 不穏なことを言い出した従弟とその友人に、ゲルフィンが慌てて叫ぶ。

「あ、当たり前だ!……身に覚えなら、ある」

 夜の方は数か月ご無沙汰だったが、西へと出発する前夜、いっそのこと離縁状を書いてくれという妻に、もうこれで死ぬかもしれないから、ゲスト家の子孫を残すためにとか、何とか理屈をこねてヤらせてもらったのだ。
 身に覚えはあるが、だからといって本当に妊娠するなんて想像もしていなくて、まさか、とゲルフィン自身が混乱してしまう。

 くしゃくしゃと、狼狽に任せて頭を掻きむしるゲルフィンに、マニ僧都が笑う。

「なんだ、アリナ殿といい、突然の懐妊続出ベビーラッシュかい。――もしかしたら、アデライードも期待できるかもしれないね?」

 少しだけ、明るい空気が総督府に戻ってきた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

無魔力の令嬢、婚約者に裏切られた瞬間、契約竜が激怒して王宮を吹き飛ばしたんですが……

タマ マコト
ファンタジー
王宮の祝賀会で、無魔力と蔑まれてきた伯爵令嬢エリーナは、王太子アレクシオンから突然「婚約破棄」を宣告される。侍女上がりの聖女セレスが“新たな妃”として選ばれ、貴族たちの嘲笑がエリーナを包む。絶望に胸が沈んだ瞬間、彼女の奥底で眠っていた“竜との契約”が目を覚まし、空から白銀竜アークヴァンが降臨。彼はエリーナの涙に激怒し、王宮を半壊させるほどの力で彼女を守る。王国は震え、エリーナは自分が竜の真の主であるという運命に巻き込まれていく。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。 国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。 悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。

処理中です...