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7、旅路
野生児シウリン
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ホーヘルミア周辺の魔物の掃討を八日で片づけ、一行は神殿を後にした。
ゾーイは地図を睨み、来た道とは異なる、女王国の東回りの道を取ることに決めた。ナキアで魔物が発生したという情報も気になるし、イフリート公爵がアルベラの行方を追っているだろう。極力、ナキアに近づくのは避けるべきだ。
「ホーヘルミアからレイジアの街へ出て、そこから東街道を北上する。レイジアまでは街道ではなく、間道を通ります。山道を行くことになるから、そのつもりで」
アルベラとシリルはホーヘルミアの滞在で少し英気を養うことができたので、元気いっぱいだ。シウリンは長い髪を神殿でランパに切ってもらい、でも気になるのか、盛んに馬の上で鏡を覗いている。
「本当にこんな髪型だったの? これでアデライードに変だとか言われない?」
「ああもう、どうせ姫様に会えるころにはまた伸びてますから!」
トルフィンにいい加減にしろと窘められ、シウリンは鏡をしまって馬腹を蹴る。ようやく馬にも慣れたが、それでも気を抜くとおいていかれてしまう。今はまだ、アルベラよりも馬術が下手だった。
ちなみに、アルベラの正体はまだシウリンには明かしていない。主君に隠し事をするというよりは、彼はアルベラの複雑な事情を理解しえないであろう、との判断からだ。だから、シウリンはアルベラを少年だと信じて疑っていない。
街道沿いでないから宿など滅多になく、野宿が中心になる。これまでは、ゾーイやゾラが食糧になる獲物を狩り、後はランパとシリルがあり合わせの材料で料理をして腹を満たしてきたが、シウリンが加わることで一行の食事が劇的に改善された。野生児シウリンは野山で食物を発見する、名人だったのだ。
まず、シウリンの得物は投石紐だ。端を左腕に巻き付けて固定し、石を挟んで頭上で振り回して投げつけ、見事に空中を飛ぶ野鳥を仕留める。その場にいた全員が、「紐を振り回すってそれかあ!」と納得した。まさかそんな能力を隠していたなんて、想像もしていなかったのだ。
そして打ち落とした野鳥を捌き、手際よく料理してしまう。彼らはこれまで、馬鹿の一つ覚えのように塩を振って焼くだけだったが、シウリンは叩いて肉団子にしてスープの具にしたり、大きな葉で包んで蒸したり、穴を掘って埋め焼きにしたりと、調理方法もバラエティに富んでいた。山に自生している山菜や香草、木の実を見つけてきて、料理に彩りを加えることもできる。
もちろん、初めはシウリンが料理をするのをゾーイもフエルも止めた。皇子に食事を作らせるなんて、とんでもないと。だが、一行の中で最も料理の手際がいいのがシウリンだと、すぐに知れる。シリルも料理は得意だが、彼は貴人に仕えるための、厨房で作る洗練された料理を習っていたので、野外では勝手が異なる。不味くはないが、出来る料理は限られていた。しかしシウリンは、知恵を絞って貪欲に食糧を得ようとするのである。
竹林を通った時、シウリンがわざわざ立ち止まって、数本、竹を切りだして持ち運ぼうとした。
「そんなものどうすんすか」
ゾラが呆れて咎めると、シウリンは当たり前のような顔で言った。
「笊の材料にちょうどいいから、これで編もうと思って」
茫然とする一行をしり目に、シウリンは適当な長さに切った竹を馬に積んでいく。夕食後の夜なべ仕事に竹を細長く裂き、鼻歌を歌いながら器用に編み始めるのであった。
「何でそんなことができるの!」
アルベラがびっくりして覗き込むが、シウリンは気にすることなく、職人のように手を動かして、あっという間に笊を編んでしまう。細かい手仕事が好きなランパだけが興味を示し、シウリンの見様見真似で竹を編み初めたので、シウリンがいろいろと助けて、ランパも不恰好ながら籠を編み終えることができた。
「ジブリールを入れる籠にちょうどいいね、もらってもいい?」
シウリンに褒められて、ランパが心なし顔を赤くしている。ランパが気をよくして二つ目の籠を編み出した横で、シウリンは細長い、不思議なヒョウタンのようなものを編んだ。
「できた!」
「それ、なんすか?」
ゾラの問いかけに、シウリンが言った。
「筌だよ。モンドリとか呼ぶ人もいるけど。これで魚を捕ろうと思って。ここから魚が入ると、もう出られないって、仕掛け」
「魚?」
「この辺りの沢にはいろいろと、いそうだからさ。もしかしたら、河を遡ってきた鮭が取れるかも」
一行は沢沿いに旅をしていたので、シウリンは野営の前に筌を仕掛けておき、夕食前に見に行くと、見事、産卵のために遡上してきた鮭がかかっていた。この一件以来、ゾーイもフエルも、もう何も言えなくなってしまった。
ゾーイは地図を睨み、来た道とは異なる、女王国の東回りの道を取ることに決めた。ナキアで魔物が発生したという情報も気になるし、イフリート公爵がアルベラの行方を追っているだろう。極力、ナキアに近づくのは避けるべきだ。
「ホーヘルミアからレイジアの街へ出て、そこから東街道を北上する。レイジアまでは街道ではなく、間道を通ります。山道を行くことになるから、そのつもりで」
アルベラとシリルはホーヘルミアの滞在で少し英気を養うことができたので、元気いっぱいだ。シウリンは長い髪を神殿でランパに切ってもらい、でも気になるのか、盛んに馬の上で鏡を覗いている。
「本当にこんな髪型だったの? これでアデライードに変だとか言われない?」
「ああもう、どうせ姫様に会えるころにはまた伸びてますから!」
トルフィンにいい加減にしろと窘められ、シウリンは鏡をしまって馬腹を蹴る。ようやく馬にも慣れたが、それでも気を抜くとおいていかれてしまう。今はまだ、アルベラよりも馬術が下手だった。
ちなみに、アルベラの正体はまだシウリンには明かしていない。主君に隠し事をするというよりは、彼はアルベラの複雑な事情を理解しえないであろう、との判断からだ。だから、シウリンはアルベラを少年だと信じて疑っていない。
街道沿いでないから宿など滅多になく、野宿が中心になる。これまでは、ゾーイやゾラが食糧になる獲物を狩り、後はランパとシリルがあり合わせの材料で料理をして腹を満たしてきたが、シウリンが加わることで一行の食事が劇的に改善された。野生児シウリンは野山で食物を発見する、名人だったのだ。
まず、シウリンの得物は投石紐だ。端を左腕に巻き付けて固定し、石を挟んで頭上で振り回して投げつけ、見事に空中を飛ぶ野鳥を仕留める。その場にいた全員が、「紐を振り回すってそれかあ!」と納得した。まさかそんな能力を隠していたなんて、想像もしていなかったのだ。
そして打ち落とした野鳥を捌き、手際よく料理してしまう。彼らはこれまで、馬鹿の一つ覚えのように塩を振って焼くだけだったが、シウリンは叩いて肉団子にしてスープの具にしたり、大きな葉で包んで蒸したり、穴を掘って埋め焼きにしたりと、調理方法もバラエティに富んでいた。山に自生している山菜や香草、木の実を見つけてきて、料理に彩りを加えることもできる。
もちろん、初めはシウリンが料理をするのをゾーイもフエルも止めた。皇子に食事を作らせるなんて、とんでもないと。だが、一行の中で最も料理の手際がいいのがシウリンだと、すぐに知れる。シリルも料理は得意だが、彼は貴人に仕えるための、厨房で作る洗練された料理を習っていたので、野外では勝手が異なる。不味くはないが、出来る料理は限られていた。しかしシウリンは、知恵を絞って貪欲に食糧を得ようとするのである。
竹林を通った時、シウリンがわざわざ立ち止まって、数本、竹を切りだして持ち運ぼうとした。
「そんなものどうすんすか」
ゾラが呆れて咎めると、シウリンは当たり前のような顔で言った。
「笊の材料にちょうどいいから、これで編もうと思って」
茫然とする一行をしり目に、シウリンは適当な長さに切った竹を馬に積んでいく。夕食後の夜なべ仕事に竹を細長く裂き、鼻歌を歌いながら器用に編み始めるのであった。
「何でそんなことができるの!」
アルベラがびっくりして覗き込むが、シウリンは気にすることなく、職人のように手を動かして、あっという間に笊を編んでしまう。細かい手仕事が好きなランパだけが興味を示し、シウリンの見様見真似で竹を編み初めたので、シウリンがいろいろと助けて、ランパも不恰好ながら籠を編み終えることができた。
「ジブリールを入れる籠にちょうどいいね、もらってもいい?」
シウリンに褒められて、ランパが心なし顔を赤くしている。ランパが気をよくして二つ目の籠を編み出した横で、シウリンは細長い、不思議なヒョウタンのようなものを編んだ。
「できた!」
「それ、なんすか?」
ゾラの問いかけに、シウリンが言った。
「筌だよ。モンドリとか呼ぶ人もいるけど。これで魚を捕ろうと思って。ここから魚が入ると、もう出られないって、仕掛け」
「魚?」
「この辺りの沢にはいろいろと、いそうだからさ。もしかしたら、河を遡ってきた鮭が取れるかも」
一行は沢沿いに旅をしていたので、シウリンは野営の前に筌を仕掛けておき、夕食前に見に行くと、見事、産卵のために遡上してきた鮭がかかっていた。この一件以来、ゾーイもフエルも、もう何も言えなくなってしまった。
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