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13、認証式
怨讐
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魔力障壁が無効化されたことで、〈黒影〉は大きな庇護を失い、聖騎士たちにしだいに駆られていく。
「おい、このままじゃあ……この役立たず、何とかしろ!」
ギュスターブが魔術師のローブの襟首を掴んでユサユサと揺さぶると、魔術師は苦しそうに呻いてその場に頽れた。そして突如ぶわっと血を吐き、さらに体中から血を噴き出してずぶずぶと溶けだしていく。
「うわっ! 唐突過ぎるスプラッター! 俺、グロ耐性は低いんだよ、勘弁してくれよ!」
ゾラが思わず、と言う風に叫び、遠目に見ていたルーラ認証官が悲鳴を上げる。無効化の魔術を解いたレグルス僧都が、額の汗を拭きながら言う。
「……魔物を身の内で飼うには、魔力が足りなかったのでしょう。その上で魔術をかけ続けたわけですから……」
ギュスターブは自ら剣を抜いて、ゾラに突きつけて言う。
「俺はイフリート公爵の嫡男にして、ユウラ女王の夫。俺をアデライードのもとに連れて行け! 俺はあいつの義父だ!」
「ふざけるな!お前を義父だなどと認めない!」
ユリウスが剣を抜いて走り込む。
「父の仇! 覚悟!」
「何を! この花花公子が!」
ガン! ギュスターブとユリウスの剣がぶつかり、火花をあげる。ユリウスの背後から襲おうとした〈黒影〉を、ゾラが素早く回り込んで斬り伏せる。
カン、キン!
ユリウスの技量もお粗末だが、ギュスターブとて似たようなものだった。ゾラならばおそらく、二合と合わせずに首筋を掻き切っていた。だがゾラは聖騎士たちに〈黒影〉を掃討させながら、自分はユリウスを襲う〈黒影〉だけを斬り、ギュスターブには手を出さなかった。
〈黒影〉が全て討ち取られても、二人はまだ斬り合っていた。
何十合と撃ち合い、軽装の革鎧が切れ、腕や太ももから血が滲んでいる。二人とも肩で息をして、脚がもつれてフラフラだ。そろそろゾラが助太刀に入ろうと構えた時、ついにユリウスの剣がギュスターブの首筋を捉えた。
噴き上がる血潮がユリウスの端麗な顔にかかる。スローモーションのようにゆっくりと、ギュスターブがその場に倒れて、仰向けに転がった。
「はあ、はあ、はあ……」
「トドメを! 最後まで油断しちゃダメだ! 息の根を止めるまで、勝負は終わらねえ!」
「そんなこと、言われ、ても……、とどめって……ど、こ……」
「心臓だ! 心臓! 左胸をブスっといくんだよ!」
ゾラに言われたが、しかしユリウスの息も完全に上がっていて、その場で膝をついてしまう。
「ああもう! これだからお坊ちゃんはよ!」
仕方なくゾラがトドメを刺そうとした時、ふわりと目の前に、黒服の小柄な人物が降り立った。黒い頭巾で頭を包んでいるが、その体格から女だとわかる。ゾラは思い出した。
「おめぇ、この前の――」
「わたしに、トドメを刺させてもらえませんか」
両膝をついたユリウスが、不思議そうに黒服の女を見上げる。
「おめぇ、姫君をお守りする暗部だろ? こんなところで――」
「あそこは魔物に憑依された魔術師ばかりで、聖別された剣を持たない、平民のわたしには出る幕がないのです。代わりに、この男を殺したい。――元・〈黒影〉の恨みを込めて」
その言葉に、ギュスターブがちらりと女を見る。
「まさか……裏切りは……できぬ、はず……」
「いちいち憶えちゃいないだろうけど、あたしは〈乙の一二八七〉。女だけで、あたしより前に千人を超える子供たちがいて、生き残ったのは十人に一人もいない。……あんたたちにとっては、あたしたちはその辺の石礫も同じ、使い捨ての武器だった」
ギュスターブが女に呼び掛ける。
「俺を助けろ! 命令だ!……こいつら、皆殺しに……」
「契約は上書きされた。もう、あんたの命令は意味がない。ずっと、あんたのことは殺してやりたいって思ってたんだ。――そこの、姫君のお兄さんに譲ってやるつもりだったけど、兄さんがやれないなら、あたしがやるさ」
女が水色の瞳をちらりとユリウスに向けると、ユリウスが無言で頷く。女が腰の剣を抜いて、高く掲げる。
「……待て、やめろっ……やめっ……」
女の振り下ろした剣が、ギュスターブの左胸を貫いた。
「おい、このままじゃあ……この役立たず、何とかしろ!」
ギュスターブが魔術師のローブの襟首を掴んでユサユサと揺さぶると、魔術師は苦しそうに呻いてその場に頽れた。そして突如ぶわっと血を吐き、さらに体中から血を噴き出してずぶずぶと溶けだしていく。
「うわっ! 唐突過ぎるスプラッター! 俺、グロ耐性は低いんだよ、勘弁してくれよ!」
ゾラが思わず、と言う風に叫び、遠目に見ていたルーラ認証官が悲鳴を上げる。無効化の魔術を解いたレグルス僧都が、額の汗を拭きながら言う。
「……魔物を身の内で飼うには、魔力が足りなかったのでしょう。その上で魔術をかけ続けたわけですから……」
ギュスターブは自ら剣を抜いて、ゾラに突きつけて言う。
「俺はイフリート公爵の嫡男にして、ユウラ女王の夫。俺をアデライードのもとに連れて行け! 俺はあいつの義父だ!」
「ふざけるな!お前を義父だなどと認めない!」
ユリウスが剣を抜いて走り込む。
「父の仇! 覚悟!」
「何を! この花花公子が!」
ガン! ギュスターブとユリウスの剣がぶつかり、火花をあげる。ユリウスの背後から襲おうとした〈黒影〉を、ゾラが素早く回り込んで斬り伏せる。
カン、キン!
ユリウスの技量もお粗末だが、ギュスターブとて似たようなものだった。ゾラならばおそらく、二合と合わせずに首筋を掻き切っていた。だがゾラは聖騎士たちに〈黒影〉を掃討させながら、自分はユリウスを襲う〈黒影〉だけを斬り、ギュスターブには手を出さなかった。
〈黒影〉が全て討ち取られても、二人はまだ斬り合っていた。
何十合と撃ち合い、軽装の革鎧が切れ、腕や太ももから血が滲んでいる。二人とも肩で息をして、脚がもつれてフラフラだ。そろそろゾラが助太刀に入ろうと構えた時、ついにユリウスの剣がギュスターブの首筋を捉えた。
噴き上がる血潮がユリウスの端麗な顔にかかる。スローモーションのようにゆっくりと、ギュスターブがその場に倒れて、仰向けに転がった。
「はあ、はあ、はあ……」
「トドメを! 最後まで油断しちゃダメだ! 息の根を止めるまで、勝負は終わらねえ!」
「そんなこと、言われ、ても……、とどめって……ど、こ……」
「心臓だ! 心臓! 左胸をブスっといくんだよ!」
ゾラに言われたが、しかしユリウスの息も完全に上がっていて、その場で膝をついてしまう。
「ああもう! これだからお坊ちゃんはよ!」
仕方なくゾラがトドメを刺そうとした時、ふわりと目の前に、黒服の小柄な人物が降り立った。黒い頭巾で頭を包んでいるが、その体格から女だとわかる。ゾラは思い出した。
「おめぇ、この前の――」
「わたしに、トドメを刺させてもらえませんか」
両膝をついたユリウスが、不思議そうに黒服の女を見上げる。
「おめぇ、姫君をお守りする暗部だろ? こんなところで――」
「あそこは魔物に憑依された魔術師ばかりで、聖別された剣を持たない、平民のわたしには出る幕がないのです。代わりに、この男を殺したい。――元・〈黒影〉の恨みを込めて」
その言葉に、ギュスターブがちらりと女を見る。
「まさか……裏切りは……できぬ、はず……」
「いちいち憶えちゃいないだろうけど、あたしは〈乙の一二八七〉。女だけで、あたしより前に千人を超える子供たちがいて、生き残ったのは十人に一人もいない。……あんたたちにとっては、あたしたちはその辺の石礫も同じ、使い捨ての武器だった」
ギュスターブが女に呼び掛ける。
「俺を助けろ! 命令だ!……こいつら、皆殺しに……」
「契約は上書きされた。もう、あんたの命令は意味がない。ずっと、あんたのことは殺してやりたいって思ってたんだ。――そこの、姫君のお兄さんに譲ってやるつもりだったけど、兄さんがやれないなら、あたしがやるさ」
女が水色の瞳をちらりとユリウスに向けると、ユリウスが無言で頷く。女が腰の剣を抜いて、高く掲げる。
「……待て、やめろっ……やめっ……」
女の振り下ろした剣が、ギュスターブの左胸を貫いた。
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