【R18】陰陽の聖婚 Ⅳ:永遠への回帰

無憂

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13、認証式

津の危機

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 バサリ、と黒い鷹が羽ばたきし、窓の外を見ている。その横で、白い子獅子も立ち上がってグルグルと警戒の音を発し始めた。

「ジブリール、どうしたの?」
 
 世話係の半陰陽だという少年が、子獅子を撫でて宥めようとするが、落ち着かないらしい。少年ごとペットたちを押し付けられた郡王は、月神殿を見渡す正門脇の塔の上で、眉をひそめる。彼もまた、首筋に警告を感知したからだ。と、遠くで微かに、呼子の笛が鳴るのに気づき、耳を澄ませる。
 
 さっきから、月神殿の内部では幾度も呼子が鳴らされている。上空から、あるいは裏手から突破されたのもすでに気づいていた。
 
 ある程度は仕方がない。湖の中の神殿だから、侵入してもらわないと撃退も不可能だ。
 どのみち、シウリンの女房が結界を修復すれば、奴らの力も大幅に削がれる。今は時間を稼ぐしかない。

 だが、今の呼子の笛はもっと遠い場所からだ。――月神殿以外にも襲撃があったのか。

「おい、坊主、ついて来い!」
 
 詒郡王がシリルに声をかけ、本部にしている塔の部屋を出て、見張り台への梯子を上る。シリルが慌てて後を追い、傅役ゲリオラが少し遅れて後に続く。若い皇子と少年はアッという間に梯子を上って行ったが、すでに中年に達しているゲリオラは梯子に手間取って、大分遅れて何とか狭い見張り台の上に上った。皇子と少年の背後から湖の方を見下ろし、絶句する。

「これは――」
 
 ナキアの城門から湖の岸へと続く道を、ゆっくりと真っ黒な何かが埋め尽くして近づいてくる。まるで、黒い水が流れるように、ゆっくりと――。

 赤いものがチラチラと光る。これは――。

「初めて見た。これが、魔物スペクターかよ」
「俺は、南の方で何度か見た。あれに触れるだけでヤバいから、囲まれちゃうと命がないよ……じゃなくて、ないです」
 
 シリルの説明に、詒郡王とゲリオラが黒い眉を顰める。
 気づけば、黒い鷹も白い子獅子も、何か言いたげに詒郡王にすり寄っている。

「今、シウリンとその女房は忙しいんだ。しばらく俺で我慢してくれ……って、何か言いたいことがあるのか?」
 
 今日は外出を控えろと街に触れを出したため、幸いにも街には人通りがなかった。だが、わたしばには守備の騎士たちがいる。実体のない魔物も斬れるはずだが、数が尋常ではない。
 
わたしばの騎士たち、あの化け物に囲まれちゃうよお!」

 シリルに指摘され、詒郡王は無言で踵を返し、梯子を使わず階下に飛び降りた。エールライヒとジブリールが獣の素早さですぐに後を追う。シリルも慌てて梯子を下り、ゲリオラが続く。

 詒郡王は控えていた騎士に伝令を発する。

「魔物が迫っている。触れるだけで命に係わる実体のない奴だ。無理をせずに退避せよ」
「は!」

 だが、詒郡王も気づいていた。わたしばの舟は、そこにいる騎士全てを乗せるには、到底足りない。

「こちら側からも舟を出し、一人でも多くの騎士を救え!」
「ですが、舟がなくなれば、神殿側から万一の際に退避できなくなります」

 詒郡王の命令を聞いたゲリオラが、主を止める。詒郡王は神殿の方を振り返る。

「お姫様の結界が先か、あの化け物が先か――。とにかく、あの数は俺たちにゃあ、手に余る」

 シウリンがここにいれば、消滅させられるだろうが、月神殿全体が戦場になっている今、最奥の認証の間から、彼を引っ張り出す時間はなかった。

 詒郡王は頭の中で、最悪の事態に備えたシミュレーションを開始した。
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