【R18】陰陽の聖婚 Ⅳ:永遠への回帰

無憂

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16、まだ見ぬ地へ

新年祭

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 陰暦を重視する女王国では、太陰暦の新年をより盛大に祝う。
 女王アデライードによって、初めての新年祭である。今年は各地に諸侯もナキアに集まり、初めての謁見が行われることになっている。

 王城が実質的に帝国の支配下に入っておよそ二か月。女王と皇帝の周辺はようやく落ち着きを取り戻した。ソリスティアに残っていたゲルの家族も、新年祭を前にナキアに移ってきた。ユーエルは昨年末にはアデライード付きの騎士へと配置換えされている。

 シウリンは皇帝になっても、ソリスティア総督の地位は手放さなかった。
 
「あそこは私の隠居所にする」

 シウリンは隙を見つけたら退位するつもりでいるらしく、その際の役職として確保しておきたいのだという。そんな勝手ができるわけないじゃないかと、エンロンなどは思うが、彼がソリスティアに愛着を感じ、いつか戻ってくるつもりであるのを嬉しく思う。――もっとも、ナキアが落ち着いたとはいえ、難民の帰還は思うように進まず、エンロンと臨時の皇帝直属官とされたゼクトが、ソリスティアでその問題の解決にあたっていた。

 王城はトルフィンの設計(そしてミハルの駄目だし)により住みやすく改装され、もとの執政長官のエリアを高官たちの官舎とした。アリナの産んだゾーイの長男フェロンは、普通の赤子の倍くらいあるのではないか、と疑われるほどの発育ぶりで、女児でなかったことを残念がるゾーイの影で、ゾラはゴリラ女が生まれなくて幸いだったと呟いていた。

 アリナはさっさと床上げして、短時間ながらアデライードの護衛に復帰した。職住接近の素晴らしさは、赤ん坊を見ながら仕事ができる点だ。というより、実のところ、一番、フェロンの側で面倒を見ているのはアデライードだったりする。

「ほんと、生まれたばっかりの赤ちゃんってこんなに小さいのね」
 
 ゆりかごで眠るフェロンを覗き込んで、うっとりと言うアデライードに、しかしミハルが即座に突っ込みを入れる。

「生後一月にもならないのに、大きすぎですわよ。普通の新生児はもっと小さいですわ!」

 横で物騒にも剣の手入れをしながら、アリナが苦笑する。

「将来、『大物』間違いなしですから」
 
 アンジェリカが実家から取り寄せた育児用品カタログをめくりながら言う。

「あ、このおんぶ紐とかどうです? これなら赤ちゃん背負って家事もラクラクって!」
 
 どれどれとアンジェリカの指さすページを覗き込み、ふむふむと検討する。

「刺客が襲ってきたときに、素早く対応できるよう、すぐに背負えるものがいいわ。背負ったままでも戦闘可能な、丈夫なものがいいんだけど」
「……まさか赤子を背負って刺客と乱闘するつもりですの?……というか、おんぶは腰が据わってからですわよ?!」
「えーじゃあ、前抱っこ用の抱っこ紐かしら。これなら首が据わる前からでも使えるって……」
 
 騒いでいる女たちに、アデライードが珍しく言った。

「アリナさん、いくら何でも、赤ちゃん背負って戦闘はダメよ。刺客が来たら、赤ちゃんを抱いてすぐに逃げてください」
「それでは姫様をお守りできません。……そうだ! 刺客が来た時は、姫様が赤ちゃんを抱いてくだされば、護衛対象が一つで済みます!」
「それは……じゃあ、わたしが抱っこ紐の使い方をマスターすればいいってこと?」

 そこへ、事務官を兼ねた護衛騎士であるユーエルが、書類をばさみを持ってやってきた。

「お取込み中申し訳ありませんが……明日からの謁見の予定表です」
 
 新年祭に先立つ三日間、全土の諸侯・領主が新女王アデライードに謁見し、所領の確認を行うことになっている。名目的なものに過ぎないが、女王としては避けて通れないものだ。

 アデライードはユーエルから渡された書類ばさみを開いて、軽く溜息をついた。
 
「毎日、朝からこんなに人に会わなければならないなんて……陛下じゃないけどソリスティアに帰りたいわ」

 だいたい十五分刻みで、びっちりと謁見予定が組まれていて、表を見ただけでウンザリしてしまう。

 三日間の謁見が終わった翌日は、新年祭の舞踏会が予定されている。――女王と執政長官によるファーストダンスで幕を開けるのが恒例なのだが――。

 これが、他のことは何でもこなしてきたシウリンが、ここにきてダンスはからっきしであることが判明した。練習をチラ見したアンジェリカが驚愕のままに報告する。

「陛下があんなにダンスが下手くそだとは、思いもよらなかったわ。何て言うの、リズム感が壊死してたわ」

 だが、それを聞いたアデライードが、夫を庇おうと口を開く。

「ダンスが下手なわけじゃないのよ。リズム感っていうより、音楽の才能が全般にないの。……拍の最初がわからないから、踊り出すことができないの。誓って、ダンスが下手なわけじゃないのよ」
「……それはダンスが下手ってこと以下でしょう。庇うつもりで思いっきり下げちゃってますよ」
「だから踊りはじめの場所がわからないから、踊ることができないだけで、ダンスが下手なのではないわ。音楽無しでステップだけなら、ちゃんとおやりになるわよ?」
「音楽無しのステップだけって、どこの前衛芸術ですか!」

 ……というわけで、ファーストダンスは取りやめになった。もちろん、表向きは皇帝たるものが人前で踊るなど、ありえない、という理由をつけたけれど。






 新年祭の前の女王への謁見は、滞りなく進んでいく。
 女王アデライードは大広間の、中央の玉座に座り、シウリンはその右隣に斜めに置かれた執政長官の椅子に座る。彼は皇帝であるから、本来ならばこの世に並ぶものなどないはずだが、ナキアの王城内においては、一応、アデライードを女王として立てている。

 時々休憩を挟みながら、ベルトコンベアーのように右から左に領主たちを謁見して、さすがにシウリンも疲れてきた。

「気分は悪くないか? この最後の組さえすめば、明日の夜の舞踏会までは、公式行事はないから――」
 
 最終日、シウリンが気遣うと、アデライードはやや青白い顔をしていたが、微笑んで頷く。

「最後の組は誰だ?」
「南方の組ですね。ルルド子爵、カルメオ伯爵、それから……珍しいですね、滅多にナキアまで来ないのですけど、ガルシア辺境伯家から、来ていますよ」

 王城の書記官が読み上げる名に、シウリンの眉が無意識に歪む。
 読み上げ官が謁見を受ける諸侯の名前を呼ぶ。盛装した諸侯と従者が一人、それが三組入ってくる。太った男と老人の組み合わせ、少年ぽい諸侯と壮年の従者、そして――亜麻色の長い髪の女と、三十がらみの男。
 
 数か月ぶりに見るミカエラは、傲然と顔をあげ、青い瞳でまっすぐにシウリンを見つめ、どこか勝ち誇ったような表情をしていた。次の瞬間、シウリンはその理由を悟る。――その腹が、明らかに妊娠の兆候を示して、膨らんでいた。
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