【R18】陰陽の聖婚 Ⅳ:永遠への回帰

無憂

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18、永遠を継ぐ者

愚かな女

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 巡礼者用の宿舎の、専用の応接室で待っていると、大きなお腹を抱えた女が現れた。亜麻色の髪に青い瞳。新年祭の謁見の時の、アデライードに対して勝ち誇るような表情はすでになく、顔色も悪く、憔悴していた。

「どうもわざわざありがとうございます。どうしても、お詫びをしたくて――」
「顔を上げてください。それからお詫びとは、何のことでしょうか」

 身を屈めるミカエラを、アリナに命じて手伝わせ、椅子に座らせる。お詫びと言われても、アデライードには、何を謝りたいのかわからない。
 
「お詫びなど必要ありません。無事なご出産だけを念じて、心安らかに日々お過ごしください」
 
 穏やかに微笑むアデライードに、ミカエラは顔をあげ、涙に潤んだ瞳でアデライードを見つめる。

「わたくし、何も存知上げずに……女王陛下が結界を修復する時、我が領地の修復のために、お腹の御子が犠牲になったなんて、知らなくて……なのにわたくしはのうのうと子供を……本当に申し訳なく……」
 
 ほんの一瞬、アデライードの金色の眉が顰められる。  
 正直なところ、失った子について、ミカエラから話題にされる方がよほど不快だった。アデライードの心が急速に冷えていく。

「……それはもう、よろしいのです。天と陰陽の導きなのでしょう」

 シウリンはアデライードの存在を理由にミカエラとの結婚を拒んだというのに、敢えて騙すように彼と関係に及んだ女。そこまでしながら夫の愛は得られず、ただ怒りだけを買った愚かな女。
 無理を押せば反発されるのは当然なのに、なぜそんな無茶をしたのか。ただその時の子は今もなお、順調に女の胎内で育っている。跡継ぎが必要だというなら、もうすぐ得られるではないか。子を失ったアデライードにいったい何を誇り、何を詫び、何を望むと言うのか。

「別に、あなたの領地のためではなく、わたしは女王として、為すべきことを為しただけです。お詫びは必要ありません。お話しがそれだけなら、わたしはそろそろ失礼しようかと――」

 話を打ち切ろうとしたアデライードに、ミカエラが縋る。
 
「その……シウリン様にとりなしていただけないでしょうか。シウリン様がお怒りで、会いに来てくださらないのは、わたくしが陛下の流産を知らなくて、陛下をご不快に思わせたせいでしょうから……わたくしはどうしても、シウリン様にお会いしたい!シウリン様とこの子について、ご相談したいのです!」

 要するにそれが目的だったのかと、アデライードは目の前の女の図々しさに、眩暈がした。子供のためになりふり構わないにしても、流産の事情を知ってなお、アデライードに縋るなんて、あまりに厚かましくないか。それともこの程度でイライラするアデライードの心が狭いのか?

 ――いやでも――。

 ミカエラが生まれてくる子の将来について、女王であるアデライードに相談したいというのであれば、西南辺境伯家の後継者であることを鑑み、十分、話を聞く用意はあった。だが――。

 ミカエラは子供について相談したいと言う。
 その橋渡しまでしてやる義理が、どうしてアデライードにあると思うのだ。

 アデライードは鬱陶しくなって溜息をついた。

「何を申し上げても、余計にお怒りになるだけだと思うわ。わたしが何か言っても、逆効果でしょう。今は、あの人も頭に血が上っていますから、聞く耳をお持ちではないかもしれません。まずは無事に御子を産みまいらせて、それから陛下と改めて話し合われては」
「でも、この子に罪はないんです! 皇帝陛下の第一皇子だというのに、こんな風に捨て置かれていることが、わたくしは畏れ多くてなりません!どうか、シウリン様におとりなしを――」

 その言葉にアデライードよりもアリナが眉を顰めた。
 黙って聞いていたメイローズが、さすがに呆れたらしく、進み出て言う。

「ミカエラ嬢。生まれてくる御子については、皇帝陛下におかれましては当初の約束通り、ガルシア辺境伯をお継がせになるおつもりです。すでに各種の手続きも遺漏なく進められており、改めて話し合いをする必要は特にございません」

 その言葉に、ミカエラが丸く膨れた腹を撫でながら言う。

「でも! この子は第一子なのですよ?! そんな……」
「帝国では出生順はさほど重視されません。すべては母のお血筋によりますので――」

 メイローズが何を今さらという表情で言い、アデライードも努めて穏やかに言う。

「陛下ご自身が、先帝の十五皇子ですもの」

 だが、ミカエラは納得できないと首を振る。

「でも! シウリン様にはまだ、他の御子はいらっしゃらない! この子だけなのに! この子はたった一夜で授かった、天と陰陽に祝福された大事な子なんです!それを辺境に追いやるなんて――」

 母親とは、子のためならば、かくも愚かになるのだろうか――。
 ミカエラの愚かさにも、それに心を乱される自分にも堪えられなくなったアデライードが、ついに立ち上がった。

「もう、失礼します。……予定の帰還時刻は過ぎていて、王城の者が心配するでしょうから」

 滅多にないことだが、長衣の裾を乱暴に翻して踵を返すアデライードを追って、アリナもまたその場を後にする。実はアリナ自身、このままミカエラに対峙していたら、暴言を吐いてしまいそうで、一刻も早くその場を去りたかった。主の子を宿しながら主に全く顧みられない同情すべき状況にあるとは言え、あまりにアデライードの神経を逆撫でする発言で、さきほどの謝罪の意味がわかっているのかと、首根っこをひっつかんでブンブン振ってしまいそうになる。

 帝国の皇子は何より嫡庶の別を重んじる。出生順など、ほとんど意味を持たない。帝国の常識を知るアリナにしてみれば、ただただ、ミカエラの発言は片腹痛かった。
 ちらりと横目に見れば、メイローズもまた珍しく、苦虫をかみつぶしたような表情をしていた。きっと文句を言いたいのを、アデライードの御前であるから我慢しているのであろう。

 いずれにせよ、不愉快な場所からは立ち去るに限る。だが、部屋の戸口でアデライードは足を止め、ミカエラを振り返った。

「王城での謁見等、ガルシア領は遠方ですから、当主であるあなたご自身の参加は免除します。無事にご出産の後、ガルシア領に戻られたら、今後はもう、ナキアまで出て来られる必要はありません。もうお会いする機会もないかもしれませんが、お元気で」

 それだけ言うと、アデライードは白金色の長い髪を靡かせ、ミカエラの部屋を後にした。
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