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18、永遠を継ぐ者
陣痛
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夏至大祭も近づくある夕刻、月神殿内の庭を散策していたミカエラは、規則的な腹の痛みを覚えて、その場で蹲る。
「――ミカエラ様?」
付き添っていたレオンが慌てて駆け寄る。
「大丈夫ですか?……部屋まで、戻れますか?」
「ええ……でも……これは……」
「すぐに人を呼んでまいります」
すでに臨月に入っているため、月神殿で産婆をしている女神官がすぐに駆け付けた。
「陣痛が始まっていますね。初産ですから、時間がかかるかもしれませんが、もし、知らせたい人がいらっしゃるなら――」
「レオン、メイローズ枢機卿に……それから、シウリン、シウリン様に――」
レオンが弾かれたように走りだし、急遽、王城のメイローズに使いを出す。でも、レオンはどこかでわかっていた。きっと、シウリンは来ないだろう。
夕焼けの湖の対岸に聳える白亜の王城。目と鼻の先にシウリンはいるが、ミカエラたちとの距離はあまりに遠い――。
知らせを聞いたメイローズはすぐに支度をして、馬車を走らせて津に向かい、夜の湖を渡し舟で渡る。ちょうど、満月の夜であった。
主には伝言を頼んできたが、おそらく無視されるだろう。元の主筋であることもあって、メイローズはミカエラにはかなり同情的ではあった。もともと、辺境伯の後継者が必要で主を婿にと望み、騙すように関係を持って身ごもった。あの〈王気〉の強さからすれば、生まれる子は待望の男児。金の龍種が辺境で育つことに不安がないわけではないが、きちんと導けば危険は減らせるはずだ。――なぜかミカエラが、今になって第一子であることに拘っているが、まさか皇位継承を要求したりはしないだろうが――。
先日の会見を思い出し、メイローズは金色の眉を顰める。
アデライードの妊娠が継続していれば、どちらが先に出産を迎えたかは微妙で、妊娠時期を考えれば、アデライードの方がわずかに早かったと思われる。それをああまで第一子を強調するのは、アデライードの傷口に塩を塗り込むようなものだ。側にいたのが冷静なアリナだったので何事もなかったが、アンジェリカやミハルのような直情型の女だったら、ただでは済まなかったかもしれない。
東では正妻の権威は絶対で、嫡出子の継承権が優先する。だが西では、同格の複数の妻の中では、出生順がある程度物を言う。もっとも、貴種の家の継承者は、貴種出身の妻の所生が優先するはずだが――そこまで考えて、メイローズはあっと思った。
父方で言えば、アデライードもまた、辺境伯の令嬢なのだ。
(いやしかし、だからと言って……あるいは、姫様は女児しか産めないと思い込んでいる?)
どのみち、第一皇子であろうがなんだろうが、ミカエラの産んだ子に帝国皇位の継承権など与えられるわけがない。
メイローズは溜息をつく。
ミカエラの取った行動は、辺境伯家のためだとすればまだ同情の余地はある。だが、子供を盾にアデライードを凌ごうという気があるのなら、それは容認できない。
あるいは、アデライードがまだ生んでいない子を産む、というのが、ミカエラの最後に残った矜持なのか。しかし、そんな矜持など、全くの無意味だ。
主はミカエラも、そしてその子をも、欠片も愛していない。ミカエラはこの後の人生の全てで、それを噛みしめることになるだろう。ミカエラにその自覚がないとすればーー。
メイローズの目に、松明に照らされた月神殿の桟橋が現れた。素早く渡し賃を支払って船を降り、月神殿の中に入る。すでに幾度も往復して勝手知ったる内部を通り抜け、ミカエラの部屋に行きつくと、妊婦はすでに産気づき、産婆の女神官や看護の女神官が右往左往していた。
「メイローズさん……シウリン様は?」
額に玉の汗を浮かべ、苦痛に呻き声をあげていたミカエラが、苦しい息の下からから問いかける。メイローズは軽く目を伏せ、言った。
「伝言は残してまいりました。私が立ち会い人になりましょう。安心して、お産みなさいまし」
襲ってきた陣痛に、ミカエラが顔を歪める。これから長い、産みの苦しみが始まる――。
「――ミカエラ様?」
付き添っていたレオンが慌てて駆け寄る。
「大丈夫ですか?……部屋まで、戻れますか?」
「ええ……でも……これは……」
「すぐに人を呼んでまいります」
すでに臨月に入っているため、月神殿で産婆をしている女神官がすぐに駆け付けた。
「陣痛が始まっていますね。初産ですから、時間がかかるかもしれませんが、もし、知らせたい人がいらっしゃるなら――」
「レオン、メイローズ枢機卿に……それから、シウリン、シウリン様に――」
レオンが弾かれたように走りだし、急遽、王城のメイローズに使いを出す。でも、レオンはどこかでわかっていた。きっと、シウリンは来ないだろう。
夕焼けの湖の対岸に聳える白亜の王城。目と鼻の先にシウリンはいるが、ミカエラたちとの距離はあまりに遠い――。
知らせを聞いたメイローズはすぐに支度をして、馬車を走らせて津に向かい、夜の湖を渡し舟で渡る。ちょうど、満月の夜であった。
主には伝言を頼んできたが、おそらく無視されるだろう。元の主筋であることもあって、メイローズはミカエラにはかなり同情的ではあった。もともと、辺境伯の後継者が必要で主を婿にと望み、騙すように関係を持って身ごもった。あの〈王気〉の強さからすれば、生まれる子は待望の男児。金の龍種が辺境で育つことに不安がないわけではないが、きちんと導けば危険は減らせるはずだ。――なぜかミカエラが、今になって第一子であることに拘っているが、まさか皇位継承を要求したりはしないだろうが――。
先日の会見を思い出し、メイローズは金色の眉を顰める。
アデライードの妊娠が継続していれば、どちらが先に出産を迎えたかは微妙で、妊娠時期を考えれば、アデライードの方がわずかに早かったと思われる。それをああまで第一子を強調するのは、アデライードの傷口に塩を塗り込むようなものだ。側にいたのが冷静なアリナだったので何事もなかったが、アンジェリカやミハルのような直情型の女だったら、ただでは済まなかったかもしれない。
東では正妻の権威は絶対で、嫡出子の継承権が優先する。だが西では、同格の複数の妻の中では、出生順がある程度物を言う。もっとも、貴種の家の継承者は、貴種出身の妻の所生が優先するはずだが――そこまで考えて、メイローズはあっと思った。
父方で言えば、アデライードもまた、辺境伯の令嬢なのだ。
(いやしかし、だからと言って……あるいは、姫様は女児しか産めないと思い込んでいる?)
どのみち、第一皇子であろうがなんだろうが、ミカエラの産んだ子に帝国皇位の継承権など与えられるわけがない。
メイローズは溜息をつく。
ミカエラの取った行動は、辺境伯家のためだとすればまだ同情の余地はある。だが、子供を盾にアデライードを凌ごうという気があるのなら、それは容認できない。
あるいは、アデライードがまだ生んでいない子を産む、というのが、ミカエラの最後に残った矜持なのか。しかし、そんな矜持など、全くの無意味だ。
主はミカエラも、そしてその子をも、欠片も愛していない。ミカエラはこの後の人生の全てで、それを噛みしめることになるだろう。ミカエラにその自覚がないとすればーー。
メイローズの目に、松明に照らされた月神殿の桟橋が現れた。素早く渡し賃を支払って船を降り、月神殿の中に入る。すでに幾度も往復して勝手知ったる内部を通り抜け、ミカエラの部屋に行きつくと、妊婦はすでに産気づき、産婆の女神官や看護の女神官が右往左往していた。
「メイローズさん……シウリン様は?」
額に玉の汗を浮かべ、苦痛に呻き声をあげていたミカエラが、苦しい息の下からから問いかける。メイローズは軽く目を伏せ、言った。
「伝言は残してまいりました。私が立ち会い人になりましょう。安心して、お産みなさいまし」
襲ってきた陣痛に、ミカエラが顔を歪める。これから長い、産みの苦しみが始まる――。
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