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17、挽回したい

宝石選び

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「……なんすか、これ?」
「大昔の三葉虫サンヨウチュウの化石だ。脚の一本一本までがここまで完璧に残っているのは滅多にない。この大きさで、しかも黒光りする色艶いろつや、躍動感あるフォルムといい、まさしく永遠を感じさせる逸品と思わんか?」
 
 今にも動き出しそうな、巨大なダンゴムシ状の化石を撫でながらウットリと目を細める恭親王を、従者二人は茫然と眺める。

「まさかそれ……お姫様に?」
「エールライヒが好きなんだぞ。虫も好きだろう?」
「鳥と虫じゃ大違いだし、つか、その虫、グロすぎ!きっしょ! まじ、きっしょ!」
「……ダメか?」
「ダメじゃない理由が思いつきません……」

 そうか、と肩を落とし、次は布張りの箱を持って来た。そちらはキラキラと虹色に輝いているが、形が微妙である。

「……それ、綺麗ですけど、形が……」
「これは、太古のアンモナイトという堅い殻を持つタコやイカの仲間の化石なのだが、ある特定の条件のもとだとこのような虹色を発する宝石になるのだ。宝石化したもので、ここまで完璧なアンモナイトの形態を残しているものは滅多になく、さらにこの大きさは貴重なものだ。生命が長い年月を経て宝石になったなんて、永遠の愛を語るのにはこれ以上ないと思うのだが」

 恭親王が得意げに語る長口上ながこうじょうに、ゾラが呆れたように言った。

「……で、それ、お姫様がどこに飾るんすよ? ペンダントにはでっか過ぎるっしょ」
「……ペンダント?」
「いくら綺麗でも、原石でもらっても困るっしょ。ふつーは何か身を飾るものに加工しないと」

 ゾラの言葉に、恭王が仰天する。

「加工? この、完璧なアンモナイトを加工? あり得ない! こんな、貴重なものを!」
「……殿下、別に貴重な化石である必要性、ないですよね? 化石から離れません?」
「そうっすよ、何で化石? ふつーの宝石はないんすか?」

 トルフィンとゾラにたしなめられ、恭親王が顎に長い指をあてて思案する。

「……私は鉱物マニアとして、さまざまな原石を蒐集しゅうしゅうしているが……」 
「今から原石加工して、お誕生日に間に合うんですか?」

 トルフィンの冷静な指摘に、恭親王ははっとしてゾラを見つめた。

「今月って! 今月のいつだ!」
「お誕生日十月の十七日っすよ!あと十日後っす!」
「何だと、何故それを早く言わない!」
「だって原石から加工とか、普通思わないっしょ! 完成品を選べばいいだけなんだから!」
「むむう! そんなありふれた品では、私のこの深い愛を表現できないではないかっ!」
「いやいや、アンモナイトとか、いらねぇし!」
「何故っ! この三億年の深い愛が理解されないのだ!」

 結局、セルフィーノを呼びつけて見繕うことになった。
 やってきたセルフィーノは、いくつかの宝石箱を並べ、さすが商人らしく、あれこれと説明を始める。

「お誕生日の贈りものとしては、やはり誕生石か、もしくは贈られる方の瞳や髪の色に合わせたもの、または贈る方の瞳の色などに近い色味のものなどが一般的でございますね」
「瞳や髪の色……」

 東の皇族も貴族たちも、基本的には皆、黒い髪に黒い瞳をしている。せいぜいが少し茶色っぽかったり、赤かったりする程度。つまり、東では相手の髪や目の色に合わせた宝石選びなど、まず考慮の外なのだ。

「ほう……では、アデライード姫の場合は、瞳の色に合わせて翡翠か……あるいは誕生石であるオパールか……」

 恭親王が感心して頷くと、セルフィーノは言う。

「あとは、どんなものを贈るか、ですね。髪飾りか、首飾りか、耳飾りか……腕輪に、指輪……ブローチ」

 あれこれと並べていくのを見て、恭親王はあるものに目を留めた。

「これは? 腕輪にしては大きい……気がするが」
「ああ、それはアンクレット……足首にするんですよ」

 繊細な金鎖に、小花を模した赤い宝石が繋がれ、一カ所だけ、小さな平ぺったい透かし彫り花飾りの翡翠がついている。

「足首……」

 恭親王は先日目にしたアデライードの白く細い足首をそれが飾る有様を想像し、一気に欲情した。

「これにする」
「決断、はやっ」
「ていうか、今、絶対、何か不埒な事を想像したでしょう!」
「うるさい黙れ」

 主従の言い争いをいつものことだと軽く無視して、セルフィーノはさらに商売上手に薦める。

「これはいいお品ですし、いつも身に着けられるデザインですけど、これ一個だけだと少し豪華さに欠けません? 仮にも総督閣下がご婚約者に贈るものとしては」
「うーん、あとは適当でいい。正直言って、いつもアデライードの本体しか見ていないから、付けている宝石とか、どうでもいい」
「本体って……」

 トルフィンが呆れて溜息をつく横で、セルフィーノは黄金できた鷹のブローチを選んだ。瞳には翡翠が埋めてある。

「鷹のエールライヒがお気に入りのようですから、これはいかがです? 肩衣を留めたりするのにも使いますから」
「おおっさすがっ! 生肉とか言い出す誰かさんと大違い!」

 ゾラの軽口を軽く聞き流して、恭親王はセルフィーノに尋ねた。

「あとは、翡翠の何かで、私が普段身に着けられるものが欲しい」
「殿下がですか?」
「そう。指輪は、あの神器のを身に着ける必要があるから、指輪以外がいいのだが……」

 セルフィーノがうーんと考え込む。

「耳に穴を開ける必要がありますが、小さな耳飾りはかがでしょう。男性が片耳だけ耳飾りするのは、『心に決めた女性がいる』という証ですからね」

 世事に疎い恭親王は目を丸くする。

「そんな風習があるのか? ゾラ、知っているか?」

 そういうのに一番詳しそうな側近を振り返れば、ゾラは呆れたように頷いた。

「そりゃ知ってますよ。ほんと、殿下方は世間に疎いっすよね」

 そういうゾラの耳は、短く刈り込まれた髪から露出しているが、どっちの耳にも何もない。

「俺の心は多すぎて、一人なんかにはとても決められないっすから。でもトルフィンはちゃんとしてるっすよ」

 ゾラの爆弾発言に、恭親王もセルフィーノもばっと顔を捩ってトルフィンを見る。トルフィンは右耳を隠すように手で押さえていた。

「何だと、初耳だぞ、トルフィン!」
「放っといてくださいよ! 俺だってもう、二十五、殿下より年上なんですから!」

 武官のゾラと異なり、文官のトルフィンは肩につくかつかないかまで、髪を伸ばしている。だから普段から耳は髪に隠れているのだ。
 恭親王の命令によってご開陳させられたそれは、小さな赤い柘榴石ガーネットであった。
 
「ふむ……私は今まで、部下の私生活について、あまりにも無関心でありすぎたかもしれん。まあ、ゾラのただれた私生活に関しては、今後とも無縁でありたいものだがな。……で、何時いつ、結婚するのだ?」
「それが……何しろ突然の超遠方勤務で……無期延期に……」
「無期延期って、限りなく破談に近くね?」

 悄然と項垂うなだれるトルフィンを見て、自分がアデライードとの結婚に浮かれている間に、部下の未来が大変なことになっている事実に、初めて気づいて恭親王は愕然がくぜんとした。

「何でもっと早く言わないんだ! どこの令嬢だ? 私からその家の父親に手紙を書いてやるから」
「すみません……こんな個人的なことで殿下にご迷惑を……」
「いや、今回のこれは私の配慮が足りなかった。何とかする」

 今までの配下たちは、勝手に相手を見つけて知らないうちに結婚していたので、恭親王はその方面の気配りをしたことがなかった。

「詫び代わりに金を出してやるから、その令嬢にもお前が何か選んで贈るといい」
「いえ、そんな……」
「うそっ、殿下ってば太っ腹! トルフィン、俺、これがいいと思うぞ!」

 勝手に品物を物色し始めたゾラを放っておいて、恭親王はセルフィーノと交渉に入る。恭親王は耳飾りにちょうどいい、小さな上質の翡翠を選んだ。

「耳飾りへの加工は簡単ですから、すぐにご準備できますよ」

 彼らは数日後、選んだ品々を抱えて海を渡った。

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