5 / 86
5、護衛騎士
しおりを挟む
その場の全員が飛び上がるほど驚いた。ようやく狒々爺の元から解放されたというのに、若い身空で修道院に入りたいなど、とんでもない話であった。
「だめよ、ジュスティーヌ、せっかく帰ってこれたのに、そんな哀しいこと言わないで」
「そうよ、しばらく王宮で楽しく過ごせば、辛気臭い気分も吹っ飛ぶわよ。ちょうどいい季節だし、野遊びに行きましょうよ。あなたが帰ってきたんだから、お茶会もいっぱい開きましょ?」
「歓迎の舞踏会を開くべきよ!ね、お父様!」
だが、姉たちの楽しい計画を聞いても、ジュスティーヌは気後れしたようにただ、黒いヴェールを被った頭を振るだけだ。
「いいえ、わたくし、そういう華やかな場所はちょっと……どうかご容赦くださいませ」
金色の睫毛を伏せて俯くジュスティーヌを見て、イザベルが気遣うように言った。
「やっと戻ってこられたのですから、しばらくお義母様やわたくしたちと、ゆっくり過ごされたらよろしいわ。城の庭園も今は花の盛りですし……そうそう、王太后様の離宮にご挨拶に伺うのはいかが? あの離宮はさぞかし薔薇が見事でございましょう」
「おばあ様の……」
ジュスティーヌがはっと顔をあげ、青い瞳を見開く。郊外の湖の畔にある離宮は、王太后の隠居所となっていた。
「そうだ、それがよい。おばあ様にご挨拶申し上げ、あちらで数日ゆっくりしてもいい。お前はあの離宮がお気に入りだっただろう」
マルスランが言い、王も頷く。
「それがよかろう。母上もそなたの帰国を心待ちにしていた。顔を見せて差し上げれば、きっとお喜びになろう」
ジュスティーヌも頷いて、近々離宮を訪問することが決まった。
そこへちょうど国王の侍従が呼びに来て、積る話の尽きない女たちをその場に残し、王と王太子は執務室に戻ることにした。
「ジュスティーヌの護衛を正式に任命しなければなりません」
マルスランの言葉に、王も頷く。
「そうだな。離宮からこちらに来る時は、誰が担当したのだ」
「私の近衛の中から、ラファエルに命じました。ジロンド伯の次男です」
名を聞いて、王はしばらく考えてから、思い出したようにうんうんと頷いた。
「例の、砦で功績をあげたが叙爵が滞っている騎士か」
「はい。引き続き彼に任せようと思います」
「問題なかろう」
王が広い執務室の、壁際の大きな机に陣取る秘書官二人に目配せすると、秘書官が立ち上がってこちらに歩みより、王の前に片膝をつく。
「王女の護衛の任命書を――」
心得た秘書官が、金の装飾の入った豪華な革の書類ばさみから、すでに準備していた書類を王の卓上に置いた。王が一読して、例の騎士の名が入っているのを確認し、羽根ペンを走らせて署名する。
「早速呼び出してくれ」
秘書官の一人が部屋を出て騎士を呼びに行き、もう一人の秘書官も席を外して、執務室は壁際に数名の衛士と小姓だけになる。周囲に人のいなくなった機会に、マルスランが言う。
「彼はまだ婚約者もいないと聞いています。ジュスティーヌと結婚させ、王都に近い領地に封爵したいのですが」
王の眉がピクリと上がる。以前から、王太子がこの騎士を高く買っているのは知っていた。
「封爵は構わないが、ジュスティーヌと結婚させる必要はあるのか?」
「第一には彼が誠実で高潔な人柄で、容姿も家柄も優れているからです。彼ならジュスティーヌを託してもいい。第二に、彼には王都に近い場所を領地として与えたい。将来、私の右腕として働いてもらいたいし、遠い辺境の領地では厄介です。だが、現状、王都周辺の直轄地を割譲して、新規の封地として与えるのは、守旧派が黙っていないでしょう。王女の婿であれば、文句も出にくいかと」
マルスランの提案に、だが王は不満そうであった。
「それはわかるが――先ほどのジュスティーヌの様子から言って、あまり結婚を急がせるべきではないのでは」
「それはそうですが、いい男はすぐに売れてしまいますよ。父上さえ賛同してくださるのなら、まず彼から約束を取り付けてしまいたいのです」
何せラファエルは評判の美男で、人柄も折り紙付きなのだ。狙っている令嬢は山ほどいるだろう。
本当に独り身なのか? 王が思わず疑問を口にする。
「あの容姿に家柄で、信じられぬのだが」
「次男で爵位を継げませんし、ちょうどいい婿入り先もなくて、騎士を志したそうです。爵位さえ得てしまえば、それこそあっという間に売れてしまうでしょう」
なるほど、と王も納得した。
「だめよ、ジュスティーヌ、せっかく帰ってこれたのに、そんな哀しいこと言わないで」
「そうよ、しばらく王宮で楽しく過ごせば、辛気臭い気分も吹っ飛ぶわよ。ちょうどいい季節だし、野遊びに行きましょうよ。あなたが帰ってきたんだから、お茶会もいっぱい開きましょ?」
「歓迎の舞踏会を開くべきよ!ね、お父様!」
だが、姉たちの楽しい計画を聞いても、ジュスティーヌは気後れしたようにただ、黒いヴェールを被った頭を振るだけだ。
「いいえ、わたくし、そういう華やかな場所はちょっと……どうかご容赦くださいませ」
金色の睫毛を伏せて俯くジュスティーヌを見て、イザベルが気遣うように言った。
「やっと戻ってこられたのですから、しばらくお義母様やわたくしたちと、ゆっくり過ごされたらよろしいわ。城の庭園も今は花の盛りですし……そうそう、王太后様の離宮にご挨拶に伺うのはいかが? あの離宮はさぞかし薔薇が見事でございましょう」
「おばあ様の……」
ジュスティーヌがはっと顔をあげ、青い瞳を見開く。郊外の湖の畔にある離宮は、王太后の隠居所となっていた。
「そうだ、それがよい。おばあ様にご挨拶申し上げ、あちらで数日ゆっくりしてもいい。お前はあの離宮がお気に入りだっただろう」
マルスランが言い、王も頷く。
「それがよかろう。母上もそなたの帰国を心待ちにしていた。顔を見せて差し上げれば、きっとお喜びになろう」
ジュスティーヌも頷いて、近々離宮を訪問することが決まった。
そこへちょうど国王の侍従が呼びに来て、積る話の尽きない女たちをその場に残し、王と王太子は執務室に戻ることにした。
「ジュスティーヌの護衛を正式に任命しなければなりません」
マルスランの言葉に、王も頷く。
「そうだな。離宮からこちらに来る時は、誰が担当したのだ」
「私の近衛の中から、ラファエルに命じました。ジロンド伯の次男です」
名を聞いて、王はしばらく考えてから、思い出したようにうんうんと頷いた。
「例の、砦で功績をあげたが叙爵が滞っている騎士か」
「はい。引き続き彼に任せようと思います」
「問題なかろう」
王が広い執務室の、壁際の大きな机に陣取る秘書官二人に目配せすると、秘書官が立ち上がってこちらに歩みより、王の前に片膝をつく。
「王女の護衛の任命書を――」
心得た秘書官が、金の装飾の入った豪華な革の書類ばさみから、すでに準備していた書類を王の卓上に置いた。王が一読して、例の騎士の名が入っているのを確認し、羽根ペンを走らせて署名する。
「早速呼び出してくれ」
秘書官の一人が部屋を出て騎士を呼びに行き、もう一人の秘書官も席を外して、執務室は壁際に数名の衛士と小姓だけになる。周囲に人のいなくなった機会に、マルスランが言う。
「彼はまだ婚約者もいないと聞いています。ジュスティーヌと結婚させ、王都に近い領地に封爵したいのですが」
王の眉がピクリと上がる。以前から、王太子がこの騎士を高く買っているのは知っていた。
「封爵は構わないが、ジュスティーヌと結婚させる必要はあるのか?」
「第一には彼が誠実で高潔な人柄で、容姿も家柄も優れているからです。彼ならジュスティーヌを託してもいい。第二に、彼には王都に近い場所を領地として与えたい。将来、私の右腕として働いてもらいたいし、遠い辺境の領地では厄介です。だが、現状、王都周辺の直轄地を割譲して、新規の封地として与えるのは、守旧派が黙っていないでしょう。王女の婿であれば、文句も出にくいかと」
マルスランの提案に、だが王は不満そうであった。
「それはわかるが――先ほどのジュスティーヌの様子から言って、あまり結婚を急がせるべきではないのでは」
「それはそうですが、いい男はすぐに売れてしまいますよ。父上さえ賛同してくださるのなら、まず彼から約束を取り付けてしまいたいのです」
何せラファエルは評判の美男で、人柄も折り紙付きなのだ。狙っている令嬢は山ほどいるだろう。
本当に独り身なのか? 王が思わず疑問を口にする。
「あの容姿に家柄で、信じられぬのだが」
「次男で爵位を継げませんし、ちょうどいい婿入り先もなくて、騎士を志したそうです。爵位さえ得てしまえば、それこそあっという間に売れてしまうでしょう」
なるほど、と王も納得した。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
1,040
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる