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26、転覆
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船頭に言われて、ラファエルも慌てて我に返るが、舟の上で自由が効かない。迂闊に動けば舟が揺れ、ひっくり返ってしまうかもしれない。何となく不穏な様子にジュスティーヌも船端を掴んで身を固くする。
「あぶねぇ、前を見ろ!」
船頭が暴走舟に向かって呼びかけるが、はしゃいだ三人は前方に舟がいることさえ気づかないらしい。船頭が必死に櫂を操って何とか直撃を避けようとするが、そのままガツンと舟をかするように衝突し、ぶつかられた方の舟が大きく揺れる。
「きゃあ!」
「姫! 舟端に掴まって!」
ぶつかった方の舟は事態が飲み込めていないのか、ぎゃあぎゃあ姦しく騒いでいて、船頭は酔って船を制御できないのか、ガツンガツン舟をぶつけるばかりで一向に離れていかない。そのたびに王女の舟は大きく揺れる上に、酔った男の方が王女の美貌に目を付けて、なんと手を伸ばしてその腕を掴んだのだ。
「ひゃあ、すげぇ別嬪だ! そんな湿気た男じゃなくて、こっちの舟に来いよ! いい遊び場所を教えてやるから!」
「やめっ……離してっ……」
「何をする、汚い手で触るな!」
まさかそんな狼藉を王女に働く者がいるとは、ラファエルも予想だにしていなくて、慌てて身を乗り出して男の腕の掴み、ねじ伏せれば、したたかに酔った男はドブンと水に落ちてしまう。
「ぎゃあ、旦那! 誰かあ!」
「きゃー! 何すんのよアンタ! 誰か―!」
向こうの舟の女が下品な金切り声をあげ、騒ぐ。その言葉遣いから、女は一見、派手に装っているけれど、けして貴族の女ではなく、男に金で買われた娼婦か何かなのだと、ラファエルはようやく気付いた。水に落ちた男は慌てふためいて、何かに縋ろうと王女の乗る船端を力いっぱい掴んだからたまらない。王女の舟も大きくバランスを崩し、船底に湖水が大量に流れ込む。
「いけねえ! 旦那、舟が沈んじまう!」
船頭が絶叫するのと、ラファエルが咄嗟にジュスティーヌを抱きかかえたまま、ざぶんと二人水に落ちるのが、ほぼ同時であった。
水に落ちる前から――正確には男に腕を掴まれた時から、ジュスティーヌは恐慌状態に陥っていて、全身を恐怖で硬直させていた。さらに装飾のついた重いドレスが水を吸い、ジュスティーヌの脚に纏わりつく。ラファエルがジュスティーヌを抱きかかえようとするのが、恐怖で我を忘れたジュスティーヌは、助けようとするラファエルの手を必死に振りほどこうと暴れるのだ。
「……姫、落ち着いてっ……」
「いやっ、触らないでっ……やめてっ……」
バシャバシャと水の中でもがき合う二人に、近寄ってきたセルジュらが手を貸そうとするが、上手くいかない。ラファエルは覚悟を決めてジュスティーヌの鳩尾に当て身を加えてジュスティーヌの意識を奪い、ぐったりとしたところを肩の上に乗せるような形で抱きかかえ、近くに浮かぶ舟まで泳ぐ。セルジュたち護衛の舟以外にも、騒ぎに驚いて救助のために近づいてきた舟がいくつかあった。
「こっちだ、乗れるか?!」
松明を掲げて呼ぶ舟があり、ラファエルが舟の傍まで泳いでいくと、松明に照らされた舟の上の男が、驚いたように言う。
「ラファエル――?」
「……その声、フィリップか――?」
「あぶねぇ、前を見ろ!」
船頭が暴走舟に向かって呼びかけるが、はしゃいだ三人は前方に舟がいることさえ気づかないらしい。船頭が必死に櫂を操って何とか直撃を避けようとするが、そのままガツンと舟をかするように衝突し、ぶつかられた方の舟が大きく揺れる。
「きゃあ!」
「姫! 舟端に掴まって!」
ぶつかった方の舟は事態が飲み込めていないのか、ぎゃあぎゃあ姦しく騒いでいて、船頭は酔って船を制御できないのか、ガツンガツン舟をぶつけるばかりで一向に離れていかない。そのたびに王女の舟は大きく揺れる上に、酔った男の方が王女の美貌に目を付けて、なんと手を伸ばしてその腕を掴んだのだ。
「ひゃあ、すげぇ別嬪だ! そんな湿気た男じゃなくて、こっちの舟に来いよ! いい遊び場所を教えてやるから!」
「やめっ……離してっ……」
「何をする、汚い手で触るな!」
まさかそんな狼藉を王女に働く者がいるとは、ラファエルも予想だにしていなくて、慌てて身を乗り出して男の腕の掴み、ねじ伏せれば、したたかに酔った男はドブンと水に落ちてしまう。
「ぎゃあ、旦那! 誰かあ!」
「きゃー! 何すんのよアンタ! 誰か―!」
向こうの舟の女が下品な金切り声をあげ、騒ぐ。その言葉遣いから、女は一見、派手に装っているけれど、けして貴族の女ではなく、男に金で買われた娼婦か何かなのだと、ラファエルはようやく気付いた。水に落ちた男は慌てふためいて、何かに縋ろうと王女の乗る船端を力いっぱい掴んだからたまらない。王女の舟も大きくバランスを崩し、船底に湖水が大量に流れ込む。
「いけねえ! 旦那、舟が沈んじまう!」
船頭が絶叫するのと、ラファエルが咄嗟にジュスティーヌを抱きかかえたまま、ざぶんと二人水に落ちるのが、ほぼ同時であった。
水に落ちる前から――正確には男に腕を掴まれた時から、ジュスティーヌは恐慌状態に陥っていて、全身を恐怖で硬直させていた。さらに装飾のついた重いドレスが水を吸い、ジュスティーヌの脚に纏わりつく。ラファエルがジュスティーヌを抱きかかえようとするのが、恐怖で我を忘れたジュスティーヌは、助けようとするラファエルの手を必死に振りほどこうと暴れるのだ。
「……姫、落ち着いてっ……」
「いやっ、触らないでっ……やめてっ……」
バシャバシャと水の中でもがき合う二人に、近寄ってきたセルジュらが手を貸そうとするが、上手くいかない。ラファエルは覚悟を決めてジュスティーヌの鳩尾に当て身を加えてジュスティーヌの意識を奪い、ぐったりとしたところを肩の上に乗せるような形で抱きかかえ、近くに浮かぶ舟まで泳ぐ。セルジュたち護衛の舟以外にも、騒ぎに驚いて救助のために近づいてきた舟がいくつかあった。
「こっちだ、乗れるか?!」
松明を掲げて呼ぶ舟があり、ラファエルが舟の傍まで泳いでいくと、松明に照らされた舟の上の男が、驚いたように言う。
「ラファエル――?」
「……その声、フィリップか――?」
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