【R18】水面に映る月影は――出戻り姫と銀の騎士

27、救助

「どうして――まさか、それはミレイユ？」
　
　なんと、舟を寄せてきたのはミレイユの異母兄のフィリップだった。まずいことになったが、背に腹は代えられないと、ラファエルはまず舟の上に自分の腰に佩いた剣を外して置いて、ジュスティーヌを引っ張り上げようとした。しかし、ドレスが水を吸って、重くて持ち上げることができない。ラファエルが舟の上の二人に叫ぶ。

「ドレスが重くて持ち上がらない。脱がして身体だけをあげるから、申し訳ないが、乾いたマントを貸してもらえないか。それで、この女性の肌が視えないようにくるんで欲しいのだ」
　
　フィリップが同乗していた女性は、幸いにも気丈で機転のきくタイプだった。フィリップのマントを受け取ると、船端に広げ持って待機する。ラファエルは短剣を抜いてジュスティーヌのドレスの背中側を切り裂き、水を吸ってずっしりと重いそれを脱がし、水底に捨てた。シュミーズだけになったジュスティーヌの背中が松明の光に照らされる。そこに縦横に走る傷跡を見て、ラファエルは一瞬、息を飲む。

　かなり薄らいではいたが、確かに残る虐待の爪痕――。

　大公への怒りで発狂しそうになるのを辛うじて堪えて、ラファエルはジュスティーヌの身体を舟縁に持ち上げた。すかさず女性がマントで彼女をくるんで、舟の中に横たえる。次にラファエルは自力で舟に乗り込んだ。フィリップは濡れそぼった女の顔を覗き込んみ、仰天する。

「……ジュスティーヌ姫！」
　
　思わず漏らすフィリップに、ラファエルが口止めする。

「フィリップ……悪いがこの件は内密に――」
「こんな騒ぎになって、そんなことが可能だと思っているのか？」

　確かに、もう周り中の舟が寄ってきて、すごい騒ぎになっていた。

「う……や、やああっ」

　意識を取り戻した姫を、フィリップの恋人が宥めるように背中をさする。

「大丈夫、もう、大丈夫ですわ、大変でしたわね、お水は飲まれたの？」
「あ……う……？　ラファエル？」
「姫様、お守りできず申し訳ございません。この責めは城に帰りましてから、必ずや贖わせていただきますが、今はしばし城まではご辛抱願います」

　しばらく茫然としていたジュスティーヌだが、少しすると状況を把握したらしい。

「申し訳ありません。ご迷惑をおかけしてしまいました」

　助けてくれたフィリップと、その恋人、そして船頭に頭を下げる。

「ラファエル、後でこの方々に十分なお礼をするように」
「は。承知いたしました」
「舟はどうなったのかしら――」

　ジュスティーヌが周囲を見回す。ちょうど、セルジュと侍女の乗る舟が近づいてきて、ラファエルに声をかけた。

「騒ぎを起こした舟の男も、船頭も、女も捕らえました。水に落ちた船頭も無事です」
「それはよかった――」
「姫君と隊長は、こちらの舟ですぐに王宮に戻りましょう」

　ラファエルが姫をマントごと抱きかかえ、慎重にセルジュの舟に移る。侍女がかいがいしく姫を介抱するに任せ、ラファエルはフィリップたちに改めて礼を言う。

「騒がせて済まなかった。マントについては、少し貸しておいてもらいたい。王宮の方から、褒賞が出ると思う。本当に助かった」
「それは構わないが――その、ミレイユはこのこと……」
「これは護衛だ。それ以上のことはない。このことはよそには吹聴しないでもらいたい」

　ラファエルはもう一度念を押すと、フィリップに別れを告げた。