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1、女王の器
女王国とその結婚制度
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東においても帝都周辺に小規模の所領を持ち、宮中に出仕する中央貴族と、地方の比較的広大な領地を経営して中央政界に距離を置く地方貴族とに分かれている。より封建領主の力の強い西では、さらに中央と地方の分化は激しいであろう。
西と東の政体の差は、さまざまの書籍を読み、マニ僧都の講義を受けて知識としては頭に入っているが、やはり実態はよくわからなかった。
「十五日のお披露目が済んだら、アデライードを連れて、レイノークス伯領に行こうと思っているのです。彼女の、里帰りも兼ねてね」
「ほう。それはいいね。殿下も西の領主の生活をよく見て来るといいよ。たぶん、東の貴族の生活とはかなり違うよ。ユリウス卿の奥方は何人だって?」
「三人だと聞いていますが……」
その、「妻」が三人というのが、すでに恭親王の理解を超えている。
「殿下だって……アデライードの前で言うのもなんだけど、以前には結婚していたんだろう?」
「まあ、一応は」
恭親王が苦虫を噛み潰したような顔で頷いた。ちらりとアデライードを見るが、アデライードは全く気にする様子もなく、相変わらず食事集中型だ。
「でも、妻は一人ですよ。側室は二人いましたがね」
「彼女たちは今……」
「妻と側室一人は死んで、もう一人はこの結婚が決まった時に、実家に返しました。子供もいなかったし、性格も合わなかったのでね」
アデライードは食事に夢中でたぶん聞いていないだろうが、あまり彼女の前でしたい話ではなかった。
「先代のレイノークス伯、ユーシス卿の奥方はユウラを入れて四人、ゼナイダ女王の夫であった私の父の妻は六人だったな。女王の夫君になるくらいの大貴族なら、まあ、そのくらいは必要になるだろうね」
マニ僧都の話に、恭親王は思わず眉を顰めた。
「先生まで、アデライードの他に妻を娶れと言うのですか?」
「私はこれまでの具体的事実を述べているだけだよ。東と西では、貴族の領地経営の方法が異なる。西の貴族は、妻が領内の仕事を分担するからね。規模が大きければ大きいほど、たくさんの妻が必要になるんだよ」
「領地経営と女房の数が関係するとか、何の冗談ですか」
しかし、マニ僧都の話を聞いていくと、どうやら冗談ではないと恭親王にもわかった。
高度な中央集権体制が確立されている東の帝国と異なり、西は封建領主の自治権が強い。つまり、東では司法権や徴税権は中央政府が握っていて、領主は一部の税を個別に取り立てる権利と、領内の特産物経営で生計を立てているのに対し、西ではその領地全体が小王国とも言うべき独立性を持ち、司法、徴税、領民の把握等、全て領主が行わねばならない。しかも、その領主以下の統治組織は原初以来の家族経営的な状態から脱しておらず、複数の妻たちがそれぞれ領内行政を分担協力して経営しているのだ。
つまり、東の正室が邸内の秩序の維持のみを行い、公的な活動はほとんど行わないのに対し、西の妻たちは領内全体の経営に協力して取り組む。ある妻は外交を、ある妻は徴税を、またある妻は農業生産物の管理、売買を、もう一人の妻が家庭内のあれこれを。それぞれ責任ある仕事を分担しているため、意外とその仲は険悪にならず、またその夫もそれぞれの妻を尊重せざるを得ない。だいたい、夫たる領主は領内の警察と裁判を担当することが多いが、例えば法律に強い妻を敢えて招いて、裁判の補助をさせる貴族もいるらしい。会計や法律に詳しい女は、それだけで結婚相手に不自由しないと言われる。
あまりの社会の違いに、恭親王は途中からくらくらと眩暈がしだした。
「意味がわかりません。何故、妻である必要があるんです? 優秀な家臣を雇えばいいではありませんか」
「女性を雇うわけにいかないだろう。妻だけじゃなくて、兄弟や親戚も団結して領内の経営に携わる。家臣は家臣で世襲の職があるし、家族でなければ大きな権限が委譲できない。女性の優秀な能力も利用でき、子供も産んでくれる。夫を独り占めしようとさえしなければ、悪い制度じゃないさ」
しかし、恭親王は泥沼の妻妾同居だったかつての地獄のような結婚生活を思い出し、ぶるぶると首を振った。だいたいが女というものは、夫を独り占めしたがるものではないか。
「……私はアデライード一人だけでいい。とりあえず、今は考えたくもない」
うんざりしたように言う恭親王を見て、マニ僧都はくすぐったそうな顔をした。
西と東の政体の差は、さまざまの書籍を読み、マニ僧都の講義を受けて知識としては頭に入っているが、やはり実態はよくわからなかった。
「十五日のお披露目が済んだら、アデライードを連れて、レイノークス伯領に行こうと思っているのです。彼女の、里帰りも兼ねてね」
「ほう。それはいいね。殿下も西の領主の生活をよく見て来るといいよ。たぶん、東の貴族の生活とはかなり違うよ。ユリウス卿の奥方は何人だって?」
「三人だと聞いていますが……」
その、「妻」が三人というのが、すでに恭親王の理解を超えている。
「殿下だって……アデライードの前で言うのもなんだけど、以前には結婚していたんだろう?」
「まあ、一応は」
恭親王が苦虫を噛み潰したような顔で頷いた。ちらりとアデライードを見るが、アデライードは全く気にする様子もなく、相変わらず食事集中型だ。
「でも、妻は一人ですよ。側室は二人いましたがね」
「彼女たちは今……」
「妻と側室一人は死んで、もう一人はこの結婚が決まった時に、実家に返しました。子供もいなかったし、性格も合わなかったのでね」
アデライードは食事に夢中でたぶん聞いていないだろうが、あまり彼女の前でしたい話ではなかった。
「先代のレイノークス伯、ユーシス卿の奥方はユウラを入れて四人、ゼナイダ女王の夫であった私の父の妻は六人だったな。女王の夫君になるくらいの大貴族なら、まあ、そのくらいは必要になるだろうね」
マニ僧都の話に、恭親王は思わず眉を顰めた。
「先生まで、アデライードの他に妻を娶れと言うのですか?」
「私はこれまでの具体的事実を述べているだけだよ。東と西では、貴族の領地経営の方法が異なる。西の貴族は、妻が領内の仕事を分担するからね。規模が大きければ大きいほど、たくさんの妻が必要になるんだよ」
「領地経営と女房の数が関係するとか、何の冗談ですか」
しかし、マニ僧都の話を聞いていくと、どうやら冗談ではないと恭親王にもわかった。
高度な中央集権体制が確立されている東の帝国と異なり、西は封建領主の自治権が強い。つまり、東では司法権や徴税権は中央政府が握っていて、領主は一部の税を個別に取り立てる権利と、領内の特産物経営で生計を立てているのに対し、西ではその領地全体が小王国とも言うべき独立性を持ち、司法、徴税、領民の把握等、全て領主が行わねばならない。しかも、その領主以下の統治組織は原初以来の家族経営的な状態から脱しておらず、複数の妻たちがそれぞれ領内行政を分担協力して経営しているのだ。
つまり、東の正室が邸内の秩序の維持のみを行い、公的な活動はほとんど行わないのに対し、西の妻たちは領内全体の経営に協力して取り組む。ある妻は外交を、ある妻は徴税を、またある妻は農業生産物の管理、売買を、もう一人の妻が家庭内のあれこれを。それぞれ責任ある仕事を分担しているため、意外とその仲は険悪にならず、またその夫もそれぞれの妻を尊重せざるを得ない。だいたい、夫たる領主は領内の警察と裁判を担当することが多いが、例えば法律に強い妻を敢えて招いて、裁判の補助をさせる貴族もいるらしい。会計や法律に詳しい女は、それだけで結婚相手に不自由しないと言われる。
あまりの社会の違いに、恭親王は途中からくらくらと眩暈がしだした。
「意味がわかりません。何故、妻である必要があるんです? 優秀な家臣を雇えばいいではありませんか」
「女性を雇うわけにいかないだろう。妻だけじゃなくて、兄弟や親戚も団結して領内の経営に携わる。家臣は家臣で世襲の職があるし、家族でなければ大きな権限が委譲できない。女性の優秀な能力も利用でき、子供も産んでくれる。夫を独り占めしようとさえしなければ、悪い制度じゃないさ」
しかし、恭親王は泥沼の妻妾同居だったかつての地獄のような結婚生活を思い出し、ぶるぶると首を振った。だいたいが女というものは、夫を独り占めしたがるものではないか。
「……私はアデライード一人だけでいい。とりあえず、今は考えたくもない」
うんざりしたように言う恭親王を見て、マニ僧都はくすぐったそうな顔をした。
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