【R18】陰陽の聖婚Ⅱ:銀龍のめざめ

無憂

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2、銀龍の孤独

記憶の書庫

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 アデライードは恭親王の後について慎重に階段を下りていく。書庫の中は細長い筒状になっていて、鉄製の螺旋階段がぐるぐると取り巻いている。換気用の小さな窓が開く以外は、その四方の壁が全て書架なのだ。書庫の中は魔力灯が灯され、薄明るい。四方から迫りくる大量の書物の圧迫に、アデライードは少し、気分が悪くなって、思わずふらついてしまう。咄嗟に恭親王がアデライードを抱き留め、支えた。

「大丈夫か、……足元に気を付けて」
「あ、はい……すみません」
「たくさん本のある場所にくるとさ、なぜか御不浄に行きたくなったりしない? 私だけかな?」
 
 なんとなく甘い雰囲気になる二人の邪魔をするように、微妙な話をマニ僧都が振って来る。

「……それは……人それぞれでしょう」

 アデライードの前でそういうシモの話は勘弁してくれと、恭親王は思う。

「でも、なんだかその……あまりに本がたくさんあって……胸が苦しいような……」

 アデライードがやや蒼い顔で言うのを見て、恭親王が言った。

「やはりもう、戻ろうか。顔色が悪い」

 アデライードは軽く頭を振って、恭親王に言う。

「まだ、大丈夫です。初めて見たからびっくりして……その、こんなにたくさんの本の中から、どうやって目的の本を探すのですか?」
「さっき言ったように、棚ごとに名前がついていて……ほら、甲、乙、丙、丁、戊、己、庚、辛、壬、癸と棚に番号がついているだろう。甲が『聖典』に関わるもの、甲の一は『聖典』の各バージョン、甲の二は『聖典』の注釈書……という風に決まっていて、その分類に従って本は並べてある。乙類は陰陽について。丙類は数学、丁類は哲学で戊類が歴史……そういう風に全部決まっている」
 
 書架につけてある番号の札を指差して、恭親王が説明する。

「歴史の場合、戊の一はこの世界全体の歴史、戊の二は〈禁苑〉の歴史、戊の三が東の帝国の歴史で、戊の四が西の女王国の歴史、戊の五が陰陽を奉じない異民族の歴史、と全て決まっていて、年代か著者の表記順に並んでいるはずだ。そういう一定の決まりがあって、それに従って分類するんだ。この分類と整理は、〈表〉の史料庫の司書が定期的にこの書庫に籠ってやっている」
「きまり……」

 アデライードが茫然と書庫を見上げる。

「つまり……伯父様はわたしが受け継いだ記憶も、そういう分類に従って所蔵されていると考えていらっしゃるの?」
「記憶?」

 アデライードがマニ僧都に問いかけるのを、恭親王が驚いて聞き返す。

「そう。魔術だからこんな厳密な分類じゃなくていい。あくまでイメージだよ。呼び起こしたい記憶が、いったいどういう類のものか考えて、その在り処を思い描く。そのイメージでアデライードの中に膨大な記憶の書庫を作って、そこから記憶を取り出してごらん。たぶん、できるはずだ」

 マニ僧都がにっこりと微笑むのに、アデライードが「はいっ!」と頷いた。

 そのやり取りを見て、マニ僧都が何故、書斎の、それも書庫にアデライードを連れてきたのかわかった。
 
「その……〈表〉の司書の話を聞いてみるか?書誌学は特殊な学問だから……」

 〈表〉の資料庫にはこの道四十年の超ベテラン司書がいるのだ。偏屈だが、悪い爺さんではない。
 恭親王が言うと、マニ僧都は首を振った。

「はっきり言うけれど、書誌学は難しいから、たぶん今のアデライードの理解力では無理だね。特に、ここの司書は偏屈だから、かいつまんで話すとかはしてくれなさそうだ。要はイメージなんだよ。書庫に入って目当ての本を探す。カードで検索したり、目録をあたったりして、見たい本がどういうものか、どこにありそうか考える。それから書庫に潜って本棚から本を取り出す。その過程をアデライードがイメージできさえすればいいんだよ。魔法陣や記憶の分類なんて、有ってなきがこときだからね」

 ばっさりと頭の悪さを指摘されているのだが、アデライードはよくわかっていなかった。二人の会話を聞き流しながら、鉄の螺旋らせん階段の手すりから身を乗り出すようにして、本棚を舐めるように見る。ぐらり、とバランスを崩しかけ、恭親王がその細い腰に腕を回して抱き留める。

「危ない。そんなに身を乗り出しては落っこちるぞ」
「ご、ごめんなさい……」

 アデライードが俯くのに、恭親王が言った。

「ならば、実際に何か本を探してみればいい。……たとえば……〈聖婚〉の歴史とか、そういうのを簡単に調べてみる。必要な書籍を出して、集めて、読んで、抜き書きでもいいからまとめてみるとか。そういう作業をしてみると、資料を探すということがどういうことか、実地で体験できるだろう?」
「なるほど。それはいいかもね。いきなりは難しいだろうが、私も手伝ってあげるから、簡単なレポートを一つ、書いてごらん? 本を読んで、まとめて、考える。アデライードは今まで、どうも頭を使ってこなさすぎたようだから、少しリハビリが必要だね」
「思考力というのは生まれつきのこともありますけれど、訓練しないと伸びませんからね」

 どうやらひどく厄介なことになったらしいと、さすがのアデライードですらわかった。眉尻を下げてじっと二人を見上げるアデライードに、恭親王がくすっと微笑んで、その白い頬に指を触れる。

「大丈夫だよ、アデライード。宝探しか謎解きのゲームだと思って、やってごらん。正解なんてどうせありはしないのだから」

 そう言われて、アデライードは修道院附設の学院に通う学生さながら、レポート課題を課せられたのであった。
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