俺勇者、39歳

綾部 響

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6.先生と呼ばれて

パーティを組むと言う事

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 トーへの塔入り口のすぐ近くには、古びて朽ちている石の門がその役割を果たす事も無く佇んでいる。
 そしてその門の上方、丁度正面に当たる部分にそこだけ妙に輝いている宝石が埋め込まれていた。
 それこそが転移石。
 限られたアイテムや、転移魔法で移動する際の目印となる魔石だ。

 あまり知られていない事だが、この転移石には弱い魔除けの効果がある。この転移石周辺には、余程特殊でない限り魔物が近づく事は無い。
 転移して来た途端に魔物から攻撃を受けては、目も当てられない事を考えれば有難い話だが。

 その周辺に、円を描く様にクリーク達を座らせ俺は彼等の顔を順に見回した。
 彼等は皆、一様に緊張した面持ちで俺の顔を見ている。
 別に重大発言をする訳でも無いんだから、そこまで緊張されると逆に俺が恐縮してしまう。

「もう答えは出ているんだがな……改めて言っておく」

 俺がそう切り出すと、話す内容に思い当たったのかクリーク、ソルシエ、ダレンが項垂れて下を見た。

「俺はお前達のパーティには……加わらない」

 まぁ、当たり前の事だけどな。
 現役の勇者が、駆け出しの冒険者とパーティを組む……。しかも、これほど歳の差が開いてる若者と……だ。考えなくっても、ありえない話だろう。
 その事について、誰からも反論は起こらなかった……。と言うかあんな醜態をさらした直後なんだ、反論の余地も無いだろう。

「それとは別に言わせてもらえばだな」

 もっとも、俺の話はそれだけで終わりって訳じゃない。

「結局……お前達はパーティを組む事さえ出来なかったんだな」

 続けて話した言葉が余りにも意外だったのか、すぐに意味を理解出来ないクリークがこれについては反論してきた。

「……あ? 何言ってんだ? パーティならもうとっくに組んでるよ?」

 そう言ったクリークは、同意を求める様に他のメンバーへと顔を向けた。
 クリークから目を向けられたソルシエとダレンは、自信なさげではあったが頷いて同意の意を示す。
 ただ一人、イルマだけは俯いたままクリークの問いには答えなかったが。

「そうか……もう組んでるか。……おい、ソルシエ」

「な、何よ!?」

 いきなり俺に話を振られて、いつもは虚勢気味な自信を振りまいているソルシエの肩が面白い様に飛び跳ねた。答える声にも動揺が多分に含まれている。

「お前今まで、最期は全て自分の魔法でケリが付くと考えてたろ? 実際今まで殆どの戦闘を、お前の魔法で終わらせてきたんじゃないか?」

 今まで、彼等が戦う所を見た事が無い俺にそう言い当てられ、彼女は何かを言い掛けて口をつぐんだ。
 その様子から、彼女もこの歪なパーティに疑問を持っていたがそれを言い出す事も無く、なし崩し的にここに至ったのだと俺は確信した。

「なんだ……気付いてたんだな。お前の役目は、お前の魔法で戦闘を終わらせる事じゃない……そうだな?」

 その言葉に、彼女は反抗的な眼差しを俺に向けた。それは俺の言葉を否定するだけじゃなく、何か言い当てられたくない事をひた隠している様にも見えた。

「なんでよ! 戦闘を早く終わらせれば、それだけ被害が少なくなるじゃない。結果的には効率も上がるじゃないのさ!」

 彼女の言葉には一理ある。だがそれでは意味が無い。

「じゃあ聞くが、この塔に居た敵をお前の魔法1発で仕留める事が出来たのか?」

 この言葉には、流石の彼女も反論出来なかった。
 当然だ。
 それが出来ていれば、さっきクリークが瀕死の重傷を負う事も無かったのだから。
 魔法は強力な武器だが、それ単体で全てを終わらせる事等不可能だ。それは世に、数多のジョブがある事で証明されている。

「……それにお前、日々自分の魔力が上がっていく事が楽しくて仕方なかったんだろ? それこそパーティ全体の事よりも」

 この言葉を聞いた瞬間、彼女は下を向き太ももの上に握り拳を押し当ててワナワナと震えだした。図星を突かれて反論出来ず、耐えている様に見える。

「……ダレン」

 そんな彼女への追及は切り上げ、次にダレンの名を呼んだ。
 今は、彼等それぞれの失敗や罪を吊し上げる時じゃない。問題点を浮き彫りにしなければならないんだ。

「はい……」

 応える彼の返事には、力が籠っていない。
 元々、目上の者に従順な性格だ。俺の言葉は、さぞかし恐ろしく感じているに違いない。

「お前の本当のレベルは?」

 ビクリと、ダレンの肩が震える。俺が思った通り、彼は皆に偽ったレベルを報告していたのだ。

 自分のレベルを公表する義務は無い。聞かれても、応えないという選択肢もある。
 だが仲間に嘘のレベルを報告すれば、それが元でパーティに危機が訪れるかもしれない。

「レベル……9……です……」

 途轍もなく悪い行いをしでかしてしまったかの様に、俯いたまま途切れ途切れに答えるダレン。その答えに、メンバー全員が驚きの顔を彼に向けた。

「ちょっと待てよっ! お前、昨日はレベル6だって言ってたじゃないかっ!? 戦闘でも、敵に大したダメージを与えられて無かったよなっ!?」

 特にショックを受けたのは、クリークだった様だ。彼は、ダレンに批難にも似た言葉を投げ掛けて詰め寄った。

「クリーク、落ち着け。ダレンは元々、拳法家として修業を受けていたんだろう。最初から、ある程度レベルは高かったんだ。だがこの中では最年少でもあり、上下関係の厳しい所で修業を行っていたなら、年上に口答えしないと言う教えが体に染み込んでいるんだろう。当然戦闘も、お前やソルシエの邪魔にならない様に……いや、違うな。不評を買わない様に立ち回っていたし、レベルも偽ってたんだ」

 流石のクリークも、声を出す事が出来ない様だ。中腰だった姿勢を下ろし、ペタンと地面に座り込んだ。
 ダレンは俯いたまま小声で「スミマセン」を繰り返し、顔を上げる事も出来ない。

「……クリーク」

 最後にクリークの名を告げる。
 それまで呆けていたが、俺の声に反応してユックリとこちらに顔を向けた。

「お前のレベルは、このメンバー中最弱のレベル5だ。お前はそれに、コンプレックスを抱いてるな?」

 その言葉に、彼の顔はカァッと赤くなった。
 ギリギリと音がしそうな程歯を食いしばり、体中に力を込めているのか小刻みに震えている。

 それは怒りからか、それとも羞恥から来るものなのか。

「……だが、本当に問題なのはそこじゃない」

 しかし次に発した俺の言葉に、彼の全身を固めていた力がフッと抜けた。彼にとっては、余程意外だったのかも知れない。

「お前、そのコンプレックスを解消する為に、盾を持たない完全攻撃型に拘ってるな? 止めを刺す事だけを考えてるんだろ?」

「……ああ……その通りさ」

 クリークは、俺の言葉を驚く程素直に肯定した。
 だが、その絞り出す様な言葉には負の感情とも取れる力が籠っていた。

「……それが間違いだっつってんだよ」

 そう止めを刺した俺に、クリークは燃える瞳を浮かべて俺を睨み付け反論する。

「なんでだよ……何が間違ってんだよ……! 間違ってなんかないだろっ! 戦士は敵を倒すのが役割じゃんっ! 盾なんか装備してたら、攻撃の邪魔になるだけじゃんっ!」

 そして彼の中に渦巻いていた物が、ここでぶちまけられた。
 クリークは、彼なりに必死だったのだ。
 それを俺に完全否定され、自身のコンプレックスとも相まって止め様の無い思いが大声と共に吐き出されたのだ。

「……バランスだ」

 クリークは言葉の言い争い、なじり合いになると踏んでいたのだろうが、俺が殊の外冷静に、しかもすぐには理解出来ない言葉を紡いだ事で矛先をかわされた様に拍子抜けした表情となった。
 若く、しかも熱くなっている奴と水掛け論をするつもりなど毛頭ない。大人は大人らしく、理詰めて子供を言い包めるのが効果的だと俺は知っている。

 ―――昔は俺も、良くそれをやられたからな。

「バラ……ンス……?」

「そう、バランスだ。パーティのバランスを考えての行動ならクリーク、お前の考えも間違いじゃない」

 ここで一旦、彼の理論も肯定してやる。否定だけじゃ、お互いに相容れない状態しか生まないからな。
 相手の言葉を肯定した上で、何処が間違いか正してやる事が効果的なんだ。

「このパーティに居るのは戦士、拳士、魔法使い、僧侶の四人だけだ。その中で盾を装備できるのはクリーク、お前のジョブである戦士だけだ。お前だけが敵の攻撃を真っ向から受け止めて耐える事が出来る、盾を装備出来るジョブなんだよ」

 ここで、「お前だけ」と言う言葉を強調しておくことが大切だ。
 自分の事を他人から見つめ直す様に促すには、自分が何者か自分で気づく様に仕向けてやるのが良い方法だ。




 この世の中には、実に多彩なジョブが存在する。それこそ彼等が知らない、俺もまだ知らない様なジョブが無数にあるのだ。
 その中にはクリークの様に攻撃特化のジョブがあり、その殆どが盾を装備出来ないかあえて装備していない。
 しかしそれらのジョブには、防御を無視して余りある攻撃力が存在する。
 そしてそれらのジョブは大抵が上級職であり、ある程度の経験を下級職で積まないと転職ジョブチェンする切っ掛けすら与えられないのだ。
 彼にはまだ、この事を話す必要はない。余計な欲目に気を取られては、後々に障るからな。
 だがさっき言った俺の言葉に、彼は何かを気付いた様だった。




「いずれはこのパーティにも、重装備の戦士が仲間になるかもしれない。その時にはクリーク、お前が戦闘を引っ張れば良い。攻撃特化になるのも悪くないかもな。だが、今はお前がこのパーティの盾にならないで誰がその役目をするんだ?」

 ―――決まった……ばっちりだ。

 ここまで正論を噛み砕いて話したんだ。自分の役目を気付かない訳が無い。
 クリークは俺の言葉を受けて、俯き、ワナワナと震えている。
 だがそれは怒りや悲しみでは無く、自分の浅慮さを恥じそれに耐えている様に見えた。

「レベルはパーティで最低。戦士なのに盾も装備しない。今のお前は間違いなく、このパーティで一番のお荷物だな」

 そして俺は、クリークに止めの一撃を見舞った。

 ガックリと地面に四つん這いとなるクリーク。彼のダメージは、極大に達しているだろう。
 ちょっと追い打ちが過ぎる様にも思われるが、この言葉には裏がある。これはクリークに向けて言った様に見えて、実は他のメンバーに向けた言葉だ。
 勿論、クリーク本人も大ダメージを受けるだろう。下手をすれば、立ち直れないかも知れない。
 だが、ここから改めて歩き出すにはパーティの結束を再確認する必要があるのだ。
 他の者にも、それなりに厳しい言葉を掛けてある。その上で、最も厳しい言葉を受けた仲間を思いやる事が出来るのか。

 今、何が最良なのか。

 その判断が出来るかどうかで、彼等の今後は変わって来る。

「……勇者様」

「ちょっと……あんた……」

「クッ……」

 イルマは俺に、批難の目を向けていた。「意図は理解出来ますが、少しやり過ぎです」といった目だった。
 ソルシエも批難の色をした目を向けていたが、俺の辛辣な物言いにかなり引いている様でもあった。
 ダレンは、俺がクリークに掛けた言葉を我が事の様に受け止めている。
 しかし、反論する余地が無くて歯噛みするしかないと言った状況だ。

 三者三様だが、中々良い反応だ。
 仲間の為に怒り、その者の心中を察し共に思い悩む。それが出来て、初めて〝本当の仲間〟となるのだ。

「……どうすれば……いいんだよ」

 そしてクリークが復活する。これは俺が思っていたよりも随分と早かった。
 俺の想像では、今日はこのまま仲間に連れられて帰るだろうと思っていたのだが、彼の回復速度とは俺の想像を超えていた様だ。
 這いつくばって、地面の方を向いているクリークの顔は確認出来ない。だが、その地面に滴る雫が涙である事は俺にも分かった。
 クリークのプライドは今日1日……いや、俺が来てからの数時間でズタズタに引き裂かれてしまったはずだ。
 それでも俺に罵声を浴びせるのではなく、指示を仰ごうとする姿勢に俺は少なからず驚いた。

「俺は……俺はこのまま終わりたくなんかないっ! もっと……もっと強くなりたいんだっ! でも俺1人じゃだめだっ! あんたの言う通りだっ! だから、みんなと強くなりたいんだっ!」

 俺は、今日1番の驚きをこの時に受けた。
 彼は今までを見る限り猪突猛進で考え無し、自分中心に物事を考える傾向が強いワンマンタイプだと思っていたし事実その通りだった。
 加えてこのパーティのリーダーを務めるには実力も経験も、レベルも足りていない。
 だがソルシエも、ダレンも、そしてイルマも、皆が彼に付いて行く。そこが不思議に思っていた所だったんだが……なる程、やはり彼にはリーダーの器があるのかもしれない。
 彼の一途なまでに率直な部分は嘘偽りがなく、気持ち良い程に信じられる部分なのだろう。
 それはリーダーシップとはまた別の、彼にしかない特性であった。

「……クリークさん」

「クリーク……」

「ク、クリークさん!」

 3人が3人とも、クリークに温かい目を向けている。クリークの口にした心からの言葉に、この場に居たメンバーも感銘を受けた様だった。
 このまま彼等を放っておいても、彼等はそれなりのパーティになる事だろう。
 俺の指摘した事を踏まえて確りと役割分担を行い無茶さえ起こさなければ、いずれは彼等の願う「高み」へと辿り着くことは間違いない。

 しかしここまで深く関わっちまったとなれば、ここでこのまま「はい、さようなら」という訳にはいかないだろうな……。
 俺に向けられている、クリークを始めとした彼等の若い眼差しが言外にそう物語っている。

「……それじゃあ、明後日の正午に、グルタの洞窟前に集合だ。知りたいんならそこで教えてやる」

 我ながらとんだ安請け合いだと、言った傍から後悔していた。
 俺には、彼等に構っている時間など無い。魔族との戦いに疲れたこの体には、次の戦いに備える為の静養が必要なんだ。

「「「「はい!」」」」

 しかし俺の言葉に、新米冒険者達は声を揃えて返事をした。これほど目を輝かせて答えられては、俺としてももう後には引けない所に来てしまっていたのは明らかだった。

 ―――だがまぁ、悪い気持ちでは無いな。

 すでに満天の星が瞬いている空を見上げて、それまでの疲労感がどこか心地の良いものとなっている事を、俺は感じていた。
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