誰かが彼にキスをした

ゆづ

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小山内 陽向

事件の概要

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 事件の概要はこうだ。

 昨日の夕方六時半頃、部活を終えた小山内陽向は部室で仮眠を取っていた。
 体調が良くなかったわけではなかったのだが、何故か無性に眠かったらしい。
 ほんのちょっと目を閉じて休むくらいのつもりだったらしいのだが、結局彼が次に起きたのは30分後だった。
 その直前、何だかものすごくいい匂いがして、
 唇に何かが触ったような気がした、らしい。
 目を開けようとしたらタオルで顔を覆われて、
 何が何だか分からないうちに、部室にいた何者かは部屋を去った。
 

「寝起きでちょっと曖昧なんだけど、あれはもしかして……キスされていたんじゃないかと」
「ねえ」

 私の手首を掴んだまま歩きだした陽向に、私は抗議の声を上げた。

「だから、何で勝手にしゃべるの? 私、聞くなんて一言も言ってないよね! あと、なに、この手! いいかげん放してよ!」
「だって放したら逃げるだろ」

 逃げたい。心の底からそう思う。
 こんなところを誰かに見られたら、変な誤解をされてしまう。
 まだ私たちの高校までは遠いけど、人目が気になって仕方がない。
 今日の前髪、ちょっとクセが直しきれていなかったんだって、そんなどうでもいいことまでもが気になる。
 陽向の隣にいるだけで、私のキャパはいっぱいいっぱいになる。
 心臓がやたらとドキドキする。
 こんな私、嫌なのに。

「……相談する相手を間違えてるんじゃない? なんで私にそんなことを」

 ジミデメダタナイワタシナンカヨリ、モットナカノイイヒト、イッパイイルデショ。
 惨めすぎて言えない言葉が喉の奥に詰まる。
 それに、もっと言えない言葉も頭に浮かぶ。

 ヒナタハドウシテ、キスノハンニンガ『ワタシ』ダトオモワナイノ?

 相談するっていうことは、私を犯人から完全に除外しているっていうことだ。
 幼なじみなんて異性のうちには入らないってことなのだろうか。
 陽向は私に断られると思っていなかったのか、びっくりした様子で言い訳を探し始めた。

「えーと、それは……ほら、昴ってコナン全巻持ってるだろ? 謎解き好きだよね」
「は? 何それ」
 私に睨まれた陽向は、やがて観念したように「……ウソ」と言った。

「本当は、誰かに相談しようと思った時、昴の顔しか思い浮かばなかったんだ」


 私はうっかり、泣きそうになった。



 

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